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短編集  作者: 斎木リコ
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僕はぬいぐるみ

お題「ぬいぐるみ」

 僕はクマのぬいぐるみ。持ち主は、リリって名前の女の子。本当はもっと長い名前らしいけれど、本人が自分の事を「リリ」って言うから、それでいいんだ。


 リリちゃんはちっちゃくて可愛い子。そして、僕の事が大好き。僕も、リリちゃんの事が大好きだよ。


 リリちゃんはどこに行くにも僕を連れて行く。お外遊びにも、散歩にも。さすがに水遊びにまで連れて行かれた時には、どうしようかと思ったけど。


 それはさすがに、ママさんが止めてくれた。ありがとう、ママさん。




 僕を作ったのは、とある職人さん。彼は自分が作ったおもちゃを、店に卸している。その店は、リリちゃんの家がよく使っている店なんだ。


 その店で僕を買ったのが、リリちゃんのパパさん。いつも仕事で忙しいパパさんは、生まれたばかりのリリちゃんにお土産を買おうと、店に入ってきたんだ。


 そこで、一目で気に入って買ってくれたのが、僕。自慢だけど、一緒に並んでいた他のぬいぐるみより、綺麗で可愛いって自信はあるからね。えっへん。


 そうして僕は、生まれたばかりのリリちゃんに贈られたんだ。


 いや、最初は大変だったよ。寝てばかりの頃は良かったんだけど、手を伸ばしたら動けるようになった途端、引きずったりかみついたり振り回したり。


 生きた心地がしないっていうのは、ああいう事を言うんじゃないかな。あ、僕はぬいぐるみだから、最初から生きていないのか。


 そんなリリちゃんも、ある程度時が経つと僕の扱いを覚えたらしい。教えたのはママさん。ママさん、ありがとう。


「ぬいぐるみだけでなく、ものには全て気持ちが宿っているの。だから、大事に使いましょうね」


 賢いリリちゃんは、ママさんの言う事をよく聞いて、僕を乱暴に扱う事はなくなった。


 その代わり、どこに行くにも連れて行くようになったんだよねえ。おかげで、僕は真っ黒に汚れてしまったよ。




 ママさんは、汚れた僕を洗ってくれた。でも、目が回るのは勘弁してほしかったな。すっごく辛かったんだもの。


 その後も、ぎゅうぎゅう絞られて、お庭に干された。それはいいんだけど、僕が干された下で、リリちゃんが半べそになっていたのは困る。


 すぐにママさんに「クマさんはお風呂に入っただけよ。あれは体を乾かしているの」と説明されて、泣くのをやめたけど。


 乾いた後も、リリちゃんは僕を連れて散歩をするのをやめなかった。その度に、汚れた僕は目を回しながら洗われたんだけど。




 しばらくすると、リリちゃんは学校というところに行くようになった。その為、日中は僕一人。何だか寂しいなあ。


 リリちゃんは、学校から帰ってくるとその日あった事を僕に教えてくれる。楽しい授業の事、お友達が出来た事、嫌な子がクラスにいる事など。


 そして、一緒のベッドで眠る。リリちゃんは、まだ僕を抱きしめてないと眠れないからね。




 リリちゃんが学校に行くようになって、しばらくすると僕はベッドから出されてしまった。


 棚に置かれて、リリちゃんとは滅多に遊べなくなったんだ。どうして? そう思ったけれど、リリちゃんがその理由を教えてくれた。


「もう、ぬいぐるみで遊ぶのは卒業しないと。いつまでも子供じゃいられないんだもの」


 寂しいなあ。でも、それは仕方ない。僕達ぬいぐるみは、子供のよき友なんだから。


 時に支え、時に共に遊び、そして役目を終えたら静かに去る。


 どうしてこんな事を僕が知っているかって? それはね、僕を作ってくれた職人が作りながらずーっとおしゃべりしていたからだよ。


 子供の頃の、ほんの一時の友。それがおもちゃでありぬいぐるみだって。


 最初はどうしてそんな事を言うのかなって思ったけど、今はわかる。それでいいんだって。


 本当なら、用なしになったぬいぐるみは捨てられる運命だ。でも、リリちゃんは僕を棚に飾ってくれる。


 嬉しいな。ありがたいな。この先、リリちゃんが僕を捨てる日が来ても、きっと今日感じた思いはなくならない。


 ありがとう、リリちゃん。




 その後も、僕は棚に置かれ続けた。捨てられる事なく、何なら時折埃を払って虫干しまでしてもらう程。


 こんなに可愛がってもらえるぬいぐるみなんて、他にいないよ。えっへん。


 おかげで、リリちゃんの成長をずっと見守る事が出来たよ。身長が伸びて、ママさんに似た姿になって、時に笑い、時に泣き。


 そして、白いドレスを着て男の人の隣に立ったんだ。パパさんがずっと泣いてた。僕はその場にも、置いてもらったんだ。凄いでしょ。


 僕は、リリちゃんと一緒に今までいた部屋から別の部屋へと移った。お外に出るなんて、久しぶりだなあ。


 新しい場所も、窓の側にある棚の上。お外がよく見えるでしょ? って、リリちゃんが笑っている。


 うん、素敵なお庭だね。今までいたリリちゃんの家の庭も素敵だったけど、ここもとても素敵だな。


 そうして、僕は新しい棚で過ごし始めたんだ。




 でも、最近ちょっとおかしいんだよ。何だか、周囲の景色がよく見えない。変だよね? 前まではキラキラと輝いていた世界なのに。


 今は、何だか色があせてしまったように思える。昔リリちゃんが見せてくれた、古い写真のように。


 そういえば、何だか体も重くて。もう昔のように姿勢を正している事も出来ないんだ。


 でも、リリちゃんはまだ僕を棚に置いてくれる。最近は、その腕に小さな人間を抱いているんだ。


 僕知っているよ。その子は、リリちゃんの子供なんだね? ああ、何て可愛いんだろう。


 その子の隣にも、僕とよく似たクマのぬいぐるみが置かれている。そっか、あの子が新しい子なんだね。


 きっと、あのぬいぐるみも、あの子に大事にされるんだろう。でも、気を付けろよ新人。リリちゃんの子供なら、きっとぬいぐるみを振り回す子になるから。頑張って耐えてくれたまえ。




 ああ、僕はなんて幸せなぬいぐるみだったんだろう。リリちゃんに贈られて、彼女に大事にされ、そして今も彼女の側にいられる。


 多分、もう少しで僕はいなくなるんだと思う。でも、リリちゃんの子供の側には、新しいぬいぐるみがいるんだ。だから、大丈夫。


 その子の事は、きっとそのぬいぐるみが見守ってくれるから。そう、僕らに出来るのはそれくらいしかない。


 それでも、持ち主への愛情は、他の何にも負けないんだ。


 だから、リリちゃん、幸せにね。僕はもう君を見守る事は出来ないけれど、君の隣にいる人が、きっと君を守ってくれる。


 だから、そろそろお別れなんだ。


 ありがとう、リリちゃん。ずっと大事にしてくれて。君と過ごした時間を、僕は違う場所にいってもきっと忘れない。


 ありがとう、ありがとう……




「ねえママ。あのクマさん、どうしていつも棚に置いているの?」

「あれはね、ママが小さい頃から持っているぬいぐるみなの。ララも、持っているでしょう?」

「うん! クマさん!」

「棚のクマさんはね、ママにとっての大事なぬいぐるみなの。だから、ああして置いてあるのよ」

「そうなんだ! ララも、ずっとクマさんと一緒!」

「そうね。大事にしてね」

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