見えない力に納得しろ
「覚悟を決めてさっさと帰って来い!」
「いや!帰らない!私はもう貴方の人形にはならない!」
彼女はお山のてっぺんで立ち上がる。
「…ッ!誰がここまで育ててやったと思ってる!」
「それに関しては感謝してる!住まわせてくれてありがとう!勉強も習い事も運動も出来なくてごめん!でもだからって痛い思いはしたくない!ストレスの捌け口にされるのも困る!それに私は出来損ないだから生きている以上の事を求められても何も出来ません!理想になれなくてごめんね!私は私だから!て事で私は出て行きます!その方が貴方達にとってもストレスにならないでしょ!?」
「今から一人で生きてけると思ってるのか!」
「無理!でも良い世の中になったよね。頼る先はある!お金も稼げるし、その人達に恩返しも出来る!」
「だったら俺たちに恩を返せ!」
「感謝はしている!それ以上に返す恩はない!ほぼ私が稼いでたお金だもん!」
「なっ!ふざけるなっ!そんなことが許されるわけないだろ!」
「貴方達が許すか許さないかなんてどうでも良いの!私がそう決めたことだから」
「だったら力づくで連れ戻す」
「いやっ!警察呼ぶもん!彼が!」
「急に俺!?」
「オメェが……この子を誑かしたのか……?」
「誑かしてないですよ!いや、俺の言葉が始まりか?」
「やっぱりオメェか!オメェからコンクリートに埋めてやるよ!」
おっと急にこっちに向いた怒り。
なんなんだろうなぁ。足が竦むぜさっきから。
おーっと、なんか目に見える。
空とか地面に引き続きだぜ。
彼女の父が真っ赤なオーラを背中に背負っている。あれが怒りの権化と言われてもしっくりくるくら
い禍々しい。
「やっば…」
それを見れば見るほど息が詰まる。苦しくなる。
動悸も早すぎて……。
気持ち悪い。
「あばばばば…」
「うわっ!きったねぇ!吐きやがった!」
出ちゃった⭐︎
いやぁにしても凄いなぁ、俺のゲロ。いくらでも出せそう。
「もう一発いっときますか?」
「てめぇ!それは新手の脅しか!?」
「良い加減にして!すぐ暴力でなんとかしようとする!暴力なんて人を傷つけるだけで、誰も喜ばな
いよ!それで喜んでる人はただの犯罪者だよ!体が可哀想!」
確かに体が可哀想だ。痛い思いしてるのは細胞だもんな。
というかこちらのボルテージも上がり、これまた随分激しく立ち昇る真っ赤なオーラ。
お父さんがハムスターだったらこっちは虎だな。
え?なんで、彼女の方が虎なのかって?知らないよ。彼女のオーラの方が大きくて、何十倍も怖いん
だもん。
「いつから歯向かう様になった!」
「煩いッ!」
彼女がそう言い放つとオーラは爆散する様にパァンッと一帯に弾けた。
「ちっ!クソが」
?お父さんの怒りが少しマシになった?
そして、空気中に散漫したオーラはお父さんの怒りのオーラを少しずつ吸い上げていき、一つの球体
になった。
ただお父さんはまだどこかやるせない様子。
俺が球体を見ている間に父さんは小山の上まで来ていた。しっかりゲロを避けて。
(いつのまに…!)
「ぐえっ!」
言葉を発するまもなく、腹部を殴られた。
「これで済まされるだけありがたく思え」
「ありがとうございますっ!」
腹部を抑え、這いつくばると、頭から小山から転げ落ちてしまった。
「てめぇはこれからどうなるか分かる様な?ぁあ?」
「うっ!痛いっ!離してッ!」
髪の毛をグッと掴み、引きずる様に、山から下ろすお父さん。
腹痛を耐え、彼女を探すと気づけばもう公園入り口付近だった。
その時、俺は見た。
彼女の咆哮を。
「良い加減にしてっ!!」
またもや彼女は放った。
ただ、今度はオーラではなくビームの様だ。
いや、オーラがビームになったのか。
彼女がブワッと発生させた怒りのオーラは、一点に集約され、レーザービームの様に公園の入り口を
突き抜け、そこを通ったトラックのハンドルに当たった。
ハンドルに当たった?
「すんませんっ!」
なんとなく嫌な予感に、痛い腹を抑え、走った。
そして、謝りながらにお父さんの金的を思い切り蹴り上げた。
「キュンッ゛!!」
するとお父さんは彼女の髪から手を離した。
その隙に俺は彼女の手を引いて、もう一度聖域(お山の滑り台)近くまで連れてきた。
「お、おろろろろろ〜」
その後ろで金的を蹴られたお父さんがゲロを吐いている。
「ゲロ吐き友達っすね!」
「汚っねぇ友情だな!オロロロロ…」
まだ吐いていた。
そこに。
プゥゥーーー!!っと、トラックのクラクションが煩く鳴った。
どうやら居眠り運転をしており、気づけばハンドルを左に切っていたらしい。
が、俺からすれば彼女の怒りの咆哮が、ハンドルの方向を変えたみたいな感じだった。
トラックは勢いよく公園内に突っ込んでくる。
俺と彼女は全くトラックには関与しなかったが、彼女のお父さんは少し違った。
トラックに直接当たったわけではない。割と無事だ。無事?うん。無事だ。
トラックは公園入り口の石造りの門に突進して止まったのだ。
しかし、それにより石造りの門が欠けて、破片がお父さんの股間に直撃した。
悶絶を極めていた。
空いた口が塞がらず、白目に。
気を失ったのだろう。
誰も死なずに、ちょっとどうにかしたい相手だけ気絶に追い込むとかどんなラッキーなのか。
「ふう…」
と一息。
「がっ…」
する間もなく。
(忘れていた…)
彼女に気を取られて、トラックに気を取られて、お父さんに気を取られて。
怒りの魂が人型になっている事を忘れていた。
彼女がレーザービームを放った後だったろうか、最初に集約して出来た球体が形を模し始めたのは。
お父さんの金的に当たった時だろうか、形を模したオーラが俺の背後に回っていたのは。
そして今、俺は前方から首を絞められていた。
首を絞められた勢いで俺は宙に浮き、3メートルほど後方へ距離を移動した。
なん…で…いの一番に俺なんですか…ね…。
怒りの矛先は父親だったろうに。
チラッと彼女を見るが。
「ま、マジック?」
何が起こったかは分かっていない様子。
俺だけが視認している。多分空も、地面も…俺だけが見えている。
人型はどこか悲しげに。どうしようもなさそうに力を入れている。
顔も表情も感情もどこにもないけれど。
ふと、朦朧とする意識の中、一さんの言葉を思い出した。
ーー形のないものに苦痛ではなく幸せを与えたい。
形のないもの、見えないもの。
確かに霊もそうだけどそれだけじゃない。
原点。
こいつだ。
人の感情に左右されて従うことしか出来ない。感情を、言葉を、人を、大地を、地球を形容する、目
には捉えられない原点。
従うほかない。俺たちの何から何まで形にする事が彼らの仕事だから。
そんな彼らに与えるのは怒りとかいう苦痛ではなく、喜びなどの幸せ。
またはフラット…か。
「なる…ほ、ど…ね…」
首を絞められながら気づけた。そのまま死ぬかもしれない。
かと言って俺がこいつをどうにか出来る問題じゃないか。
「今はね。だから私がここにいる」
ただ、やるのは俺じゃなくてもよかったみたいだ。
「一…さん…」
一さんが余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりこちらへ向かってくる。
「ごめん。離してやってくれないか?」
そして、人型をしたオーラの手首を掴む。
「うべっ!」
すると、俺は地面に尻から落ちた。
ああ!息が吸える!
上を見上げると、一さんの手は空を掴んでいた。
(オーラの手が消えてる)
言葉通り、一さんの触れた箇所が消滅していた。
それにはオーラも思わず失くなった手を二度見し、一さんから距離を取り警戒心を見せた。
「あらら。手だけ…。苦しいね…」
一さんは掌をぱっと開き、残念と言った表情。
何かを感じ取ったか?
オーラは焦る様に、離した一さんとの距離を一気に一瞬で詰め、ノーモーションで右回し蹴りを繰り
出す。
「おっと」
それにも余裕の表情の一さん。
顔面目掛ける右蹴り。
一さんは顔面に到達する直前。顔面付近をガラスの汚れを拭く様、掌でサッと触れた。
刹那、その部分にのみ現れるピンク色の結界。
結界と蹴りが衝突する。
結界は破られた。
オーラの蹴りに耐えきれず、ガラスの様に砕け散ったのだ。
まさに一瞬の出来事。
しかし、一さんにダメージはなく、ダメージを負っているのはむしろオーラの方だった。
オーラの右足が消えている。
結界と触れ合った時、消し飛んだと見える。
つまり一さんに触れても結界に触れてもオーラは消えてしまうのか。
俺も?
いや、思い出してほしい。
一さんは元の姿に戻す、事に注視していた。
オーラは彼女達の怒気から出てきた。
その怒気を排除して元の姿に戻したんだ。
どうやって?
それを一から考え実行するのが、思創の一部なんだろう。
オーラは片足になり、這いつくばることしか出来ない。
けれども、オーラの怒りは収まらない。
怒りをどこにぶちまけたらいいのか。どうしたら良いのか。
矛先は彼女に映った。
一番弱く、手っ取り早く喰える彼女。
オーラは左腕の力だけで彼女の方へと飛んだ。
「ダメだよ」
しかし、一さんはそれを許さない。
先程と同じ様な結界を彼女の前に貼る。
そうすれば先程と同じ事が起きる。
結界は弾け、次は真っ向から突っ込んだ頭がなくなり、残ったのは胴体と片足、片腕だけだ。
けれど誤算もあった。
それでもオーラは動きを止めなかった事だ。
当たり前だ。
人型なだけで素はオーラだ。
オーラは形を留めない。人型が曖昧になっていく。それこそオーラの様にふわふわと空気を漂う。
「やっばっ!認識ミスった!」
一さんはそう言ってもう一度結界を張ろうとするが、オーラはもう彼女を捕まえた。
それはまた一瞬の出来事。
俺はバカだけど、ここまで見ていて何もしない男ではない。
少し考えていた。
一さんの結界が壊され、中の彼女が今にも危ない目に遭いそうだ。
彼女は何事かと周りを見るばかりで、気づいていないがおそらくあれが彼女の中に入ったら、苦しむ
事になるのは彼女だ。ずっとイライラ怒りん坊の彼女になって、歯止めが効かなくなるだろう。
それに彼女の体が耐えられるのか、ストレスで病気になってしまわないだろうか。
いや、今考えるべきはそこではない。
表現をするのは自分ではなく、この世界を象っている見えない原点。
だとしたら、俺が今ここにしかいない事が謎なのだ。
今が未来でも良いし過去でも良いし、なんなら彼女との場所が逆でも良い。
原点がそう表現してくれて良いんだ。
そう、俺は今ここにいるけれど、ここにいない。
原点に彼女のいる場所で表現をしてもらおう。
彼女が俺の位置にいると表現してもらおう。
見える。いや、見えないけれどそこにいる。原点はずっとここにいるし、向こうにいる。
俺はーー。
今。
彼女がいる場所にいる。
あれぇ?めっちゃムカムカするぅ。
そう思って気づいた。
本当に場所変わってる!
彼女の場所と俺の場所…入れ替わってる!
一さんはあんぐり。
腹部を見るとオーラが俺の胃の中に入ろうとしている姿が見えた。
ムカムカしているのはこいつが俺の中に入ろうとしているからか。
だとして、どうするんだ?
「苦しいよ。」「うう…」
イライラと悩んでいるとそんな声が密かに耳に届いた。
その声にハッとした。
俺がイライラしたらまたイライラ募るやんけ!
周りと自分を辛くしてるのはいつも自分だ。
感情に流されんな。まずは落ち着いて。
「辛いよな」
共感してみた。
怒りの表現の奥にある辛い原点。
おっ。
少しイライラがマシになった。
変えられるか?何者にも染まらない原点に。
どうやるんだ?
あ、フラットか。
原点がフラットを表現する為には俺がフラットになって原点を元に戻すって手があるな。
でも、フラットって伝播すんのか?怒りよりも?
いやフラットって何。
何もない状態?つまり、感情を消す事。
無か!
よし!
…………。
いらっ。
……………。
ウザっ。
………む。
「無理無理無理無理無理!!」
たまに入ってくるイラっとか、ウザっに負けるんだけど!?俺敏感すぎない!?
ああ!また腹立ってるわ!
いや、なんか逆に楽しいわ!
楽しくなったら楽になったわ!
あれ!調子良くね!?
「おお!」
俺の中で楽しいが怒りを屠ろうとしている。
それを感じ取ったか、オーラはイヤイヤと、首を振りながら俺の中から出てくる。
その時、小さく小さく囁かれた。
「嬉しい!ありがとう!」
楽しくなった甲斐あったぁ!!
「なんか、でかした!由羅くん!」
由羅?ああ。俺の名前か。ってかいつの間に知ったんだ。
「さて、元の姿に戻ろうか」
俺から這い出るオーラ君を一さんの掌が全て迎え入れる。
数秒、数十秒と時間が経ち、イライラがなくスッキリした。
それと同時に一さんは手のひらをポケットに入れ、「終わり!」と一言。
何が何だかわからない彼女も、ホッとした表情を浮かべ、全員一安心って感じかな?
ただ後一つの懸念点は、この男をどうするかってとこ。
取り敢えず病院か。
金的に致命傷を負いました。と、携帯で警察と病院に伝えると、救急車共々きてくれた。
その間に俺は彼女と話した。
「なんか、君に会えて良かった気がする。なんかハッとして、スッキリしたの」
怒りが飛んでスッキリしたんだ。それは良いのか悪いのか。まあ彼女が元気で良かったが。
あんな可哀想な奴を生み出すのは勘弁してほしいもんだね。
「良かったよ」
「疲れてるね?」
「そりゃ、ゲロ吐いて、腹殴られりゃあな」
目に見えない謎の現象にはわざと触れずに彼女は前向きに話してくれる。
「確かにそう」
笑いながら。
「会えてよかったよ。ありがとう」
「何もしてないよ。自分で気づいて、考えた結果だ」
「その機会を与えてくれたのは貴方じゃない」
「まあ。どういたしましてって言っとくよ」
「うん!いっぱい踏ん切りがついた!またこの公園に来る?」
「どうだろ。意味が分かんなくなったら来るかもな」
「そっか。たまには違う理由でも来て欲しいなぁ、なんて…」
「?」
「私、友達とかいないからさ。貴方がここに来てくれたら今度は楽しく話せるかなってさ」
「楽しく…そりゃそうだな。俺たちが楽しそうにしてりゃそりゃ楽しく話してるわ」
「じゃあまた待ってるよ!今度は最初から笑顔で」
「ああ」
ここで彼女とはお別れた。
サイレンが鳴り響き公園一体が真っ赤に染まる。
彼女はそのまま警察に保護されて、どこからの養護施設に送られるのだろう。
お父さんと彼女を見送る俺。
その横に一さんが立った。
「分かった?」
そう一言、俺に聞いた。
俺は素直だから答えた。
「一さんの仕事は全を担う彼らを救う仕事。とっても立派な役目、ですね」
「ふふ。でしょ?君も出来るよ。さっきは意地悪で逃げ道がないよう言ったけど、最後に選択するの
は由羅君だから。由羅君が決めて」
「正直。率先してあれの相手をしてくれ。救ってくれと言われても厳しいと思います。でも、この
先、自分が彼らと出会ったとして、悲しいまま何も出来ないのは嫌だから、手の届く範囲だけ、自分
が出来る範囲だけ、それで良いなら…お願いします」
「喜んで!君は君の道を進むんだ。私と同じじゃなくて良い。ってか、同じにならないのは当然か。
みんな目指す道は似て非なるからね。君は君の思創を見つけると良いよ。私が教えられるのなんて君
の夢を形にするための根本だけだからね。どう見て何を感じてどうするのか、それすら自由だ。さっ
き、跡取りって言ったのは一つの選択肢としてね。出来る事の一つとしてね。自由は一つじゃないか
ら」
「なんとなく、わかります。それも、一つ、ですね」
「なんとなくそうだね。よし、じゃあ帰ろうか」
「はい。お邪魔になります」
結局俺は彼女に従う事にした。
直感がそう言っているのもそうだけど、馬鹿な自分にも出来る謎の自信があったから。
原点がなんなのか、この見えてる世界が現実なのかは知らないが、今見て、感じて、怒りが居たの
が、事実だ。
否定されようが、何されようが構わない。
だってどこにも証拠なんてないんだから。
説明しようもないだろ。
けれど俺は知ったんだ。見たんだ。
つまり、これは俺だけが分かる物語なんだ。