知らなかった
「たしかにそうですね」
マーサが頷いたのを確認して、過去を思い返す。
私はずっと狭い世界で生きてきた。エドワード陛下と婚約してからは、将来の王妃として、ずっとこの王城で暮らしていた。
でも、私と同学年の貴族はその間に、学園に通ったり留学したりと、自分自身を磨いていた。もちろん、私自身も崩御された前国王夫妻からたくさんのことを学ばせていただいた。
でも、なんというか。
「受け身だったのよね」
「受け身、にございますか?」
「ええ。前国王陛下たちから学ぶ時、私は常に嫌われないようにすることばかり考えていたわ」
だって、相手は国王夫妻で、そして何より恋した人のご両親だったから。
もちろん、無礼にならないことは重要だ。敬意を持つこともそう。
それでも、常に顔色を窺い、言われたことを言われるがままにするのは、なんだかとっても勿体無いし窮屈なことをしてきた気がする。
「ねぇ、マーサ。私ね、色々と試してみたいの。それで、たくさん迷惑をかけることもあるかもしれないけれど……、どうか私についてきてくれる?」
「もちろんです」
間をおかずに力強く頷いてくれたマーサを鏡越しに見て、嬉しくなる。
「マーサ、いつもありがとう。大好きよ」
大好き、なんて子供のような言葉だ。でも、今は人前に出ているわけじゃないから、王妃の冠は外している。
なら、少しくらいただのリュゼリアでも良いわよね。
「ふふ、わたしもとっても大好きですよ。敬愛するリュゼリア様」
「……ええ。ありがとう」
◇◇◇
「お、おおお王妃殿下そのお髪は!?」
マーサと一緒に切った髪を片付けて、他の侍女を呼び出すと、とても驚いた顔をされた。
ふふ、あなたそんな顔もするのね。
悪戯に成功した子供のような、楽しい気持ちになりつつ、平然と答える。
「切ったのよ」
腰まであった髪は、今や胸と肩の間だ。実を言うと、もっと短くしたい気持ちもあったけれど——。この反応を見るに、ここまでで正解だったみたいね。
もっと短かったら、卒倒しそうだもの。
「お切りになられたのですね! 大変お似合いです」
「ありがとう、無理しなくて良いのよ」
鏡に映る私を見る。私自身はこのくらいの長さもなかなかに似合っていると思ったけれど。
すごく、悩ましげな顔をされたら、自己評価が高過ぎたかと心配になってきた。
「いえ、本当にお似合いなのですが……王妃殿下の髪は長さがあるのにさらさらで私どもの憧れでしたので」
そういえば、私付きの侍女は髪が長い子ばかりだ。もしかして……。
「みんな私に影響されて伸ばしていたの?」
「はい。王妃殿下のお髪を更に輝かせる手入れ方法なども皆で熱く語り合うこともありました」
「なんだか、それは……気恥ずかしいわ」
頬が熱くなる。
そんなふうに私の髪を思ってくれているなんて、全く気づかなかった。
でも、このことも私が毒薬を飲んで本当に死んでたら、知らないまま死んでいたのよね。
そう思うと、なんだかとても不思議な気持ちだった。
「……王妃殿下、何かございましたか?」
「え?」
「いつもの王妃殿下は冬の月の女神のような神々しさですが、今日は——まるで陽だまりのような暖かさを感じます」
ちょっとまって!?
女神!? 神々しい!?
私、あなたたちにそんな風に思われていたの!?
内心でかなり驚きつつ、かろうじて顔に出さずに微笑んだ。
「ええ。私、生まれ変わったの」
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