嫌われ王妃は、もういない
「……陛下」
アキルに目配せをすると、アキルは薄く微笑んで、応接室から出て行ってくれた。
「すまない。愉快な場面ではなかったな。痛むところはないか?」
「……いえ、アキルがかばってくれたので。それより、お伺いしても?」
「……あぁ」
私は、震える声で尋ねた。
「陛下に、子種がない、というのは……?」
「……あぁ。私には、子種がなかったんだ。幼い頃患った病のせいだろう、と言われていたが……まさか原因がアイリだったとはな」
でも、それじゃあ……。
「だから……だから、私に一度も触れなかったのですか?」
「……あぁ。君に、どうしても言えなかった」
「なぜ、ですか。私は……」
唇を噛む。
「この病を治さなければ、君に兄上以上の幸せを、与えられないと決めつけていた」
「私は、ダルク殿下ではなく、エドワード陛下。あなたのことが好きでした。子供が望めない体でも、あなたと一緒にいられたらそれでよかったのに。私は、二人で向き合いたかった」
「……そう、だな」
「――リュゼリア」
まっすぐに、エドワード陛下は私を見つめる。
「すべての責任は、君を信じきれなかった私にある。私は、自分を守ることばかり考えて、君をたくさん傷つけた。とても不甲斐ない夫だったな……」
「……陛下」
「すまなかった」
!? この人は、一国の王だ。簡単に頭を下げていい相手じゃない。
「陛下、頭を……」
戸惑いながら、そういっても、エドワード陛下は頭を下げ続けた。
「私は今回の件が片付いたら……国王の座を退こうと思っている」
「!」
は、と息をのむ。
「国王という身分もなくなるし、君は私のことをもう、なんとも思っていないのも知っている。だが……」
だが――、もし、赦されるなら。
エドワード陛下は続けた。
「君に、もう一度、恋をされる私になりたい。夫として、最低だった私だが、あがきたいんだ」
「エドワード陛下……私は――」
◇◇◇
「リュゼリア嬢」
王城からでると、アキルが待っていた。
「どう、でしたか?」
「はい。陛下と話ができました。アキル、本当にありがとうございます」
私が微笑んでアキルを見ると、アキルは、小瓶を差し出した。
「……これは?」
小瓶は、銀色の液体がつまっている。何らかの薬だろうけれど、なんの薬かしら。
「これは……失った恋心を取り戻す薬です」
「へぇ、そうなのですね」
私は微笑んで、その小瓶を突き返した。
「リュゼリア!?」
ふふ、戸惑っているわね。
「はい。それでどのようなお話だったでしょうか?」
まるで、何事もなかったかのようにアキルを見つめる。
「リュゼリア、私があなたにしたお願い、は……」
そう。アキルに、薬の代金はいらないからとお願いされた。
「『私が一番幸せになれる選択』をしてください、でしたよね?」
「憶えているなら、どうして……」
どうして、ですって?
「だって、あんなに私を傷つけた人、知らないわ」
赦したいと思う。だけど、赦せるかはわからない、それが私の答えだった。
「まぁ、私にもう一度恋されるような男になるらしいですけど、知らないです」
はっきりと断っても、エドワード陛下は存外しつこかった。
でも、私は、何度だってはっきりと断った。
だって……。
「それに、アキル。その薬私が飲んでも効果はないと思います」
「……え?」
アキルがぱちぱちと瞬きをした。
そんな気の抜けた表情が珍しくて、思わず微笑む。
「だって、私――もう、新しい恋をしましたから」
だから、一年後にももうあの恋心は復活しない。
「え、え……。誰ですか、その幸運な男は!?」
焦った様子のアキルに詰め寄られ、私は……。
「!?」
アキルの唇にキスをする。
初めてのキスは、とても、幸福な味がした。
「……え、は……リュゼリア……?」
呆然と、私を見つめたアキルに微笑む。
「はい。なんでしょう、アキル」
アキルは、信じられないものをみる顔で。私を見ていたけれど、徐々に顔を赤くすると、勢いよく跪いた。
「リュゼリア、結婚してください」
「はい、もちろん。喜んで」
エドワード陛下に、やり直したいといわれたとき、真っ先に浮かんだのは、エドワード陛下じゃなくて、アキルの顔だった。
私のことを好きだ、なんていうくせに、私が一番幸せになる選択をしてほしい、とエドワード陛下のもとに送り出そうとしたアキル。
そんな彼のことだから、私は、きっとまた恋をすることができた。
――アキルを見つめる。
アキルの青い青い、瞳はとても綺麗だった。
――私だけの青い星、それが何なのか、まだわからない。
だって、まだできていないこと、たくさんある。
女子会だってできていないし、イーディスの料理教室だって開講してもらってない。
それから、それから……。
青い星は、まだ見つからないけれど。それでも、確かに言えるのは。
「リュゼリア」
アキルが私を見つめ返す。
「あなたを心から愛しています」
「私もアキル、あなたを愛しています。心から」
――夫に愛されなかった嫌われ者の王妃は、もうどこにもいない、ということだった。
これにて、完結です。
お読みくださり誠にありがとうございました!
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また、本作の書籍が1月に発売することが決定しております。これもお読みくださる読者様方のおかげです。
誠に有難うございます!
加筆は主にアキルとのエピソードです!ラブ度が増しましになっていると思います笑
またタイトルを変更しております。ご注意ください。
タイトル・恋心に苦しむ王妃は、異国の薬師王太子に溺愛される
レーベル・Mノベルスf様
イラスト・氷堂れん先生
発売日・1月10日
下記にAmazonのリンクも貼っていますので、何卒宜しくお願い申し上げます!