終幕
この声……アイリかしら。
でも、おかしいわ。いつもと声が……少し違うような。
「エドっ、何かあったんだよね! どうしたの!?」
「なぜ、私がここにいるとわかった」
私たちも思わず立ち上がり、エドワード陛下の近くに行く。
とても冷たい声で、エドワード陛下は、扉越しにアイリに話しかける。
「……エド? どうしちゃったの? ロイズさんに聞いたんだよ」
「……そうか」
前のめりになっていたのか、エドワード陛下が扉を開けると、アイリが転がるようにして、応接室に入ってくる。
「では、なぜ、私に『何かあった』、と思……っ」
エドワード陛下は、追及する言葉を途中で止めた。
その理由がわかる。
なぜなら、アイリは――……。
「え? なんでって、エドを心配して……。リュゼリア様が、来てるんでしょう? リュゼリア様に何かされたんじゃないの?」
アイリはきっ、と老婆のような顔で私をにらみつけた。
「……本当に、アイリなのか?」
エドワード陛下が、ゆっくりとアイリに近づく。
「そうだよ! わたしっ……」
「なぜ、そんな恰好をしているんだ?」
「え、いつも通り……だけ、ど」
ピンクのドレスは、いつもアイリが身に着けていたものだった。
でも、エドワード陛下が言いたいのは、きっとそこじゃない。
「……おそらく、魔法返しでしょうね」
アキルが冷静にそういうと、アイリは、自分の手を見てはっとした顔をした。
「……! なに、これ……」
アイリが急いで部屋の隅の鏡に駆け寄る。アイリの美しかった金の髪は、真っ白になり、肌は、がさがさ。顔はずいぶん老け込み、ところどころ大きなシミもできていた。
「……アイリには感謝していた」
「え、え、どうしちゃったの、エド。なんだか、怖いよ。それに、この姿だって、きっと、何かの間違いで……」
そんな姿になっても、うるうると涙目になってエドワード陛下を見つめる、アイリ。
「……私に子種がない原因はアイリだったんだな」
……え。子種が、ない……? 思わず、息をのむ。
「……エド? なんで、なんで、そんなこというの!? わたしあんなに必死に……」
「ハーブティー」
エドワード陛下は、冷淡な瞳でアイリを見つめた。
「ハーブティーがどうしたの……? 毎日、頑張って――」
「あれに魔法をかけていたんだろう? あれを飲むと、頭がぼんやりしていたからな」
「そ、それは、エドが、くつろげるようにって!」
アイリは、私は悪くないもん!! と続け、きっと私をにらみつけた。
「ぜんぶ、ぜんぶ、お前のせいだ!! わたしは、エドを好きなだけなのに!!! お前がいなければ、今頃、わたしたちは幸せだったのに!! お前が!! お前がぁー!!」
そう叫ぶとアイリは、勢いよく立ち上がり、私に突進してきた。
とっさのことで、体が動かなかった。
つかみ、かかられる……!
「リュゼリア!!」
ぎゅっと目を閉じて、衝撃に備えるけれど、一向に衝撃はやってこなかった。
「……大丈夫ですか、リュゼリア嬢」
アキルの声に、おそるおそる、目を開けると、私はアキルに肩を抱かれていた。
アキルのおかげで、避けられたみたい。
代わりに、アイリは、勢いのまま転んでしまったようだ。
「くっそ、なんで!? このあばずれ女!! エドと別れたからってすぐほかの男に乗り換えるようなこんな女……。エド、王様なんかやめて、わたしと一緒におうちに帰ろ?」
「なるほど、私を王の座から引きずり下ろしたかったんだな」
「そ、そんなこと、言ってないよ!」
「だから、ロイズと手を組むことにしたんだな?」
ロイズの名前を出した途端に、アイリは目の色を変えた。
「そう、そうなの! 全部ロイズさんのせい! だって、そうすればエドがわたしを好きになって、くれるって、だから、わたし……」
「衛兵、地下牢まで連れていけ。それから、今窓から逃げようとしているロイズも捕まえておけ」
「くっ!! 離せ!!! ろくに病気のことを話せない王よりも、王家の傍系の俺のほうが、よほど王にふさわしかっただろ!?」
衛兵は、エドワード陛下の言葉にきびきびとアイリとロイズを掴むと引っ張っていく。
さっさと衛兵が出てこなかったのは……証言のために、泳がせてたの?
「どうして、なんでよ、エド!! わたしは、ただエドが好きなだけなのに! だから、誰にも触れてほしくなくてっ!!」
髪を乱しながら抵抗するアイリにエドワード陛下が首をかしげる。
「なぜ……? わからないのか? 一国の王を陥れて、何もないわけがないだろう――ああ、それから。私はアイリを恋愛の対象としてみたことは、一度もない」
「……そんな、エド」
呆然とその名前を呼ぶアイリを見もせずに、エドワード陛下は続けた。
「早く、連れていけ」
衛兵が頷き、今度こそ、アイリとロイズを部屋の外へと連れて行った。
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