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「!」
じゃあ、それって……。
どくどくと心臓が脈打つ。
続きを聞きたいのに、聞いたらもう後戻りができなくなる気がして、聞くのが怖い。
「……エドワード・ログルス王、彼には」
瞬きも忘れてアキルを見る。
「――悪い魔法がかけられています」
「……」
何か声に出そうとした。でも、声の代わりにひゅっと、息を吸い込む音が出ただけだった。
『リュゼリア』
幼い頃のエドワード陛下を思いだす。
『私たちは、夫婦になるのだから』
じゃあ、あんなに優しかった彼が、変わってしまったのは魔法のせいだった?
私が気づいていたら、エドワード陛下は……。
指先が白くなるほど、手を強く握りしめる。
そうでないと、気を保っていられる気がしなかった。
「――彼にかけられている魔法は、おそらく二つ」
「……え? 二つ……?」
今、アキルは何と言った?
「……はい。二つです」
アキルは二本の指を立てた。
「一つは、かなり昔……おそらく幼少期にかけられたもの」
エドワード陛下は、かなり前から苦しんでいたってこと?
私は……それにずっと気づかなかった?
「そして、もう一つは、ここ数年……そうですね、二、三年前からかけられ続けているもの」
「……かけられ続けている?」
二、三年前といえば、私たちが結婚した頃だ。
「……はい。二つ目は、そんなに強いものではないですが、何度も同じ魔法をかけることによって、日々効果を増しています」
アキルは、一度視線を落とすと、私に向き直った。
「……ロイグ嬢」
「……はい」
自分が出した、か細く小さな声に、驚く。
それだけ衝撃を受けていたから、だけど。
「今日は、ここまででやめておきますか?」
「いいえ」
首を振る。今度はしっかり声がでた。私は、知らなければならないから。
アキルは、わかりました、と頷いて続けた。
「ロイグ嬢に、心当たりはありませんか?」
「心当たり……」
「はい。幼少期から、エドワード王を知っていて、ここ二、三年もそばで魔法をかけられた人物です」
……私が知る限りのエドワード陛下の交友関係では、一人しかいない。
でも、そんな……。まさか、そんなわけないわよね。
いいえ、でも……やっぱり、あるとしたら。
「昨日、おみかけした女性……アイリ・ダルゼン嬢が、術者です」
――アイリが。
アイリが、エドワード陛下に魔法をかけていた……?
「……ロイグ嬢」
アキルは、私の名前を柔らかく呼んだ。
「私があなたにまず、惹かれたのは、その高潔な恋心です」
エドワード陛下に対する恋心。
「私はあなたを妻にと望んでいますが、だからこそ、あなたには幸せになってほしい。……だから」
アキルは、懐から、ガラスの小瓶を取り出し、テーブルに置いた。
「……これは?」
「私が錬成した薬です」
小瓶の中には、青い液体がゆらゆら揺れている。
「この薬をエドワード王に飲ませてください。そうすれば、魔法が解けます」
……魔法が解ける。でも、待って。
「エドワード陛下には、そもそもどんな魔法がかけられていたのですか?」
悪い魔法とは聞いたけれど、どういう風に悪い、のかわからない。
「一つ目のほうは、体に係わる魔法です」
「……体に?」
体に係わる魔法……、エドワード陛下ってどこか悪いところでもあったかな。
そんなそぶりは見たことがないけれど……。
「はい。おそらく下半身系を悪くする魔法でしょうね」
足とか、腰とか、かしら……?
「そして、二つ目が、精神に係わる魔法です。相手――この場合は、術者であるダルゼン嬢の言うことを聞きやすくする魔法のようです。何度もかけられた痕跡があったので、もう少し、強い魔法になっているかもしれませんが」
「そんな……」
じゃあ、エドワード陛下がアイリをかばったり、私を糾弾したりしたのって――……。
「もちろん、すべてが魔法のせい、とは限りませんが。一度魔法を解いたまっさらな状態で、お二人で話し合ったほうがよろしいと思います」
ですが、と一つ息を吐きだして、アキルは私を見つめた。
「なぜ、ダルゼン嬢が今日まで王城にいられたのか、一度探る必要もあるかもしれません。……これは憶測ですが、側近の方々に、王位簒奪を考えている輩がいて、今日まで野放しにしたという可能性もありますから」
「……そうですね」
思えば、アイリがいくら幼馴染とはいえ、それをエドワード陛下が望んだとはいえ、政治的な立場が弱い男爵家の娘を城にずっと留まらせておくのは、不自然だ。
アイリを愛妾に迎えるつもりなのかと思っていたけど、それは本人によって否定されたし。
……つまり、重鎮たちにもそう伝えているはずだし。
エドワード陛下の周りは、思っていたより優しくないのかもしれない。
「顔色が悪いですね。……無理もないですが」
恋心をなくしても、幸せになってほしいとは思っていた。
そんな人が、実は、魔法にかけられているのだという。
「……私は」
知らなければいけないと思っていた。
実際、知ることができた。……でも。
「何も――見えていなかったのですね」
エドワード陛下のあんなに近くにいたのに、何ひとつ、気づいていなかった。
俯いて、唇を噛み締める。
そうでないと、感情があふれ出しそうだった。
幼い頃は、いつだって、手をつないでいたはずなのに。
先に手を離したのは、私だったのかもしれない。
私がもっとエドワード陛下の変化に敏感だったら。私がもっと、エドワード陛下の信頼を得ていたら。私が――……。
「……リュゼリア嬢」
「!」
初めて呼ばれた名前に、思わず顔を上げる。
「ログルスでは、錬金術や魔法は、使わない人が大多数。……そうですね?」
まるで諭すような口調で、アキルは私を見つめる。
「それは……でも」
「事象をすべて予測し、発見することはだれだって不可能です。それも、ほとんど起こりえないことならなおさら」
「……そう、ですね」
後悔は消えない。
でも、過去はどう足掻いたって変えられないから、今をより良くするしかない。
「アキル殿、この薬はおいくらでしょうか?」
テーブルの上では、小瓶に入った薬が青く煌めいている。
「代金は要りません」
「ですが……!」
魔法を解く薬だなんて、作るのも簡単じゃないだろうし、王太子ながら薬師としてこの国で生計も立てているアキルに対して、不誠実な気がする。
「その代わり、といってはなんですが、ひとつ、お願いがあります」
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