もうひとつの秘密
――馬車に揺られながら、私は今までのことを思い返していた。
優しく私の手を握ってくれた、幼い頃のエドワード陛下。
「私たちは、夫婦になるのだから」が口癖で、いつだって、優しかった。
青年になったエドワード陛下。
目も合わなくなって、笑顔を見せてくれないどころか、名前も呼んでくれなくなった。
結婚してからのエドワード陛下。
アイリの部屋に足繁く通い、アイリを虐げたと私を糾弾した。
そして、私の目の前に現れたアキル。
最近話題の薬師だという彼は、私に『最も必要としている薬』をくれた。
薬を飲んだ結果、私は恋心を失い、自由を得られた。自由を満喫していると、エドワード陛下の態度が変わった。……私と一緒に食事を摂ったり、気にかけたりするエドワード陛下に戸惑ったのを憶えている。
その後、薬の効果が一年後に切れてしまうと知って、離婚したいと思った。お父様にお願いして、議会で承認を得てもらい、無事に離婚できた。
それから――……アキルに妻になってほしいと言われたり、エドワード陛下とアイリと湖でばったり会ったりしたけれど。
もし、アキルの言っていることが本当なら、エドワード陛下のこと、赦したいと思う。
でも……。
「……あ」
馬車が止まった。
どうやら目的地に着いたみたいね。
アキルの居場所……は、大国の王族らしからぬ、簡素な一軒家だった。
馬車から降りると、アキルが出てきた。
「ロイグ嬢、答えは決まりましたか?」
「……はい」
頷きながら、アキルを見つめる。
……相変わらず、きれいな瞳ね。
凪いだ海のような青い瞳は、どこまでも、澄んでいた。
「では、ロイグ嬢、どうぞ」
差し出された手を取る。
――この先に待っているのが、どんな秘密であったとしても。
私は、知らなければならないと思うから。
アキルの家の中は思った以上に広い。
ごぼごぼと音を立てながら加熱されている、何らかの液体や、私では読めない文字の羅列がある板、複雑な模様が描かれた紙……どれも興味をひかれるけれど、私が今回アキルの家を訪ねたのは、そのためじゃないわ。
雑念を追い払うため、一度目をぎゅっと閉じて、開く。
すると、少しは注意が逸れなくなった。
「こちらへどうぞ」
アキルの言葉に従い、ついていくと応接室に通された。
「ソファに座ってください。紅茶を淹れますね」
この家にアキル以外の人の影を感じない。まさか、大国の王太子ともあろう人が、一人で住んでいるのかしら。
それになのに、紅茶を淹れてくれるっていうことは、手ずからするってこと……?
今の私は、ただの公爵令嬢で、王妃じゃないし、さすがにそれは申し訳ないわ。
様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。
すると、アキルがトレーに陶磁器のポットとカップを持ってやってきた。
そして本当に、自らの手で紅茶を淹れ……って、え、本当!?
「……ふふ。そんなに熱く見つめられると、照れますね」
苦笑されて、自分が彼を凝視していたことに気づく。
「不躾でしたね。申し訳ございません」
「いいえ。あなたに見られて悪い気はしませんから」
スマートな仕草で紅茶を私の前に置くと、アキルは向かい側のソファに座った。
「冷めないうちにどうぞ」
ありがたく紅茶が入ったカップを持つ。
品の良い香りが鼻腔をくすぐった。それに、紅茶の色もとてもとても綺麗ね。
「!」
すっごく美味しい!
淹れる技術も高いのはもちろんのこと、この茶葉、とても上手に保管されていたのね!
感動しつつ、カップを置く。
「……ふふ」
「アキル殿?」
どうしたのかしら。
「あなたは本当に、少女のようで愛らしいですね。紅茶を気に入っていただけたようで何よりです」
「……!!」
は、恥ずかしい。恥ずかしすぎる……!
紅茶が美味しいって、顔に出すぎていたのよね。
これでも、一応元王妃として、淑女教育を受けているのに。
でも、もう、自分を隠すことはやめにしたから、それで正解?
でも、他国の王族の前で、さすがにはしたなかったわよね。
「そんなあなたも好ましく思いますが……ロイグ嬢」
アキルもカップを置いた。思わず背筋を正す。
そうだ。今日は別に美味しい紅茶を飲みに来たわけじゃない。
「はい」
「答えをお教えいただいても?」
「……はい」
一晩考えた私の答え。
「赦したい、とは思います」
「……そうですか」
アキルは、ゆっくりと微笑んだ。その笑みを見つめながら続ける。
「赦せるかはわかりませんが。――それでも私は、知らなければならないと思います」
「知りたいとそう思われるのですね」
アキルは、一度目を閉じると、ふ、と息を吐きだした。
そして、ゆっくり目を開ける。
「……ロイグ嬢」
「はい」
「以前、私の目についてお話ししましたね」
アキルの目。人の顔が認識できない、特別な瞳。
「……はい」
「実は、この目にはもう一つ、秘密があるのです」
もう一つ……。今回のことに関係するとすれば、それは……。
「普通の人は持ちえない、何か別の力――魔法、と呼ばれるような類のものの力が見えるのです」
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