愛せる私であるために
イーディスの作ってくれた朝食――おいしすぎて二回もおかわりした――を食べた後。
「今日はどうしようかしら?」
マーサにお昼寝するとは言ったけど、それ以外の予定は決まっていない。
刺繍とかピアノとか読書とか。しばらく手を出していなかった趣味に没頭するのもいいわね。
「……うん、そうしましょう!」
まずは、何をしようかしら。
部屋を見回すと、ある本が目についた。
その本は、私が幼いころ読んでいた童話で、『魔女と女の子』というタイトルだ。
懐かしく思いながら、ページをめくる。
この本にでてくる魔女は実はこの国の女神で、家族が病気で苦しんでいる女の子に魔法の力を授けてあげる。女の子は喜んで魔法の力を使い、その力で家族を治してハッピーエンド。
あらすじはわかるものの、詳細までは憶えていない。
ソファに座って、本格的に読むことにした。
――童話だけど、意外とこの本は、奥が深いのよね。
そんなことを考えながら読んでいると、眠たくなってきた。
「……」
瞼が重い。だんだんと本の文字が遠くなっていく。
……もう少しで読み終わるんだけどな。
そう思ったのを最後に、私は意識を失った。
◇◇◇
「……ゼリア」
「……ん」
誰かの声が聞こえる。
誰だっけ、この声。懐かしい感じはするけれど、思い出せない。
「リュゼリア、起きて」
体を揺すられ、ようやく重たい瞼が開く。
「ああ、やっと起きた」
安心したように微笑んだのは、幼いころのエドワード陛下、だった。
「……私、は」
「ごめんね、リュゼリア。妃教育で最近特に疲れがたまっているのは知ってたんだけど」
そうだ、私は、エドワード殿下の婚約者として一年が過ぎたばかり。
……あれ? そうだったかしら。
私は、エドワード陛下と結婚したはずじゃ……。
頭の中で様々な記憶が流れ、混乱する。
「君の声が聞きたくて起こしちゃった。……リュゼリア?」
こんなに優しい声、聴けたのはいつぶりかしら。
……いえ、私は毎日聞いているはずよ。なのにどうしてそんなこと思うの?
「まだ、寝ぼけているのかな?」
そういって、エドワード殿下が私の頭をなでる。
小さな手は、優しくて、温かい。
思わずまた、微睡んでしまう。
「ふふ、かわいい私の婚約者は、まだ眠いみたいだね」
エドワード殿下はそう言ってまた頭をなでた。
「ねぇ、リュゼリア。君にいつか紹介したい子がいるんだ」
……誰かしら。
「君がさっき読んでたこの本みたいに、不思議な力が使える私の妹みたいな女の子」
……エドワード殿下の妹かぁ。きっと優しくていい子ね。
でも、よかった。
遠くの男爵領で育ったエドワード殿下は、あまり国王夫妻からの愛情を受けられなかったから。
だから、エドワード陛下に家族みたいに思える子がいて、嬉しい。
「あっ、もちろん、私の特別は君だよ。それは、忘れないでね」
……特別。
だったら、なんで――……。
「何も教えてくれなかったの?」
思わず、口をついて出た言葉にはっとする。
そうだ、私、私は……。
そう思った瞬間、急速に意識が遠いた。
◇◇◇
「……んん」
欠伸をして、目を覚ます。
「……懐かしい、夢だったわね」
実際にあったことを夢で見るなんて。でも、かなり昔のこと過ぎて、すっかり忘れていた。
『魔女と女の子』の表紙を撫でる。
きっとこの本のせいね。
「……でも」
そういえばエドワード陛下が言っていた、不思議な力が使える女の子って誰だったのかしら。
……まさか、アイリ?
確かにアイリはエドワード陛下よりも年下だから、妹っていう表現もありえなくはないけど。
「……まさかね」
そんな曖昧な記憶のことは、放っておくとして。
お昼寝をしたから、体がすっきりしている。
本を片付けた後、次は何をしようかと部屋を見回す。
目に入ったのは、宝石箱だ。
お父様が私にくれた星型の宝石も入っているその箱をあける。
「……あ」
アキルにもらった、赤い花のイヤリングを手に取る。
一瞬で一昨日の花降祭のことが思い起こされ、笑みが浮かんだ。
そういえば、一昨日なのよね。昨日が衝撃的過ぎて、忘れていたけれど。
そして、他にも私が所有するアクセサリーや宝石に紛れて入っていたのは、緑の耳飾りだ。
「……!」
緑の耳飾り――それは、以前街で偶然会ったとき、エドワード陛下がくれたもの。
結局一度も使ったことはなかったけれど……。
「……私は」
エドワード陛下のこと、もうどうでもいいと思っていた。
だって、エドワード陛下を想っていた頃、とても苦しかったから。
やっと、どうでもよくなれて、ほっとした。
……でも。
私を傷つけてきたエドワード陛下の行動が、もしも誰かによってもたらされたものだとしたら。
――エドワード陛下を赦しますか?
アキルの問いに対する私の考えは、わからないという曖昧過ぎる答えだけど。……それでも。
耳飾りを握りしめる。
私は、知らなくちゃいけない。
エドワード陛下は、ずっと隠していた。
急に冷たくなった理由。アイリを呼び寄せた理由。そして、足しげく彼女の部屋に通う理由。
それらの理由と、アキルが言った言葉の意味。
全部、知らなくちゃ。
だって、私はリュゼリア・ロイグ。ロイグ公爵家の長女で、元王妃で……エドワード陛下の元妻、だから。
私が前に進むために。私が愛せる私であり続けるために。
これは、きっと必要なことだ。
宝石箱の中に耳飾りを片付けて、机の引き出しを開けた。
そこには、一昨日アキルからもらった手紙が入っている。その手紙には、今のアキルの滞在先が書かれていた。
昨日、ラグルナ湖から帰るとき、アキルに言われたのだ。
――問いの答えが決まったら、アキルのところに来てほしいと。
「マーサ」
ベルを鳴らし、マーサを呼び出す。
「はい」
マーサはすぐにやってきた。
「今から出かけるから、支度を手伝ってくれない?」
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