おやすみなさい(アイリ視点)
「……そう、だったな」
エドは、小さく頷いた。
それを確認して、ぱっと、手を離す。
「それじゃあ、今日の治療、はじめよっか」
もう一度椅子に座りなおして、手を差し出した。
エドがそっとわたしの手にエドの手を重ねる。
ぎゅっと握ると、温かいエドの体温が、わたしに伝わってきた。
……ああ。
やっぱり、妬ましいなぁ。
こんな風に、治療なんて名目がなくても、エドの手を握る権利を持ってたリュゼリア様。
エドは、自分から触れたら歯止めが利かなくなるから、触れられない、って言ってたけど。
それなら、ただ待ってるだけじゃなくて、リュゼリア様から触れたら良かったのに。
わたしなら、わたしだったら、そうしてた。
エドが踏み出せない一歩を、わたしが踏み込むのに。
なんで、そうしなかったあの人が、こんなにエドに想われているんだろう。
エドは、わたしだけの王子様なのに。
――目を閉じながら、想像する。
もし、もしも、エドが王様になんてならなくて。
ずっと、わたしの領地で暮らしていたら。
エドがリュゼリア様に恋に落ちることなんて絶対なかった。
ただの、わたしの幼馴染。
そんなエドは、わたしだけを選んでた。
今頃は、きっと結婚式だったんじゃないかな。もちろん、わたしとエドの。
多くの人に祝福されて、幸せだねって、二人で微笑みあって。
それから数年が経ったら、子供もできる。
エドによく似た男の子と、わたしによく似た女の子。
どっちもとっても可愛いに違いない。
「……アイリ?」
エドの言葉で、目を開ける。
現実は、わたしの思い描いていた未来とは少し違うけれど。
でも、大丈夫。
エドは、ちゃんとわたしの元に戻ってきてくれた。
……誰にも触れていない清い体で。
「ううん。今日の治療は、これでおしまい! と言いたいところだけれど……」
「どうした?」
エドは、不思議そうに首を傾げた。
……あぁ、そんな仕草も好きだなぁ。
「ひとつ、お願いがあるの」
「願い?」
うん、と小さく頷いて、握っていたエドの手を離す。
途端に離れていくエドの手が恋しくて、思わず目で追ってしまいながら、続ける。
「エド、最近ずっと忙しいでしょう……?」
「……それは、まぁ」
新しい王妃候補の人たちとのお見合いに、リュゼリア様がしていた公務、そして、王としての公務。
エドが今やるべきことはたくさんあるから、忙しいのだ。
……でも。
「たまには休まないと、心配だよ」
エドにわたしの気持ちが伝わるように、目を潤ませながら、話を続ける。
「だからね、明日は、息抜きにわたしとお出かけしない?」
「それは……だが」
わかってる。エドは、わたしを連れて外出したくないんだよね。
リュゼリア様以外の女性を、隣に連れて歩きたくないから。
ずきん、と胸が痛むのを感じながら、それでも微笑む。
「わたしも、実は治療で疲れてるんだ。だから明日の夕方に、少しだけ……だから、ね?」
「……わかった」
良かった。エドは、しぶしぶだけれど、頷いてくれた。
「場所は、当日のお楽しみ、ということで、秘密ね」
「……ああ。わかった」
エドが頷いて、椅子から立ち上がった。
それを見送る。
「おやすみなさい、エド」
今日こそエドがリュゼリア様の夢を見ないで、ゆっくり休めますように。
「……あぁ、おやすみ。アイリ」
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