かつての熱
――花をモチーフにしたアクセサリーを売っている露店を離れた後。
談笑しながら歩いていると、軽やかな音色が聞こえた。
……音楽隊でも来ているのかしら。
アキルと顔を見合わせて、その音の方へ進む。
――すると音楽に合わせて、たくさんの人が踊っていた。
「……わぁ」
服の上に、花びらのように透き通った薄い布をまとって、男女が踊っている。
くるくると回転するたびにふわりと布が浮いて、まるで、花の妖精が踊っているみたいだわ。
「お嬢さんたちも、参加するかい? ダンスが一番うまく踊れたペアには景品もあるよ」
そう言って、この催しの主催者のようなおじいさんに、布を差し出された。
「ロイグ嬢は、ダンスはお好きですか?」
「はい、もちろん!」
……とはいっても、昔の私はダンスが嫌いだったのよね。
私の元夫であるエドワード陛下は、国王だ。つまり、夜会のファーストダンスを踊ることが多い。
夜会の始まりを告げるダンスを踊るのだ。当然、周囲も注目するわけで。
その緊張感を楽しんだもの勝ちだと、気づいたときに、ダンスが好きになった。
「では、お相手願えますか、ロイグ嬢」
「喜んで!」
おじいさんから布を受けとり、羽織った後、差し出されたアキルの手を握る。
丁度、曲の切れ目だったので、さっそく私たちも交ざって、踊り始めた。
……ダンス、とっても楽しい!
最近は、エドワード陛下と出席する夜会の数も少なくなっていたから、こうして誰かと踊るのは久しぶりだ。
それに、アキルのエスコートはとても踊りやすいわ。
自然に頬が緩む。でも、体は止めない。
「お上手ですね」
「アキル殿こそ」
まるで、背中に羽が生えたよう。
くるり、と回転するとそれに合わせて羽織った布も広がる。
風に吹かれて花びらが舞う中、ステップを踏む。
何曲が踊っている間に、曲のテンポが少しずつ速くなっていることに気づいた。
何組か踊りの輪から抜け出したペアもいるわね。
……少しずつテンポを上げて、その曲についていけなくなったペアが脱落。
最後まで残ったペアが景品がもらえるってことかしら。
アキルを見ると、挑むような瞳をしていた。
「ロイグ嬢、続けますか?」
そこでノーと言えるほど、ダンスが嫌いじゃないわ。
「もちろん」
あと、何組残っているかは考えないようにしましょう。
私が集中すべきは、流れる曲と、エスコートしてくれているアキルだ。
私たちは、だんだん速くなる曲に合わせて、ステップを踏み続けた。
……すると、急に曲が止んだ。
「……?」
ぴたりと急に止まった音と一緒に止まれず、体がぐらついた私をアキルが支えてくれた。
「ありがとうござ――」
拍手と歓声でお礼の声がかき消された。
えっ、何事かしら……?
「お見事!!!」
先ほどのおじいさんがそう言いながら近寄ってきて初めて、周囲を見回す。
広場に残っていたペアは、私たちだけだった。
「お嬢さんたちが優勝だ!!!」
おじいさんから、包みを受け取る。
包みを開けると、中に入っていたのは、何かの券だった。
アキルと一緒にその券に書かれた文字を読む。
「ラグルナ湖、一周無料券……?」
……ああ、なるほど。
「ラグルナ湖、ご存じないですか?」
「いえ、その湖の存在は知っていますが……」
さすがのアキルもラグルナ湖の伝説までは知らないのね。
「ラグルナ湖は、私たちの信仰する女神が、最初に降り立った場所だと言われているのです」
「そうなのですね」
「それ以外にも女神に纏わる様々な伝説があるのですが、とても綺麗な場所なので、恋人たちに人気なんですよ」
伝説は、女神最初に降り立った地だから、女神もよくラグルナ湖をのぞいていて、その女神に気に入られた恋人たちは、女神の祝福を得る、とかなんとか、あるけれど。
「では、ぜひ行かなければ」
恋人に人気、のところで、アキルは意味深に微笑んだ。
「アキル殿!」
赤くなりながら、ふっと思う。
私は、私が大国ルクトバージの王妃になれるとは思わない。
……器ではないと思うから。
でも、万が一、そんな私がアキルの言葉に頷くとしたら。
それは、私がアキルに恋をしたときだろう。
器とか、資格だとか、そんな言葉すらも乗り越えてみたいと思うほどの熱。
……そんな感情を、果たして再び抱くのかしら。
「ロイグ嬢?」
不思議そうな顔をしたアキルに、なんでもないと首を振る。
耳元にはまだ、あの赤いイヤリングがついていた。
アキルからもらったそれを何の気無しに、触れながら、私は、かつて私の中にあった熱の温度を探していた。
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