昨日までの私
「……リア」
誰かの、声が聞こえる。
「……ゼリア様! リュゼリア様!」
「!」
は、と目を開く。
「あぁ、良かった! リュゼリア様!!」
涙を流しているマーサの顔が目の前にあった。
「……マーサ?」
「はい、マーサでございます! リュゼリア様!!」
「どうしたの、そんなに泣き腫らして……?」
まだ泣いているマーサの涙をそっと、指で拭う。
マーサは長い間私に仕えてくれているけれど泣いた姿は見たことがなかった。
「朝、リュゼリア様がなかなかお目覚めにならず……! もしや、何かあったのかと」
「そう、だったの」
それだけぐっすり寝入るなんて、かなり珍しいものね。マーサが心配になるのも無理はない。
なんだか長い夢を見ていた気がするけれど。
どんな夢だったかは忘れてしまったわ。
そう思っていると、小指に何か冷たいものがふれた。
何かしら?
その感触を辿り、手で掴んで目の前に持ってくると、空のガラスの小瓶だった。
「!!!!」
そうだわ、思い出した。私あの薬師がくれた「私が一番必要としている薬」を飲んで……。その後、眠気に襲われたのだ。
「あぁ、リュゼリア様、お薬を飲まれたんですね! 眠り薬だったのでしょう。リュゼリア様が最近眠られないことも相談したので……」
……本当に?
マーサの言葉に内心で首を傾げる。
私は毒だと思っていたけれど、ただの眠り薬なら薬師は、あんな含みのある言い方をするかしら。
そういえば、体が軽い。
それに、いつものように頭痛もしないわ。
まるで、生まれ変わったかのように、世界がクリアに見える。
朝日の眩しさだとか、小鳥の囀りだとか。今まで気にする余裕もなかったものたちに気づくようになったのだ。
それに、それに……。
私は、自分自身に訪れた一番大きな変化にはっとした。
「マーサ、あのね」
「はい、なんでしょう」
満面の笑みを浮かべた。
「昨日までの私は、死んだわ」