揺らがない/君のいない日々(エドワード視点)
胸の中から急にじわりと何かが湧き出るのを感じる。
……いいえ、違うわ。
胸の中に浮かんだ感情を、否定する。
私は、あの恋を手放した。
意図的ではなかったにしろ、あの恋を手放して、私は自由になれたから。
「ロイグ嬢……?」
深く帽子を被り直した私に不思議そうな顔をした、アキルに微笑む。
「いえ。それより、確かにこのイヤリング可愛いらしいですね」
アキルがあててくれた赤いイヤリングを手に取る。
「……よければ、また、贈らせていただけませんか?」
「えっ、ですが……」
さっきもガラス細工をもらったばかりだ。
「私が、贈りたいんです」
アキルは、そう言うと、流れる仕草でイヤリングの代金を払う。
「ありがとうございます」
せっかくなので、とアキルは私にイヤリングをつけてくれた。
店主が見せてくれた鏡を見ると、確かに似合っている。
「素敵な贈り物を、ありがとうございます」
「喜んでいただけたなら、何よりです」
そう微笑んだアキルに、微笑み返す。
大丈夫――……私は、揺らがない。
◇◇◇
「……リュゼリア?」
人込みの中、かすかに見えた銀の髪。
後ろ姿からは、判別がつかない。
それでも、その名を呼んだのは、ただ、会いたかったからだ。
あの髪が、君の――リュゼリアのものだったらいいと、願ったから。
けれど、その髪の主は、振り返ることはなかった。
「人違い……か」
それもそうだ。
彼女は、私と離婚をしたばかりで。
他の男と歩いているはずがない。
「……私たちは、夫婦になるのだから」
いつだって、そう、手を取って、歩んできた。
今は手違いで、手を離してしまったけれど。
すぐに、元に戻るはず。
だって、だって。私たちは、夫婦で。兄上とは比較にならないほど、お似合いで最高の夫婦になるはずだ。
けれど、現状、私の隣に君はいない。
離婚届に無理やりサインをさせられてから、空虚な日々を過ごしていた。
政務は毎日しなくてはならないし、公務もある。
今日は花降祭の開会の挨拶もあった。
それに、城に戻れば、また、重鎮たちが娘を次の王妃にしようと、釣書を持ってくる。
私は、君以外を王妃に据えるつもりは、毛頭ないというのに。
「……はぁ」
息抜きに、花降祭でも、少し散策してこい、とロイズに言われて、歩いてはいるものの、これと言って、気持ちが晴れやかになることもなかった。
ぼんやりと、花びらが舞う空を眺めていると、目の前に紫の花びらが舞い降りてきた。
どこかに飾られた花の一部だったであろうその花びらに戯れに手を伸ばす。……だが。
ひらひらと舞った花びらは、私の手の中に収まる前にも風に煽られ、どこかに消えてしまった。
「……!」
胸の中に言い表せないもやもやとした気持ちが、広がる。
別に、本気で掴みたいわけではなかった。だが、あんな風に掴み損なうのは、まるで……。
「……考えすぎだな」
首を振って、悪い考えを追い出す。
息抜きにもならない散策はもうやめにして、城に帰ろう。そして、早くアイリに治療してもらうのだ。
そして完治すれば、ちゃんと君を、リュゼリアを迎えに行ける。だから。
私は、花降祭が行われている区画に背を向け、歩き出した。
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