正体
カーテンの隙間から差し込む光に目を細め、カーテンを開ける。
窓もついでにあけると、心地の良い風が吹いてきた。
「リュゼリア様、もうお目覚めですか?」
振り返ると、マーサとメイカが立っていた。
「ええ。おはよう、マーサ、メイカ」
マーサとメイカは、こうして王妃ではなくなった今でも、あの宣言通り、私に仕えてくれている。
「朝食の用意はできております」
「ふふ、今日の朝食は何かしら。楽しみね。イーディスの料理はとっても美味しいもの!」
そして、なんとイーディスも王城の料理長、なんて素晴らしい地位を捨ててまで、私の下で働いてくれている。
私は現在、公爵邸の離れを利用させてもらっていた。
これは、別に他の家族と仲が悪いとか、外聞を気にして……とか、そういうわけではなく、私の希望によって、そうさせてもらっている。
数年ぶりの家族は、とても温かかった。
――お父様も、お母様も、弟も。みんな私を心配し、何より、出戻った私を、受け入れてくれた。
それなのに離れで暮らしている理由は単純で、元々の私の部屋が離れにあったからだ。
私は、幼少期より、『王太子の婚約者』になることが決まっていた。
そのための教育を施すのにまだ赤子だった弟がいる本邸よりも、離れの方が都合が良かったのだ。
だから、もちろん、今は離れにいる必要はないのだけれど。
そのままの状態で――ただし、こまめに掃除を行き届かせている――残してくれたこの場所は、確かに、家族からの愛を感じられる場所だったから。
……といっても、幼少の私の趣味に合わせて揃えられた部屋なので、今の私の好みとは若干異なる。
だから、より私好みの部屋に変えていきたいのよね。
そんなことを考えつつ、ダイニングへ。
ダイニングでは美味しそうな朝食が、並んでいた。
「いただきます」
今日もイーディスの朝食はとても美味しかった。
食事をとり終わり、イーディスに感想を伝えた後。
自室に戻ると、マーサが私に尋ねた。
「薬師殿がお見えですが、いかがなさいますか?」
「……そうね」
薬師――アキルは、こうして私が王妃でなくなってからも、私の下を訪ねていた。
探し物は、どうやらまだ見つからないみたい。
「応接室に通して頂戴」
「かしこまりました」
応接室の扉を開けると、ふわり、と甘い香りがした。
「お待たせいたしました、アキル殿」
「いえ。本日もお時間を作っていただき、感謝いたします」
恭しく礼をしたアキルの手には、赤いバラを中心とした花束があった。
「花? これから用事があるのですか?」
「いいえ。これは、あなたに。……ロイグ嬢」
スマートな仕草で、私に花束を渡し、アキルは微笑んだ。
「……ありがとうございます、アキル殿」
……赤。アキル殿の髪色を思わせるその花束からは、かぐわしい香りがした。
「ロイグ嬢」
「……どうしました?」
表情を曇らせたアキルに首を傾げる。
「以前よりも、距離があるように感じるのは私の気のせいでしょうか」
「……それは」
アキルの言葉に、詰まる。
「それは? なぜですか、ロイグ嬢」
アキルが悲しそうに目を伏せた。すると、長いまつげが彼の凪いだ海のような瞳を隠す。
「以前の私と、今の私では立場が違いますから」
そう今の私は、王妃ではない。ただの出戻りの公爵家の娘だ。それに……。
「アキル殿。あなたは、どこか……他国の高貴な方ではございませんか?」
「――!」
アキルが目を見開いた。
その反応を見て、確信する。
やっぱり、そうなのね。
「なぜ、そのように思われたのです?」
そんなの決まっている。
「……初めに疑問に思ったのは、流暢な発音です」
アキルは、この国の貴族の戸籍は持っていない。
それに炎のような赤い髪はこの国では、聞いたことがない。
それなのに、これだけ我が国の発音が流暢なのは、高度な教育を受けていたからだろう。
高度な教育を受けた他国の平民、という線も考えられたけれど……。
「そして、あなたの薬の効果がありすぎたこと」
心に作用する薬だなんて、聞いたことがなかった。
でも実際に私の中から、恋心は消え、こうしてエドワード陛下と離れられた。
そこで思い出した。噂で、王家の中に錬金術を使える方も稀に生まれることもある国のことを。
「アキル殿、あなたは――大国であるルクトバージの王族なのでは?」
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2章スタートです。
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