考えてない
解放する。
そう言われてさまざまな思い出が、私の中を駆け巡った。
エドワード陛下と出会ったこと。
中庭で手を繋ぎながら散策したこと。
王妃教育に耐えられそうにない、とこぼした愚痴を黙って聞いてくれたこと。
——でも、全ては過去のこと。
過去になってしまったこと。
私は、ペンを持ち上げ、そこに署名をしようとしたときだった。
「ちょっとまった!!!」
「なりません、ロイズ様!!!」
聞き覚えのある声と、マーサと思わしき声に、手を止め、振り返る。
「王妃殿下、緊急事態とはいえ、御部屋に無断で入ったこと、大変申し訳ございません」
振り向くと、エドワード陛下の側近……ロイズ殿が、滝のような汗を流しながら、平伏していた。
「緊急事態……? どうしたの、ロイズ殿」
「実は、書類整理をしていたところ、ある書類が、行方不明になっていることがわかりまして」
私は、机の書類に視線を落とした。
「それは議会での承認を得なければ、決して使えない書類なのですが、重要な書類なので防犯の観点より、城中を探しております」
「……そういうこと」
確かに、この書類——王と王妃の離婚届は、議会の承認がないと使えない。
持ってきたということは、承認済みかと思ったのだけれど……。
「エドワード陛下」
私がその名を呼ぶと、今まで黙っていたエドワード陛下はびくり、と体を揺らした。
まるで、叱責を恐れる子供みたいだわ。
怒りはしないけれど。
「ロイズ殿、陛下はお疲れのようよ。部屋までお連れしてくれる? それから、お探しの書類はこれかしら」
私は立ち上がり、平伏したままだったロイズを立たせ、書類を渡す。
「はっ! 王妃殿下には、大変ご無礼を……」
「いいわ。あなたに免じて今回は許します」
「……リュゼ——」
「マーサ、お客様のおかえりよ。間違えて大事な書類が部屋に入らないように、きちんと、お見送りしてちょうだい」
すがるような瞳で、エドワード陛下が私の名前を呼びかけたけれど、それを遮るようにマーサに指示を出す。
「……はぁ」
残された私はため息をついた。
承認を得ていない書類を持ってきたということは、エドワード陛下は、きっと、私を試そうとしたのだ。私が、彼に縋るかどうか。
「——私なりに考えた、ね」
まさか、こんなに何一つ私のことを考えてくれてないとは思わなかった。
結局、エドワード陛下は自分やアイリが一番大事で、私のことは本当にどうでもいいのね。
落ち込みかけた気分を、頬を軽く叩いて、吹き飛ばす。
そうよ、別に誰かに溺愛されなくてもいい。
私が私を溺愛すれば、それでいいのだから。
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