手放したもの
「心境の変化……?」
「はい」
心境の変化があったはずだ。だって、今までエドワード陛下は、私と一緒に食事を摂ることなんてなかったのだから。
「……それは、君の方だろう」
エドワード陛下は、私を見つめた。翡翠の瞳には、私だけが映っている。
「リュゼリア、君が急に出かけると言い出したから……」
えっ、私?
そういえば、城下町に下りる前に、侍女を通じて許可を取ったのだったわ。それで、城下町にはなぜかエドワード陛下もいた。
「今までの君は、出かけたいなどと一度も言わなかった。だから、気になった」
ふーん、なるほど。
私が、いつもと違う行動をとったから、物珍しかった、というわけね。
「そうなのですね」
「それより、君こそどうなんだ。世界の狭さを知ったと言っていたが。……そのきっかけは?」
私が世界の狭さを知ったきっかけ。
この胸から、あなたへの恋心が消えたこと。
「きっかけは……、手放せたことです」
私一人じゃ無理だった。ずっと、きつく握りしめて、手から血が滲んでもお構いないしに、きつくきつくあの想いを握りしめていたから。
あの薬があったから、私は変われた。
「手放す……?」
エドワード陛下の翡翠の瞳が不安そうに揺れる。変なの。あなたが不安がる必要なんて何もないのに。
「ええ!」
だから、私は安心させるように、笑顔で頷いた。
「手放してから、とても楽しくて……」
まあ、まだ手放してから一日しか経ってないのだけれども。
「食事も美味しいですし」
イーディスの作る食事の美味しさ、そして、その美味しさに込められた努力に気づけた。
「それに——」
「待て!」
? なんだろう。
「はい……?」
「君は——リュゼリアは、なにを手放したんだ?」
何を手放したか、ですって?
「それは……」
ゆらゆら揺れる翡翠の瞳。そこに映る私は、とても幸せそうだ。
……胸と肩の間までしかない、今までに比べたらかなり短い髪。
……頭痛がなくなり、頭に手を当てることも少なくなった。
……そして、何より心が、体が、軽くなった。
「お気づきになられませんでしたか……?」
「……何、に?」
私は、人差し指を立てた。
「ひとつ、髪を切ったこと」
「そんなこと、とっくに気づいていただろう?」
「そうですね。正しくは、『陛下に褒めていただいたことがある』髪を切ったこと」
「!」
エドワード陛下が、はっ、と息を呑む。私はそれを気にせず、人差し指と中指を立てる。
「ふたつ、陛下から頂いた贈り物をすぐに身に着けなかったこと」
「……それ、は」
どうやらそのことを、疑問には思っていたみたいだ。
まぁ、そうよね。
今までの私だったら、すぐに身に着けて、アイリに見せびらかしていたかもしれないもの。
「みっつ、陛下より食事を優先したこと」
これは食事の時間だから、当然と言えば当然だけれど。でも、あれだけ返答を求められて、スルーするのは、普通じゃないわよね。
「そして、最後。私の瞳から熱が消えたこと。ここから導き出されることは……」
急にエドワード陛下が、顔を逸らした。
まるで、その先を聞きたくないというように。
それにかまわず私は続ける。
「あなたに執着する私、を手放しました! いえ、死んだ——という方が正しいのかも」
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