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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

平凡冒険者の一日

作者: あきら

「ありがとう」

 感謝の言葉を彼女は心の中で口にしながらも石で肉塊のような物をたたき続けた。


一人の女がコボルトと対峙している。

コボルトが水平にふったナイフを女は身を屈めることで必死によけた。彼女は避けることに精一杯といった様子で反撃する余裕などない。彼女はまわらない頭で必死に生きるための方策を考えていた。自分の情報、敵の情報、地形の情報を頭の中で再確認していく。自分の装備品は短槍と壊れかけた鎧。敵はコボルトの成体一体。刃渡りの短いナイフを装備。地面は砂利。槍をふるのに邪魔な木などはなし。

  彼女はここで一つ基本ともいえることを思い出した。短槍とナイフで圧倒的に違うのは間合いの差である。相手に有利な間合いで戦う意味などない。彼女はコボルトの攻撃を後ろにとんで避け、距離をとろうとした。しかし、コボルトはすぐに足技をくりだし距離をつめる。コボルトの筋肉から繰り出される蹴りは危険だ。また、砂利ではすぐ体勢を立て直すことが難しい。距離をとろうとして無駄にジャンプをくりかえした彼女は息をきらし、苦しそうに呼吸をしていた。

  いつのまにか彼女はジャンプをし距離をとることを諦めたようだった。以前のスタイルにもどっている。振り出しに戻ってしまった。振り出しといっても、彼女はかなり消耗していた。水分が足りておらず、視界が暗くなり狭くなっている。彼女は何回かこの状態を経験したことがあった。もう少したつと、一瞬視界が暗くなり立ちくらみをするような状態になる。だが、彼女はまだ距離をとることを諦めていなかった。方法を考えながら器用にコボルトの攻撃をよけていた。


そんな彼女の足に異変が走ったのはそのときだ。砂利で着地を失敗しとっさに足をかばう動作をしてしまう。ひねったな。こんなときに、くそ砂利め。彼女は舌打ちをした。足をかばった隙にコボルトはナイフを振り上げせまってくる。

砂利…?

 彼女はすぐに笑みを浮かべた。次の瞬間、彼女は勢いよく地面をけりあげた。前傾姿勢でとびこむコボルトに砂利があたる。捻挫?それがどうした。命の方が大事だ。彼女はコボルトの視界が奪われた一瞬の隙をついて距離をとった。これは成功したようだった。彼女は顔面に石を食らって唸っているコボルトに短槍をくりだした。シュッと、風をきって相手の胸に槍があたった。

 ついに殺った!

「うおぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉ」

 彼女は喜びの雄叫びをあげた。

 勝ったのだ!

 達成感が胸を満たしていく。

 自分自身の力でコボルトを倒したことに対する喜びが沸き上がる。







そして彼女は油断した




コボルトが、ナイフをもって襲いかかってきたのである。

大きな体が近づき、呼吸音がせまってくる。

????????…

彼女の頭の中を疑問符が埋め尽くす。彼女はとっさにナイフを左腕でふせいだ。ナイフが腕をひきさく。彼女の柔らかな肉をきりさき、血のにおいが充満する。

くっ

呻き声をあげて彼女は腕を下げた。ナイフは腕から離れ、切るものを求めて宙に浮かんでいた。彼女は、コボルトの胸をみた。細く血がたれていたが、彼女のうでと比べれば微々たる量の出血だ。ほんのかすり傷だ。腕からはおびただしい量の血が流れている。のどの渇きに耐えられなかった彼女は思わずその血をすすった。

 

彼女の純度の低い鉄では、コボルトの胸筋に勝てなかった。その事実は彼女に深い絶望を与えた。圧倒的なフィジカルの差。人と魔物の体格のおおきな差。それを再認した彼女は絶望した。腕はのたうちまわりたいほどに痛いし、槍でも相手にダメージを与えられない。そして、彼女の実力では利き手じゃない手で槍を使うのは不可能だった。利き手の左はもう使い物にならない。

私は死ぬんだ…

 

死の予感が彼女の思考を奪った。冷たいものが、頭の中を支配して内側から壊しにきているようだった。手足はがくがくと震える。彼女は槍を杖のようにすることでぎりぎり立っていた。今さら逃げることは無理だ。消耗していなくてもコボルトの脚力に人間がかなうわけない。

 彼女はこれから自分を殺すだろう相手を見つめた。不思議と憎しみはわかなかった。どうせこの世界でやりたいことなんてなかった。神が定めた弱肉強食という自然の摂理に従うまでだ。彼女の諦めをコボルトも理解したようだった。笑うようにうなり声をあげて、蹴りを放った。「神様、今そちらに参ります。」彼女は小さくつぶやいた。

 コボルトの放った蹴りが彼女にあたった。

 彼女の命を奪う蹴りのはずだった。

 しかし、彼女は生きていた。

 地面にたたきつけられたが、生きていた。

 上から蹴りがふってくる。

 でも、まだ彼女は生きていた。

 彼女は自分が生きている理由を知っていた。

 コボルトが自分をいたぶって悦んでいることに気づいていた。

ふいに強い怒りが彼女の底から沸き上がった。これは、自然じゃない。神のつくった本来あるべき営みではない。生と死の間に快楽は必要ない。彼女はうずくまりしつこい蹴りにたえながら、右手で槍を探した。大きな石が転がっているのが感覚でわかるが、槍は見つからない。頭を庇いながら上の方にも手を伸ばした。あった。彼女はつよく槍をにぎり、渾身のちからでふる。

槍はしなり、コボルトの腹を殴打した。

 槍の反動とともに立ち上がる。痛みは感じなかった。一般的な安い槍はよくしなる。下手な金属よりもしなる木の棒で殴られた方がダメージが大きい。彼女は冷静に考察する。コボルトは足を振り上げると痛むようで蹴ってこない。それも好都合だった。ナイフの攻撃ならすぐには死なないからだ。失血死を覚悟する必要はあるが、そんなことに怯えていれば逆に死ぬ。彼女はコボルトを打ち続けた。コボルトが動く隙を与えないようにより速く、強く、数をうつ。上手く息を吸えない。腕が重くて痛い。右手をふるのはもう億劫だ。踏ん張っている足ももうしっかりと踏み込むだけでこわばる感じがした。もう動きたくないと、休みたいと思わせるような筋肉の叫び声が聞こえる。

我慢比べに勝ったのは女のほうだった。

ついにコボルトは膝をついた。

女の体が動いた。

彼女は手頃な大きさの石を拾うと大きくジャンプして、コボルトの脳天を石で殴った。コボルトは倒れると同時に女の左腕に噛みついた。嫌な音がして、冷や汗が女の背中を伝った。ナイフでえぐられた傷にコボルトの唾液がしみた。コボルトから逃れようともがいても、逃れることはできなかった。コボルトはそれだけしっかりと彼女の左腕をかんでいた。むしろ、動けば動くほどかむ力が強くなっていくことが彼女にはわかった。もう少しで骨がくだける。彼女はなぜかそれが分かった。左腕の痛みは今まで感じたことのないほどの強いものとなっていた。息を吸っても吸っても苦しい。空気を吸っているのに入ってこない。左腕はもう一生使えないだろうし、脂汗がしみ出るような気味の悪い痛みがある。

 

もう、諦めてもいいのかもしれない。抵抗をやめればもうくるしくなくなる。もう苦しいのも痛いのも全部いやだから…「死」の距離がどんどん彼女と近くなっていった。ここで舌を噛んでしまえばこの痛みから抜け出せる。もう呼吸をするのもつらいのだ。呼吸は生きるためにする。でもそれが苦しいのは、もう体が生きたくない、生きる必要はない、と言っているからではないだろうか。ここから抜け出すにはもう死ぬしかない。もう彼女はなぜ自分自身が死を恐れていたのか分からなかった。死こそ救いをもたらしてくれる存在だ。

彼女は口を開いて、反動をつけて舌を噛んだ。舌からどくどくと血が流れている。少し足元がふらついた。

でも死ねない…

 痛い。涙がでるほどに痛い。血の何ともいえない味がする。でも、死ねない。痛いと感じているのが何よりの証拠だ。なんで死ねないの?どうしてなの?死にたいのに。死にたい。

「あぁ。あぁがぁぁ。あぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ。うわぁぁぁっぁ。」

 涙が流れて止まらなかった。死にたいのに。早くこんな苦しみから抜け出したいのに。一瞬でも抜け出せたと思ったからこそのつらさ。その苦痛は前よりも大きかった。死だけは万人に平等に与えられた権利ではないのですか?神様。死にたいときに死ぬことすら私には贅沢なことなのですか。自殺出来た人もいるのになんで私はダメなんですか。神様。彼女は口にたまった血を飲み込んだ。舌が痛くてのみこめなかった分は吐き出した。

 神様を問いただしたかった。神様がいるという上をみた。コボルトの顔が視界に入ってきた。コボルトの顔からも血がしたたっていた。彼女の手でつけられた傷だった。その発見は彼女の精神状態を少しだけ回復させた。彼女は上にいるという神様に問いただすことはやめて、かわりにこう心の中でとなえた。

「死は救いだから、死ぬためにも試練が必要なのですね。私のような人間を赦すにはまだまだ試練に耐える必要があるということですね?神様。」


彼女はコボルトの腹をけった。コボルトの傷口に狙いをさだめ、爪先でグリグリとえぐる。コボルトはさらに強い力で左腕をかみ続ける。痛みにたえようと歯と歯をきつくかみしめると舌がさらに痛んだ。

「ぐ。」

彼女は上に飛び上がりコボルトを蹴った。飛び上がった瞬間に嚙まれている左腕にさらに痛みが増す。肉の奥までコボルトの犬歯がつきささる。

「あぁぁぁあ…が…」

あまりの痛みに彼女の口から叫び声がもれた。だが、飛び蹴りによって地面に頭を強打したコボルトは口を開けた。左腕が解放される。コボルトの上に馬乗りになり右腕でコボルトの口に石をたたきつけた。顔面を石で殴った。コボルトはナイフを逆手ににぎり、女を刺そうと試みた。コボルトも命がかかっているから必死である。石で殴られているのにも関わらず強い力でナイフを振り上げる。女にナイフが振り下ろされた。彼女はナイフを自分の左腕でとめた。天にかかげるようにあげた左腕から血がしたたりおちる。コボルトのナイフを力ずくでとめることはできない。ならば、これからの戦闘に支障が少ないところを犠牲にしよう。そんな彼女の合理的な判断で左腕は犠牲にされた。

  次の瞬間、彼女はコボルトの金的に足を振り下ろした。少し押し込まれる力が弱くなった左腕を彼女は無理やりナイフからはずした。ナイフが手入れされておらず切れ味が悪いからか、切れたのは肉だけで骨はきれていなかった。ぶらんとたれた左腕を彼女はちらっとみると、そのまま右手を使い、石でコボルト殴りつけた。くるったようにコボルトを殴り続けた。

「こういうことか」

 彼女はそうつぶやこうとした。舌がそれを許さなかったが。彼女自身わかっていた。自分のしていることはさっきのコボルトがしていた事と同じだと言うことを。もはや抵抗しないコボルトを殴り続けるのは非情だろうか。でもこれが、自然じゃないわけない。こんなに自然な衝動を否定するなんて間違っていた。快楽だって、愉悦だって動物は本能で感じている。動物を神がつくったのなら、動物の本能だって神によってつくられたものだ。それが神の望んだ営みから外れた行為であるわけがない。そもそも生物が行う行動全てが、生物の営みであり得るはずなのだ。ならば私のすることのすべてが神によってつくられた『人間』の行うべきことだ。

「ありがとう」

 感謝の言葉を彼女は心の中で口にしながらも石で肉塊のような物をたたき続けた。ボゴッという音が響いていた。


 しばらくして、女はコボルトの死体に覆い被さるように倒れた。左腕はどす黒く変色していた。彼女の口が音を出そうと動いていた。その口の形は

「もっと。もっと。もっと…」

 といっているようだった。


*****

「冒険者研修ビデオは以上です。華々しく活躍できる冒険者は一握りということですね。ギルドの定める危険度は一番低いコボルトが相手でも命がけの死闘となります。冒険者を辞退されたいかたは今この場で立ち去って頂ければ冒険者登録されません。質問はありますか?」

ギルドの制服に身を包み、ギルド職員であることを示すベールを頭にかぶった女がとうが、それを聞いているものはいなかった。もちろん出ていくものもいない。会場がざわざわとどよめいている。

「どうせ、やらせだぜ。こんなんでビビっているとはな。」

「でも、そのわりには女の心情?みたいなのが多くなかったか?」

「それを含めてのやらせだろ。」

「中立とか言ってるギルドが神についてわざわざふれるのは変じゃないか?映像だけじゃなくて、わざわざナレーションを入れて女の考えを流してるんだ。やけにリアルだし。」

「ドラマみたいなものだろ。」

壇上の女はため息をついた。ギルドは命がけで戦っているところを小型魔動機で録画し、治療費を一部補填することなどを条件に研修ビデオや広報活動などでその映像を利用する。時には国に提出することもある。小型魔動機は本当は災害など事前に察知するためなのだが、ギルドも悪趣味なことだ。ギルドの一員なら誰もが知っていることだが、誰もその制度に反対はしない。治療費の補てんなどは冒険者にとっては非常にありがたいし、冒険者を続けることが難しい場合はギルドで雇ってくれるなど救済措置でもあるからだ。撮られた方は胸糞悪いが。

それにしてもうるさすぎる。冒険者をなめているのだろう。

「皆さん、お静かに願えます。まだ次の説明がありますので。」

だが一応、冒険者になろうという者どもが集まる会だ。会場はまだまだうるさい。

「お静かに」

女はどなる。左腕がない女がどなると迫力がある。会場は静かになった。

「皆さん。冒険者になる覚悟はできていますか?」

ありがとうございました。

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