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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
序章 物語の始まりは唐突に
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第9話 ただのお菓子作りのはずが?(後編)

「これをアリスちゃんが一人で作ったの?」

「間違いございません、私どもがこの目で確認しておりましたので」

「そう」

 先ほどまで一緒だった料理人さんの一人が、フローラ様の問いかけに答える。

「これなんてお菓子なんですか? お姉様」

「イチゴを使ったショートケーキっていうのだけれど、私も初めてつくったお菓子だから、ユミナちゃん達のお口には合わないかもしれないんですが」

 何と言っても相手は天下の公爵家。当然日頃から高級菓子店顔負けのお菓子を口にしておられるだろうし、この世界の味覚が前世寄りの私と同じとは限らない。

 だから何度も何度もこれは試作用につくったのだと説明させて頂いたのに、フローラ様は躊躇など一切見せず、目の前の試作品ケーキを一口パクリ。

「これは……誰かローレンツを呼んできて」

 えっ、何事!?

 公爵家の執事であるローレンツさんとは、私の仕事探しで何度かお会いすることはあったのだが、今のように前触れもなくフローラ様が呼ばれる状況など見たことがない。

 ローレンツさんは公爵家の執事を任されているが、そのお仕事の内容は大変過密で、お屋敷のことは勿論、公爵家が運営するハルジオン商会も任されており、経済面から運営面、人員面から教育面までこなすスーパー執事なのだという。

 そんな超忙しそうな人がなぜこの場に呼ばれた?

 若干ビビりながらも私はローレンツさんの登場を待つこと数十秒……。


「お呼びでしょうか、奥様」

 早!?

「忙しいところごめんなさい。まずは何も聞かずにこれを食べて」

 そういいながらメイドさんの一人が切り分けたケーキを受け取り、洗練された動きで一口ぱくり。

「これは……」

「どうかしら?」

 一体何が「どうかしら?」なのかは知らないが、ローレンツさんはその一言で理解できたようで、少し悩んだ末に。

「この食べ物はどちらのお店で?」

「そう思うわよね? でもこれ、アリスちゃんが一人で作ったのよ。しかも今日が初めて作った試作品」

「これで試作品!?」

 目の前で繰り広げられる様子に私はただただ怯えるばかり。そんな私の気持ちを知らないのか、エリスとユミナちゃんはフィーと一緒に仲良く試食。時折おいしい! とか、柔らかい! とか楽しそうな声が聞こえるが、私のリス並みの心臓は不安と恐怖で破裂寸前。

 私また何かやっちゃたの!?


「ねぇ、アリスちゃん。このお菓子は今日初めて作ったのよね?」

「えっと、一応そうです。実家は貧乏なので砂糖や卵なんて滅多に使えませんでしたので」

 本当は前世で何度も作っていたが、アリスとして初めて作ったのは紛れもない事実。嘘は言っていない嘘は……。

「そうよね、アリスちゃんの実家って地方の騎士爵家ですものね」

「そうなんです。すごく貧乏な騎士爵家で……ってなんで知ってるんですか!?」

「あらやだ、私ったら。うふふ」

 まずいことを言った、的な口ぶりで笑って誤魔化されるフローラ様。どうやら私とエリスの素性はすでにお調べ済みなのだろう。

 まぁ、調べられて困ることもないし、今更年齢を誤魔化して乗合馬車に乗り込んだ事など責められないだろう。


「心配しなくても大丈夫よ。二人がここにいることは報告していないわ」

「それはその……助かります」

 私とエリスを激しく嫌う異母兄のことだ、もし公爵様のお屋敷でお世話になっていると知られれば、一族の恥だと騒ぎ出すかもしれないし、場合によっては私を利用して公爵家に近づこうとするかもしれない。

 そんなことになれば私はフローラ様達に対して顔向けできなくなってしまう。


「本当はご家族に二人が無事王都に着いたとご連絡するつもりだったのよ。それで調べさせてもらったのだけれど、少し複雑なご家庭だったみたいで、私の一存で連絡を控えさせて頂いたの」

「いえいえ、私の方こそごめんなさい。異母兄から家名を名乗るなと言われているもので、どうご説明していいものかと迷ってしまって」

 貴族社会ではよくある話だとは聞いているが、話そうかどうかと迷っていたことは事実。結局今日まで隠してしまっていたのだから、申し開きのしようはないだろう。

「まぁ気にする必要はないわ。家名を捨てた時点でアリスちゃんはデュランタン家とは関係が無くなっているのだし、たとえデュランタン家の人間だったとしても、私たちは態度を変える気はないわよ」

 何とも嬉しいお言葉。それほどまで私を信用していただいている言葉に、心の奥から何やら温かいものが込み上げてくる。

 あのバカ異母兄にフローラ様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわよ。


「奥様、そろそろお話を戻してもよろしいでしょうか?」

「えぇ、ごめんなさいねローレンツ、呼び出しておいて」

「いえ、今後アリス様から信頼を得るのは公爵家にとっても大切な事。今のうちに疑惑は一つでも減らしておくのが得策かと」

「はぃ?」

 話がひと段落ついたころ合いを見計らい、ローレンツさんが再びケーキの話へと戻してくるも、少々聞き捨てならないセリフが。

 私への信頼? それって逆じゃないの? もしかして先日フローラ様がおっしゃっていた『お嫁に来ない?』ってまさかまだ継続中なんじゃないわよね!?


「コホン。アリス様、私から幾つかご質問してもよろしいでしょうか?」

「えっ、あっ、はい。私に答えられることならば」

 私の僅かな反応に気付かれたのか、ローレンツさんがまるで何事もなかったかのように話題を変えてこられ、今度は逆にこちらが焦ってしまう。

「わかりました。もし答えられない質問がございましたら、そのまま答えられないとおっしゃってください。では最初の質問でございます。こちらのお菓子は今日初めて作られた試作品とのことですが、お間違いはございませんか?」

「はい。私がこのショートケーキを作るのは今日が生まれて初めてです」

 ただしこの世界でアリスとして生まれてから、とだけ心の中で付け加えておく。


「次の質問です。こちらのお菓子の作り方はどちらで学ばれましたか?」

「えっと、『どちらで』という質問なら答えられません。例えばこの生クリーム……ケーキの上に乗っている白いものなんですが、私は牛乳と砂糖、そして油分、今回は牛乳の脂肪分で作られたバターで代用したのですが、これらを氷水で冷やしながらかき混ぜると、この生クリームが再現出来る(作れる)んじゃないかと予想していました」

「予想していた?」

「はい。小麦なんかも砂糖の分量と焼く温度を変えるだけで、パンになったりスコーンになったりしますよね? それって材料の特性を理解さえしていれば、色んなものに作り変える事が出来るんですよ。ちょっと違うかもしれませんが基本が出来ていれば、基本と基本の組み合わせで応用ができるのと同じだと思うんです」

 私が以前所属していた部活で先生が教えてくれた言葉。ジャンプサーブを打とうと思うと、ジャンプとトスとサーブの基本をしっかり押さえ、それらを組み合わせることによって初めて出来る技。当然ジャンプだけでは無理だし、トスの上げ方が違うだけでもジャンプサーブは決まらない。

 お菓子作りやお料理って、素材の特性さえ分かっていれば朧げに完成品が予想できちゃうのよね。ただ発想とそこに行き着くまでが大変で、誰もが思いつかないような組み合わせや、何度もの試行錯誤の末出来たのが、昨今の創作料理だと思うのよ。


「なるほど、素材の特性を理解しているからこその結果というわけですか」

「はい。ですからこのケーキはまだ試作品なんです」

 今回私は前世の知識からこちらの世界にある素材でケーキを再現したのだが、実は砂糖や小麦の質が異なっていたため少々苦労してしまった。

 それを味見と手触りいう原始的な方法を繰り返しながら再現したのだが、正直お店に出せるレベルにはまるで達していない。だからまずは私自身が試食をし、満足の行くものが出来れば、フローラ様達にお出しするつもりだったのだ。

「つまりこのお菓子にはまだ上があると?」

「上というか、これまだ完成していませんよ? 生クリームだってまだまだ改良しないといけませんし、スポンジのほうだってもっと柔らかくしないといけません。それに蜂蜜や紅茶なんてものを加えてのアレンジや、フルーツを乗せたフルーツケーキなんてものも出来ちゃいます」

「「……」」

 あれ、あれれ。

 フローラ様とローレンツさんが互いに無言で顔を合わせ、何とも呆れた雰囲気を漂わせる。

 わ、私また変なこと言っちゃった?


「ふぅ……わかりました、では最後の質問です。こちらのケーキですが、今後アリス様が満足の行くものが完成したとして、別の人間が再現することは可能ですか?」

「それは全然大丈夫だとおもいますよ? フローラ様達にお出ししようとすれば、多少の技術がある人の方がいいとは思いますが、再現は可能だと思います。なんだったら完成した暁にはレシピを書き出してお渡しできると思います」

 もしかしてこのケーキを随分気に入っていただいた? それなら作り方を教えるけどと思いご提案するものの。

「いえ、それは結構。アリス様は少々ご自身の評価が低いようでございますね。これは少し教育を……」

「教育!?」

「いえ、こちらの話でございます。アリス様がお気になさるようなことではございません」

 いやいや、気になるって言うの!

 私への教育ってなに!? 今でもさりげなくやらされている淑女教育に若干怯えているというのに、この上まだ何か増えちゃうの!?

 無償でお世話になっている手前、無理と嫌がる事もできず。お仕事を探して頂いている手前、逃げ出す事も出来ない。


 私はもしかしてとんでもないところに来ちゃったんじゃないだろうか。

 若干の不安と恐怖に苛まれながら、翌日から私への教育が増えた事だけ付け加えておく。

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