第32話 新たなる発見(後編)
「とにかく事情は把握したわ。それでこの後どうするつもりなの?」
「取り敢えずは彼方の動きを監視させていただこうかと」
「そうね。私の方は何時でも手助けできるけれど、その様子じゃまずは自分の力だけでやってみるんでしょ?」
「はい。もともと私個人の問題ですし、喧嘩を売られたのはローズマリーです。この程度でフローラ様のお力を借りるわけにはいきません」
恐らくフローラ様にお願いすればすぐに解決しそうな気はするが、それでは正直私の怒りは収まらないし、男爵側にも私は誰かに頼らなければ何もできない無能者と笑われるだろう。
それにアレだけ啖呵を切っておきながら、即行フローラ様に泣きついては私のメンツもたたない。
今後も似たようなことがあるかもしれないので、ここは私だけでもなんとかなると言うことを、見せつけておかなければ行けないのだ。
「そう、わかったわ。でも困った時はすぐに相談に来なさい」
「ありがとうございます、フローラ様」
こういう時のフローラ様は本当に心強い。理想は私とローズマリーの力のみで対応することだけれど、相手は貴族様なので権力を笠に着られては、反論できない部分も出てきてしまうかもしれない。
そう思うと本当に危ない時は頼らせてもらうしかないだろう。
「フローラはアリスちゃんを信じているのね。でも私は少し勝手に動かせてもらうわ」
温和なレティシア様にしては珍しく好戦的だが、このぐらいの事ができなければ公爵家の夫人は務まらないのだろう。
そういえば先ほど変な事を言われていたわね。
「あの、レティシア様。先ほど『あの家にはお仕置きが必要だと』おっしゃっていましたが、アルター家と何かあったのですか?」
「少しね」
「よくわからないのだけれど、男爵家がレティシアの家の周りを調べていたらしいの。それで今日相談を受けていたのよ」
「男爵家が?」
なんだろう? 調べられている事に気づくエンジニウム家も怖いが、男爵家の狙いが何なのかがまるで分からない。
これがハルジオン公爵家ならまだ予想も付くのだが、レティシア様の家と言うのが理解不能だ。
私も含めて3人で唸っていると、話を聞いていたカナリアが申し訳なさそうに割り込んでくる。
「す、すみません。恐らく私のせいで勘違いをされたのかもしれません」
聞けば私がフレッドに絡まれている時に、エンジニウム家のパーティーに出席しなければならないと、話を切る口実に使ったからではとの事だった。
そういえばそんな事を言ってたわね。もう一カ月ほど前の事だからすっかり忘れていたわ。
「それじゃアルター男爵は私の家とレティシアの家を勘違いしたって事かしら?」
「あらあら、彼方の情報収集能力の本当にザルね」
「ふふふ、さっきはアリスに任せるなんて言っちゃったけれど、これは少しお仕置きが必要のようね」
「えぇ、楽しくなりそう」
「「うふふふ」」
ですから怖いですって!!
どうやら勘違いされたって事でフローラ様にも火が付いちゃったみたいだし、レティシア様もお仕置きをするとおっしゃっているしで、既に私が入り込める余地が見当たらない。
このまま放置しておけば間違いなく男爵家は破滅してしまうのではないだろうか。
まぁ、いいんだけれどね。
とはいえ、この喧嘩は私が解決しなければならないのでお二人には申し訳ないが、目立たず裏方に回っていただけるようお願いするしかないだろう。
「あの……、それでしたらこう言うのは如何でしょうか?」
私は昨夜から少し考えていた嫌がらせ工作を説明する。
「あら、面白いわね」
「その程度ならよくある事だし、いいんじゃないかしら?」
私が考えた嫌がらせとは、昨日あったことをそのままご婦人方の噂として流す事。
常識のある人ならばどちらが理不尽な事を言っているかは理解出来るだろうし、執事が私におこなった無礼極まりない態度も戒められる。
幸い男爵家は地方暮らしのため王都の事情を把握するには時間がかかるだろうし、直接私と男爵との対決にも影響しない。何よりお二人が派手に動かれなくて済むので、私の心配が一つ減らすことができる
これならば男爵家も公爵家が直接かかわっているとは思わないだろう。寧ろ私がワザと噂を広めたと勘違いする可能性の方が高い。
そして気づいた時には男爵家の評判はガタ落ちというわけだ。
「それで噂を広めるタイミングなんですが、男爵様が地方に戻られた後というのはいかがでしょうか? 今はまだ王都のお屋敷におられるみたいですので、気づかれて火消しをされては意味がございませんので」
「そうね、どうせなら取り返しがつかない状態になっている方が効果はあるでしょうね」
地方暮らしのいいところは費用を浮かせられるという点と、ご婦人方の戦場でもある茶会やパーティーに参加しなくても良いという事だが、逆を言えば自分たちの知らない場所で望まぬ噂が広まってしまうという恐怖。
因みに両方地方暮らしで、それほど注目すらされていなかった私とフレッドの婚約破棄は、実は噂が立つどころか『それ誰?』の状態だったことだけを付け加えておく。
「任せておきなさい、そういう話は暇なご夫人方の大好物よ。私とレティシアならば、アリスの好きなタイミングで噂を広められるから安心しなさい」
「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわね。ストリアータ家とライラック家にも声を掛けようかしら」
「あら、いいわね」
「「うふふ」」
まってまって、ストリアータ家とライラック家といえば共に四大公爵家でしょうが! 双方先月行われたパーティーでご紹介はされたが、恐れ多すぎて胃が痛かったことだけは覚えている。
若干やりすぎ具合に不安を感じない事もないが、まぁこの程度ならお願いしても問題ないだろう。もともと彼方の無礼な態度が悪いのだし、ここは己の考えが間違いだという意味も込めて反省してもらいたい。
その後あれだこれだと一通り話が纏まったところで、お茶会の席にローレンツさんがやってこられた。
「失礼いたします奥様、少しアリス様にご報告したいことがございまして」
「えぇ、いいわよ」
私に用事ってなんだろ?
ローレンツさんにはまだ男爵家がらみの事は話していないのでおそらく別件。今はお店絡みでいくつかのお願い事をしているので、そのうちのどれかではないだろうか。
「以前よりご依頼を頂いておりました件で、カカオの実が見つかりましたのでご報告に参りました」
「見つかったんですか!?」
「はい」
私がローレンツさんの情報収集能力を当てにしてお願いしていたうちの一つ。それがチョコレートの原材料でもあるカカオの実だった。
この世界ってどことなく前世に近いものがあるのよね。それでこちらの世界でもカカオがあるのではと思っていたのだが、どうやら正解だったようで、ローレンツさんの話ではハルジオン公爵領の南側にある小さな村で、カカオが栽培されているのを発見されたのだという。
「これですコレ! この実の種が欲しかったんです!」
試しに取り寄せていただいたカカオの実に、一人興奮する私。
「何かしらこれは、コーヒーの豆に似ているようだけれど」
「これを一体どうするのかしら?」
まぁこれだけ見ても何が出来上がるかは想像がつかないだろう。
この世界にはコーヒーはあるがココアは存在しない。もともとココアは、カカオの種からチョコレートを作る過程で出来るココアミルクが元なので、当然と言えば当然なのだが、私はケーキのレパートリーを増やすためにずっとこれを探していたのだ。
「ありがとうございます、ローレンツさん」
「いいえ、遅くなって申し訳ございませんでした」
聞けば栽培している村では独特の方言で呼ばれていたらしく、随分と捜索に時間がかかってしまったとの事だった。
「しかし盲点でした。熱帯地方とのことでしたので、捜索範囲を国外まで広めていたのですが、まさかハルジオン公爵領にあるとは思ってもおりませんでした」とはローレンツさんの言葉。
「これでチョコレートが作れます!」
「チョコレート?」
「聞いたことがないわね、新しいケーキなのかしら?」
「えっとですね、茶色くて飲んだり食べたりできるんですが、甘くて美味しくてケーキの生地に混ぜたり、生クリームに混ぜたりして、すごく美味しくなるんです!」
前世ではチョコレートとして販売されていたものを使用していたが、学校で一度カカオの種からの作り方を教わったことがあるので、試作を繰り返せば恐らくある程度の形には出来るのではないだろうか。
「これが甘くて美味しいお菓子になるので?」
「そうなんですよ!」
「ですが現地住人に聞いたところ、苦くてとても食べられたものではないと。利用方法も疲労回復などの薬剤として使われていると報告を受けておりますが」
あー、そういえば前世でそんな話を聞いたことがあったかしら?
確かもともとカカオは疲労回復や滋養強壮用に使われていたらしく、そのあと他国に渡るにつれ、砂糖を加えられたり搾りかすからココアバターが作られたりと、徐々によく知るチョコレートの姿へと変えていったのだという。
「たぶんそれはカカオの特性を上手く生かしきれなかったんだと思います。取り敢えず一度持ち帰って加工してみますので、そうですね……一ヶ月後ぐらいにまたお時間を頂けないでしょうか?」
豆から発酵や乾燥の加工をしなければいけないので、恐らくそれぐらいの時間は必要となるはず。
機械がないのですべて手作業になる関係上、それほど量は作れないのだが、やりようによってはお店で出す分には何とかなるだろう。
「いいわよ。それじゃ楽しみにしているわ」
「私もご一緒させていただくわね、今度はどんなお菓子を頂けるのか楽しみね」
ローレンツさんにも一応お時間を取っていただくことをお願いし、その日は一旦お開きに。
男爵家の方も気がかりではあるのだが、私は目の前のカカオとチョコレートの未来予想図に、ついつい全てを忘れて一人浮かれてしまう。だけどこのホンの僅かな油断がローズマリーを襲うとは、この時の私は気づくことが出来なかったのである。




