第17話 開店日の朝
今日は記念すべきローズマリーのオープン日。この日のために約一週間、スタッフ全員で研修に研修を重ねて準備を進めてきた。
まずはお店のメインとなるカフェスペース、正面向かって左エリアに十分なスペースを確保しながら5人掛けのテーブル席を用意。庭に面する壁には陽の光を取り入れるためのガラス窓を付け、季節限定ではあるが雨よけ付きのテラス席も作っていただいた。
今の季節は外で食事をしても気分がいいし、店内からお庭を眺めながらの食事でもいい。花壇には庭師が植えた花や緑が咲き誇り、見た目も香りも最高の環境。さすがに雨の日は使えないだろうが、オープンからしばらくは室内が満席になるはずなので、自慢のテラス席は大いに役立ってくれるだろう。
そしてカフェスペースの残り半分はお持ち帰り用のカウンターに、付き人さんとカフェの待合場所としてテーブルと椅子を用意。二階には幾つかの部屋に仕切った個室エリアと、特別なお客様用の客間を一室。こちらは専属のスタッフを用意する関係上、飲食代とは別にサービス料をいただくようになっている。
「ランベルト、私は今日キッチンから離れられないからお客様の対応の方をお願い、リリアナはカフェエリアの指揮を、カトレアは引き取りとお持ち帰りの方をお願いね。くれぐれも予約いただいている分は確認のために現物を見せてからお渡しして」
「「「承知いたしました」」」
開店前にスタッフを集めての最終確認。ローレンツさんが集めてくださったスタッフ達は全員が非常に優秀で、すぐにでも公爵家で働けるような実力と経験を持つ若い人たち。
本来ここまでのスタッフを集めるのは困難なのだが、全員が全員前の職場で不当な扱いを受け、優秀だけど才能を生かせる職に就けず、野で燻っていたところをローレンツさんがスカウトしたというわけ。
ここで少しローズマリーのスタッフを紹介したいと思う。
このお屋敷の執事であり、ローズマリーの副責任者をお願いしているランベルト。ローレンツさんとは育成学校時代の同期で、責任感とそれに伴った能力はお墨付き。前の職場で当主の不正を偶然見つけてしまい、その内容を問い詰めたせいで有らぬ容疑を被せられ、解雇されてしまったという経緯の持ち主。
何とも不運としか言いようがないが、その正義感は尊敬に値するので今はお屋敷の執事をお願いしている。
次にホールスタッフ、メイド長 兼 ホールスタッフのチーフであるリリアナ。若いながらに非常に優秀で、こちらもとある名家で仕えていたメイドさんだったのだが、優秀なせいで仲間内から疎まれてしまい、最後は盗みを働いたという汚名を被せられての解雇。サブチーフをお願いしているカトレアも似たようなもので、この二人を含めた11名がホールを担当する。
「ディオン、予約を頂いている分の準備は全部終わっているかしら?」
「すべて整っております」
「エリク、フリージア、私もキッチンに入るけど、今日は忙しくなると思うからお願いね」
「「お任せください」」
今回ローズマリーの料理長をお願いしたディオン。つい最近までハルジオン公爵家に仕え、その腕前は料理長を任されるほどなのだが、とある事件に息子であるエリクが巻き込まれたせいで、責任を取っての辞職。事件の内容は本人達の名誉の為に伏せさせていただくが、決して悪い人物ではないとだけ付け加えさせていただく。
因みに公爵様とはプライベートでお酒を飲み交わせる程の仲で、今回ローズマリーで雇わせて欲しいと申し出ると、友人をよろしく頼むと力強くお願いされた。
キッチンスタッフはこのディオンを含め、副料理長のフリージアとディオンの息子で見習いパティシエであるエリク、そして私とサポート役のフィーを入れた4人と1匹?が担当させて頂く。
まぁ、私は今後はお得意様への挨拶回りや、営業の為にお茶会などに回らなければいけないので、常にキッチンに入っているわけにはいかないのだけれど。
「アリス様、ローレンツさんがお越しです」
「ありがとうカナリア」
そうそう、忘れてはいけないのが私専属のメイドであり、エリスのお世話係でもあるカナリア。雇用体系はハルジオン公爵家からの出向で、今回私が独立する際にフローラ様から是非にとお借りすることとなった。なんでも本人の希望らしく、私としても見知った顔が近くにいるのは非常に心強いので、ありがたくこの申し出をお受けすることにした。
ローズマリーのスタッフはこのカナリアを含め、メイド兼ホールスタッフが12名、お菓子作りの最大の要とも言えるキッチンに3名+1匹、それらを統括する執事のランベルトと、守衛 兼 交通整備役のスタッフ3名に、庭師と御者役を兼ねたスタッフ1名を含めた総勢18名+1が、今回私に仕えてくれることになった。
いやぁ、我ながら結構な大人数になったものだ。お店の仕事をやりながらお屋敷の掃除なども頼まなければいけない関係から、これほどの人数になってしまったのだが、正直これでもギリギリの状態。
ローズマリーへお越し頂けるお客様は全員が貴族か商家の方々なので、接客には手が抜けないのだ。
しばらくは忙しい日々が続くとは思うが、ここはスタッフ達の頑張りに期待させて貰う事とする。
「一応様子を見に来ましたが、どうやら準備の問題はないようですね」
「えぇ、これもローレンツさんのお陰です」
何度かのシミュレーションから事前告知でお持ち帰り分を先に伺い、少しでも混み合い度を防ぐよう予めに準備。カフェスペースに関してはテーブル数に限りがあるので、少しでも多くのお客様に対応できるよう配慮させていただいた。
それにしてもフローラ様のお茶会が、そのまま予約会になるとは思ってもみなかったわ。お陰でローズマリーの宣伝になるわ、直接ご予約いただけるわで、随分助けられた結果となっている。
「私はただ店の器と必要なスタッフをご用意したまで。宣伝や研修を繰り返し、今日という日を迎えられたのは、紛れもないアリス様自身でございます。もしアリス様自身にその器がないとなれば、今ここにいるスタッフ達は誰も残って居なかったことでしょう」
ローレンツさんにここまで言われるのは少々気恥ずかしいが、私は所詮16歳の小娘。家柄もお金もなく、礼儀作法なんて公爵家でお世話になった時に学んだ程度。そんな私を初めて見たスタッフ達は、さぞ不安に駆られた事だろう。それなのに誰一人欠ける事なく研修からこうしてオープンを迎えられたのは、多少私という人物に信頼が置けると感じてもらえたからならば、これほど嬉しい事はないのではないか。
「自信をお持ちください、貴女はもう立派な女主人です」
「ありがとうございます。それじゃお店を開けるわ、皆始めるわよ! 華都のローズマリー開店よ!」
『『『はい!』』』