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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
序章 物語の始まりは唐突に
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第15話 その想い出の名は……(前編)

「こんにちはアリスちゃん、今日も美味しいお菓子を頂きたくて来てしまいました」

 そう言いながらニッコリと笑顔で話しかけてくださるのは、フローラ様のお知り合いでもある、エンジウム公爵夫人のご令嬢、ルテア様。

 他にもシインビシウム伯爵夫人やインシグネ子爵夫人など、王都暮らしのご婦人方を招いての定例お茶会。

 なぜそんな席に私が居るのかと言えば、実は私が作るケーキの試食会にお集まりいただいたのだ。

 事の始まりは三週間ほど前、突然フローラ様からケーキの試作品を頼まれ、言われるがままにご用意したのだが、あれよあれよと気づけば私の試作品ケーキでお茶会が始まってしまったのだ。

 それからほぼ毎日私は試作品ケーキを作り続け、入れ替わるご婦人方にこうしてケーキの説明をしながら、お茶会に参加させていただいているというわけ。

 おかげで随分とケーキの完成度も高くなってきたし、アレンジレシピでレパートリーも増えてきているので、私的には結構充実した日々を送らせていただいている。


「あれ?今日はいつものケーキとは違うの?」

 ルテア様が目の前に差し出されたお菓子をみて私に話しかけてこられる。

「今日のお菓子は少し趣向を変えて、卵を使ったプリンアラモードというお菓子をご用意させていただきました。まずはご試食頂いてご感想を頂けると助かります」

 ご本人は私に対して軽い友人の様に話しかけてくださるが、お家はハルジオン公爵家と肩を並べる四大公爵家の一角。

 もともとはエンジウム公爵夫人がおばちゃん達だけではつまらないわよね、と気をきかせていただき、私と同じ歳でもあるルテア様を連れてきてくださったのだが、何度か顔を会わせるうちに親しくなり、今じゃけっこうフレンドリーなお付き合いをさせてもらっている。


「あら、おいしいわね」

「えぇ、スプーンで触った感触がどうかと思ったけれど、これはこれでいけるわね」

「生クリームとの相性もいいようですし、上に掛かっているソースがいいアクセントになっていて丁度いいわ」

 ご婦人方がそれぞれ口にした感想を教えてくれる。

 やっぱり前世とこの世界の人たちとは若干のずれがあるので、こうして直接生の声を聴けるのは非常に助かっている。何といってもこちらの方々は、日ごろから高級菓子店やお抱えのパティシエが作るスィーツを口にされているので、私のように味の薄いスープばかり食べていた味覚とはまるで別。この方々がおいしいとおっしゃれば成功で、甘いや苦いと言われれば改良の余地ありと言うことになってしまう。


「そういえばアリスちゃん、この前ジークさんとデートしたんでしょ? どうだったの?」

 ブフッ

 未だに慣れないテーブルマナーで優雅にお茶を頂いていると、突然ルテア様がとんでもない質問を投げかけてくる。


 いやいやいや、あれはデートじゃないし。ただ単に私のお買い物にジーク様がお付き合い下さっただけ。フローラ様が変な事をおっしゃるから誤解されただけで、実態はごく普通のお買い物だったはずだ。

 っていうか、そもそもなんでルテア様が知ってるのよ!


「いや、その……あれはデートじゃなくてですね。ただ単に私のお買い物にお付き合いくださっただけなのです」

 そのあとイヤリングをプレゼントしていただいたとか、花の公園を案内してくださったことは、変に誤解を招きそうなので伏せさせていただく。

「ふーん、まぁそう言う事にしておくね」

 いやいや、それ以上なんてないですから!

「それよりもあのジークさんがねぇ、私たちの間じゃ難攻不落の城塞なんて言われてるんだよ。今でもたまにアタックを仕掛けている子もいるけど、話しかけても無愛想に返されるだけで、まるで相手にもしてもらえないって話しているぐらいなんだよ。それが初めて女の子にプレゼントを贈ったと思ったら、公園でデートだよデート、やっぱり幼馴染としてその辺すごく気になっちゃうんだけどなぁ」

 ブフゥーーーッ!

 ってまてや! なんでジーク様からプレゼントを貰っただとか、花の公園に連れていってもらった事がバレてるのよ!

 まさかフローラ様、私たちの行動を監視させてたりしてませんよね!?


「コ、コホン。な、なんの事でしょ。おほほほ」

 とりあえず笑って誤魔化しておいた。

「でも誰だったかしら、ブレッド……? アリスさんの元婚約者。その方と偶然鉢合わせしてしまったのでしょ? お話は伺ってますが、大変でしたわよね」

 今更もう驚きはしないが、どうやら私とジーク様の初デー……コホン、お買い物は周知の事のようだ。

 これからのお出かけは辺りを警戒しておかなきゃだね。


「えっとアルター男爵家のフレッド様ですね。私もまさか王都で出会うとは思ってもみませんでしたので、大変驚いてしまって」

 私が記憶する範囲では、たしかアルター男爵家って拠点を男爵領にされていたのよね。だから王都でフレッドと鉢合わせするなんて考えてすらいなかったのだ。

「たぶんたまたま王都へ遊びに来られていただけじゃないかしら? 王都にもお屋敷を構えていらっしゃるし、最近は随分と彼方此方にご旅行へ行かれていると聞いた事があるわ」

「そうなのですね。貴重なお話ありがとうございます」

 正直なところ、これから街に出るときはフレッドと会わないよう注意しなきゃ、なんて考えていたからこの情報はすごく有り難い。

 毎回フレッドを警戒してのお買い物なんてやってられないし、会ったら会ったでそれこそ今度はグーパンチが飛び出そうでちょっと怖かった。相手は男爵家のご子息なんだし、家にもどって顔にアザ有りなんてなれば、男爵家は大騒ぎになるだろう。

 それにしても旅行ねぇ。アルター家は結構な借金を抱えていると聞くし、旅行なんて余裕はないと思うのだけれど……。


「奥様、失礼します」

 ルテア様とご婦人方で会話に花を咲かせていると、やってこられたのは最近私の先生を兼ねているローレンツさん。

 実はこの後予定があり、私はローレンツさんとお出かけしなければいけないのだ。

「あら、もうそんな時間? ごめんなさいね皆さん、この後この子は用事がありまして」

「そうなのね、残念だけど仕方がないわね」

「アリスちゃん、今日もご馳走様。今度はうちにも遊びにきてね」

「ありがとうございます、皆様からもいろんなお話が聞けてよい勉強になりました。エンジウム公爵夫人(レティシア様)、ルテア様、わざわざお越し頂いたというのに申し訳ございません、もしよろしければまた試食会にお付き合い頂ければ幸いです。それではこれで失礼いたします」

 最近ようやく様になってきたカーテシーで退室のご挨拶。この後フローラ様が会話の中から改善点を聞いてくださる予定になっており、私はお任せをしてローレンツさんと共に馬車に乗ってのお出かけ。

 今日の目的地はなんでもいつもの場所とは違うのだという。


「あの、ローレンツさん、今日はどちらに向かう予定なのですか?」

 やはり行き先を聞いていないとなると不安になるもので、馬車は公爵家を出ると大通りに向かって走り出した。

「すぐに着きますが、今から向かう先は公爵家が管理するお屋敷の一つとなります」

「お屋敷?」

 そういえば前に本宅以外にも使っていないお屋敷があると聞いたことがある。その時は流石公爵家、別荘なんてあるんだと思っていたが、まさか同じ貴族街にあるとは思ってもみなかった。

 やがて馬車は大通りから一本中へと入っていき、一軒の小さいながらも可愛らしいお屋敷の前へと到着する。

 って言うか近っ!


 公爵家から出ておよそ5分、もう少し南に走れば前にジーク様に連れていってもらった商店街があり、西側に向かえば花の公園がある場所へとたどり着ける。

 立地的にはお城へと向かう4本のメインストリートの一つとなるのだが、一本路地を中へと入っている関係上、人通りは少なく少々物静かな街並みに感じてしまう。

 ローレンツさんは立派な門の前へと行くと持っていた鍵で門を開き、私を中へと案内していく。

 

「如何でしょうか?」

「えっと、如何というのは?」

 いきなり如何ですかと聞かれても、私の頭はハテナだらけ。入り口から入った場所で辺りをぐるりと見渡すが、作りもしっかりしており埃も掃除されているのかほとんどなく、今すぐ暮らせと言われても十分利用できるのではないだろうか。


「少々古い建物ではございますが、手入れも行き届いておりますしお屋敷の大きさも十分、お庭の方もガーデンとしてご利用いただけますし、立地的にも大通りの近くということで交通面も心配いらないかと。ただ路地を一本中へと入る関係で少々目立ちにくくはございますが、その点は口コミなどで十分に賄えると思われますので、心配はいらないかと」

 矢継ぎ早にいろいろ説明いただいたが肝心の目的がわからなくて軽く混乱。

 一体ローレンツさんは何が仰りたいのだろう? まさかこのお屋敷を利用して私にお店を出せとか言わないわよね。


 正直公爵家のお力で三週間もお仕事が見つからないと、本気でケーキ屋の出店を考えてしまうが、ここのお屋敷は公爵邸ほどではないが歴史を感じさせる立派な建物。

 そらぁ、こんなところでお店が出せればさぞ楽しいのだろうが、実家の数百倍はあるほどの立派なお屋敷。当然お店となればいろいろ手を加えないといけないだろうし、これ程の規模となるとスタッフは20人近く必要となる。

 私的には小さな建物で細々とケーキを売る姿を想像していたのだが、まさか本気でこのお屋敷を使うとは言いださないだろう。


「ははは、まさかここでお店を出すって話じゃないですものねぇ」

「……」

「……」

 二人の間に流れる僅かな沈黙。

 私の額からは冷たい汗が流れ、ローレンツさんはこちらを向いてニコリと笑顔を返すのだった。


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