騎士団長は求婚される
──まさかのプロポーズ。
見合い開始から小一時間程経っているが、場所の移動もなく、それどころか見合い的なあれこれ(細かな自己紹介を含んだ会話など)すらも、全くしていないのに。
当然ながら、アマリアは信じられなかった。
しかも自虐的な想像をしていたところだったので、尚更である。
だが一方で、目の前の少年(のような青年)は、真剣そのものに見える。
「…………──!」
アマリアは数秒の逡巡の後、ハッとした。
(もしや彼は……『結婚がしたい』のか?!)
確かに合ってはいる。
それをそもそもの目的とした解釈だという一点を除けば。
「君は……メイベルに頼まれて見合いをしたのでは?」
先程の疑問を試しにぶつけてみると、ヨルナスは立ち上がり、強く否定した。
「いいえ! むしろ逆です!!」
テーブル越しのアマリアに、迫るように前のめりに……テーブルがひっくり返るんじゃないかと、心配になるぐらいの勢いで。
頬は紅潮し、うっすらと汗ばむ額。
ふんす、と小さく、荒い鼻息が漏れる。
若干の上目遣いでこちらを見つめる大きな瞳は、更に大きくなっている。
「わっ、私が兄に、頼み込んだんです!!」
勿論、『アマリアの見合い話が出ていたから』──
だが、そんな事など露ほども知らないアマリアは、間違った方向の解釈での認識を、より深めていく。
(彼は本気だ……余程結婚しなければならない事情があるのだろうな……)
アマリアは肩の力を抜くように、ふ……と笑みのような、溜息のようなものをひとつ零すと、ゆっくりと顔を上げた。
「…………そうか。 君の気持ちはよくわかった」
「え……」
「私でいいなら」
「…………ッ!!」
慈愛ある微笑みを向けた彼女に、ヨルナスは喜びに全身を震わせた。
──実は全くわかっていないとも知らず。
無論、ヨルナスにも問題はあるが、滅茶苦茶ポンコツである。
★★★
「……け、結婚ッ……してくださいッ!!」
そのヨルナスの前のめったプロポーズに、
『エ──────?!』
……な三人。
「ちょっ……もご!」
「愛しいレディ! さあさあこちらに!!」
寸でのところでアマリアに突進しようとしたナタリアの口を塞いだハドリーは、当初の予定を変更してふたりの席の裏側、メイベルの席とは真隣にあたる席に強引に座った。
ナタリアの腰にまわされていた筈のハドリーの手が、いつの間にか彼女の身体を羽交い締め的に拘束しており、半分身体を浮かされたナタリアは為す術もなく膝の上に乗らされる。
ぱっと見だけなら、熱烈な恋人同士に見えないことも無い……ぐらいのあからさまにおかしな体勢だが、この際やむを得ないとの素早い判断。
無論、ナタリアの口は塞いだままである。
他人の色恋に興味を持つタイプではないハドリーだが、ふたりとはそれなりに近しい関係……なによりも見合い開始から小一時間でなにがどうしてこうなり、そしてどうなるのか。
経緯はまだしも、顛末が気にならざるを得ない。
メイベルは横の席に座ったおかしなふたりを、「なんだコイツら」と思ってチラッと見た。
女性の方は口を塞がれており、姫抱きで膝に乗せている風に拘束されているのだから気になって当然である。
男が目配せしたことで、それがハドリーであるとすぐに気付いたが、女性が誰かはわからない。
だが今はそれどころじゃなかった。
((アマリアはどうするんだ?!))
ちなみにその時のナタリア。
(……お姉様、籠絡しスギィ~!!)
ヨルナスの声ばかりがハッキリ聞こえた、いくつかのやりとりのあと、数秒の沈黙。
三人は耳を澄ました。
「…………そうか。 君の気持ちはよくわかった」
「え……」
「私でいいなら」
『エ──────?!』
……な三人、再び。
『えっ、ちょっと、大丈夫なの?!』とか、
『見合いってそういうものだった?』とか、
『まだ一時間くらいしか経ってない!』とか、
ツッコミどころは満載だが、ここは見つからないように撤収すべき──
そう考えたメイベルとハドリーは、動き出そうとアイコンタクトを取り、速やかに撤収した。
ふたりのこの後のやり取りが気にならないでもないが、それは野暮というもの。
ちなみにナタリアもそのまま運ぶ予定だったが、途中で暴れたのでメイベルが頸椎チョップでオトした。
彼女が目覚めると、そこは自宅の自室。
ハドリーの機転により、イランドローネ家の家人に上手く吹き込み、強引に夢オチにすることに成功。
──シスコンの彼女に対する、せめてもの優しさ(のつもり)である。