騎士団長は見合いを諦めた筈だった
ナタリアに半分無理矢理付き合わされる形のハドリーだが、彼女の突進しそうな勢いを危惧し、ホテル内に入ると腕を少し強く引いて叱るように名を呼んだ。
「ナタリアさん!」
流石にこれは効いたようで、ナタリアも足を止める。
少々強ばりながらも、不満げに睨んでくる彼女をハドリーは、やんわりと窘めた。
「貴女が仰るように任務だとしても、そうでないにしても……私達がアマリアに見つかるのはよくありません。 わかりますね?」
「あっ……」
姉の任務(←ここは譲れない)の邪魔。
それはナタリアにしても、自身の敬愛する姉像を傷付けられるよりもずっと良くないことである。
「申し訳ありませんでした……つい頭に血が上って……」
「別に止める気ではありません。 私の言い方も悪かったのでしょう。 ただ、これから先はこちらの指示に従ってください」
「はい……」
ハドリーは、自分の見合い(仮)場所がふたりの見合い場所の敷地内だったことで、どうせメイベルが様子を窺っているのだろう、と察していた。問題なければこちらに来るつもりで。
曰く、『弟は人嫌い』だそう。
メイベルの弟である彼が自分の部下として配属されたのは全くの偶然ではあるが、実際共に働き、ヨルナスがあまり他人との会話が得意でないことをハドリーも知っている。喋らない訳では無いが、必要以上の会話を好まないのだ。
そしてメイベルが適当に見えて、案外お節介であることも。
どうせ、弟が上手く振る舞えないようであれば、手を貸す気でいるに違いない。
「いらっしゃいませ」
出てきた給仕に「待ち合わせだ」と告げ、目立たないような位置に移動し全体を確認すると、案の定メイベルはいた。
ふたりが見合いをしている、バルコニーの予約席から斜め向かい……耳を澄まして会話がギリギリ聞き取れるぐらいの位置であり、かなり近いが柱があり、小柄なメイベルが背を向けて座ると完全に向こうからは見えない席に。
(なるほど……いい位置だ)
だが自分らがメイベルの席に行ったら台無しである。
ハドリーは長身で目立つ風貌……席についても隠れようがないどころか、席へと向かう時にチラッと見られたらすぐ彼だと気付く。
ハドリーは認識阻害魔法を付与してある魔道具の眼鏡を出して掛けると、ナタリアの腕を引いた。
この国の法により、日常生活に無闇矢鱈と魔法を使用してはいけないのだ。魔道具の流通にも厳しい規制があるが、普段からモテるし目立つハドリーの眼鏡使用はきちんと許可を得ている。
「なるべく自然に、恋人のようなフリを。 今からつく席に男がいますが見ないようにしてください。 席に向かう時はふたりを見ないように。 会話は小声でお願いします」
「は……はい」
幸いナタリアの髪色は、この国に多い緑がかった薄い茶色で、体格も平均。
しかも彼女はつばの広い帽子を被っている。
ふたりの席からナタリアを隠すように、さりげなく通り過ぎ、とりあえずメイベルのいる席に向かおうとした──
その時だった。
「……け、結婚ッ……してくださいッ!!」
「「「?!?!」」」
思わず二人の席を見る、ハドリー、ナタリア、メイベル。
皆声を出さなかったが、心の声は
『エ──────?!』
である。
★★★
『予てからアマリアさんに憧れを抱いていた私はこれをチャンスだと思い、その相手として立候補致しました。 どうか結婚を前提にお付き合いを考えては頂けないでしょうか。』
ヨルナスはこの文言を紙に書いて散々練習してきたが、緊張し過ぎて頭が真っ白になってしまった……というのが、少し前のこと。
そして訪れた、不自然な沈黙。
──そこで意識のすれ違いが起こる。
(ああ……)
アマリアは察した。
事実と異なる方向に。
(メイベルに強引に身代わりにされたのだな……こんな可愛い歳下の青年だ。 なにが悲しくて35の嫁き遅れ筋肉女の見合い相手になどなるというのだ。 ふっ……みっともなく舞い上がってしまったが、少し考えればわかることではないか)
アマリアは自分の脳内の言葉に泣きそうになった。間違った方向に気合いの入った恰好も、あまりに滑稽すぎる。
道化もいいところだが、ふと顔を上げると言いづらそうにモゴモゴしているヨルナス。
アマリアは彼が気の毒になり、切り替えることにした。
(どうせ道化ならば、一流の道化になってやろうではないか)
なにも気付かないフリをして、楽しい時間を過ごす──それで終わり。
滅茶苦茶好みの可愛い青年と、一日デート出来たと思えばそれも良いだろう。
そう切り替えたアマリアは、恥ずかしくて口に出せなかった彼の名を呼ぶ。
「ヨルナスく……」
「──アマリアさん!」
「!」
アマリアは急に強く呼びかけられたことで、しっかりとヨルナスを見た。
ふたりの目と目が合う。
アマリアの深い、緑の瞳。
それよりも薄く鮮やかな、ヨルナスの緑の瞳。
彼はすぐに目を逸らしてしまったが、アマリアは忙しなく動く、ヨルナスの瞳から目を離さなかった。
──彼はなにかを言いたいのだ。
そう感じた。
ならば待つと決め、口を噤む。
……とまあ、なんだか恋愛スキルが高い風のアマリアだが、見合いを諦めると切り替え、先程初めてしっかりヨルナスを見たことで、普段の上官としての能力が今更発揮されただけである。
アマリアが35まで独身、出会いがなく、残念な美女であることで容易に想像がつくとは思うが……彼女は恋愛や異性とのお付き合いなんざ、マトモにしたことはない。
今までの人生で一度も。
ヨルナスの言いたいこと──
それは、彼自身、わかりやすく伝えるために紙に書き、散々練習してきた先の言葉。
『予てからアマリアさんに憧れを抱いていた私はこれをチャンスだと思い、その相手として立候補致しました。 どうか結婚を前提にお付き合いを考えては頂けないでしょうか。』
「か……」
しかし、口に出そうとしても上手くいかない。心臓が強く胸を叩き、掌に汗が凄い。
『アマリアさんに憧れてました。 どうか結婚を前提にお付き合いを』
「ア……」
喉がカラカラで、マトモに声が出ない。
『どうか結婚を前提にお付き合いを』
「…………」
(──いけない、このままじゃ)
焦りばかりを募らせながら、ヨルナスは再びアマリアを盗み見るように視線を向ける。
「!」
先程と変わらぬ佇まいで、変わらずに自分を見ているアマリアがそこにいた。
(この女性と結婚したい──)
今まで半ば諦めていた。
自分には、今しかない。
そう思い、深呼吸する。
……顔を上げた。
「アマリアさん」
「はい」
(この女性と結婚したい──)
心臓が強く胸を叩き、掌に汗が凄い。
喉がカラカラで、マトモに声が出ない。
それでも、強く思う。
(この女性と結婚したい!)
「……け、」
(──する!!)
「結婚ッ……
してくださいッ!!」
──如何せん、想いが強すぎたのだ。