騎士団長の妹は重度のシスコンである
そして腹の探り合いという、ある意味見合いっぽい、見合いに似たなにかが開始した。
「なにをご注文されますか? ここは美しいハーブティーが沢山あるそうですよ(さっきの不自然な間はなんだ?)」
「ミクライエン様は? その……随分お待ちになられましたでしょう。 重ねてお詫び申し上げます。(まだ来てないなんていくらなんでも不自然だわ。 もしかしてお姉様、任務のことで頭がいっぱいだったのかしら……)」
「いえ、気にしてませんよ。(そういえば確かに時間が大分過ぎている。 ふむ、誰かの代理で来たのかもしれんな。 ……姉の顔を立てたのだろうか。)では、こちらの種類から違う茶をふたつ頼みましょうか。 ポットの中で花開く様子が楽しめるようです。 味の違いも比べられてなかなか良さそうだ」
「まあ素敵。(なんてソツのない人……! 見た目も麗しいし、評判以上だわ。 独身なのが不思議。 なにか変な性癖でもあるのかしら。)うふふ、ミクライエン様は女性の好みもわかってらっしゃるのですね。(そもそもミクライエン様のような良縁のお見合いに遅れて来るわけがないわ。 このまま私が相手だと押し通した方が良さそうね。)」
「いえいえ、お気に召したようで安心したところです。(彼女に特別な好意は感じられん。 どうやらそうと見て間違いないだろう。 ……ならば気楽に過ごして貰った方が良いか。) ──団では名前で呼び合うのが通常です。 アマリアの妹御である貴女も、どうぞそのように。 失礼でなければ私もナタリアさんと(彼女は重度のシスコンと聞く。 アマリアの話題を出しておけばまず間違いないだろう。)」
「まあ、お気遣いありがとうございます。 ではそのように。(……はっ、この方が結婚なさらないのは、お姉様がいるからでは? むむう、それも含めて見極めなければ!)」
ごく一部に不穏な空気を孕みながらも、アマリアとヨルナスよりもずっと見合いらしい感じで、そこそこ和やかムードで会話を弾ませるふたり。
ゆっくりと茶を飲んで一息つくと、ナタリアは同じ敷地内で任務を遂行している姉のことが気掛かりになってきた。
(どうにかお姉様の様子を窺えないかしら)
「……ハドリーさんは、姉が本日任務を行なっていることはご存知でらっしゃいます?」
「任務……ですか?」
「ええ、とある男性を誘惑しなければならないそうで……」
ハドリーはあやうく茶を吹きそうになった。
ナタリアがなんか勘違いをしているようだ、とそこでようやく気付く。
「……ゴホン、いやっ……彼女は見合いの筈ですが?! なんでそんなことになっているんです?」
「えっ? ですが……姉はそう言ってました!」
「はぁ……冷静に考えてください、アマリアに男を誘惑なんて出来るわけないでしょう……任務にはあまりにも不適当な配置だ」
その言葉にナタリアはカチンときた。
「私の美しいお姉様は、男性の一人やふたりを籠絡することなど、朝飯前ですわ!」
姉のことになると豹変するナタリア。
噂に聞けど、そのシスコンぶりを初めて目にしたハドリーの動揺は窺い知れない。
「お姉様の美しさがいかばかりか、同期生であるにも関わらず把握されてないだなんて……! いいですか? お生まれになった日は曇りで、その美しさに太陽が恥ずかしさに顔を隠したと言われておりますのよ? 学生時代には荷物を入れたロッカーや机と至るところに恋文が溢れ、差し出し人は男女両方、騎士になってからは(以下略)」
だが以前にこんな人間を見たことがある。
愛する相手への批判、そうでなくても『そう』だと判断された場合どんな正論を吐いてもまるで無駄な、第4騎士団団長──それに近い匂いがする。
「いやほら、見た目の問題ではなく」
これはフォローに回るのが正解。
しかし、そのつもりで口に出した言葉にすら既に、ナタリアは聞く耳を持ってはいなかった。
「まだ仰る気ですか! では確認しに参りましょう!!」
アマリアに男を誘惑どうこうのという問題以前に、そもそも任務でなく見合いなんじゃないかな……とハドリーは思いつつ、最早言うだけ無駄だと悟り、口を噤む。
ナタリアの勢いに流される形でふたりはアマリアの『任務』が見れる場所に足を運ぶこととなった。
★★★
本来のヨルナスは、人間嫌いの引きこもりである。
望んだ席とはいえ、目の前には憧れの女性。緊張しないわけがない。
なんだか妙な空気と距離感で進行しているが、そもそもコレは見合いなのだ。デートですらない。
本来ならば最初は仲介役がいて然るべきところだが、ふたりがもう十二分に大人足りうる年齢であることに、仲介役のいい加減さが加味された挙句、当人も快くそれに賛同した(ぶっちゃけ邪魔だと思った)せいでふたりでの見合いになったのだ。
(浮かれてちゃダメだ、これからが本番なのに!)
お気付きだろうか……見合いらしいことどころか、軽い世間話すらふたりが話していないことに。
はたしてこれは、見合いと言えるのか……
最早誰にもわからない。
「…………あの、」
そして再び訪れた沈黙。
ヨルナスはこれを利用し、自分の立場を明らかにすることにした。
「兄が強引にお見合いの席を設けましたこと、心よりお詫び致します。 ですが、その……」
『予てからアマリアさんに憧れを抱いていた私はこれをチャンスだと思い、その相手として立候補致しました。 どうか結婚を前提にお付き合いを考えては頂けないでしょうか。』
ヨルナスは、この文言を紙に書いて散々練習してきた。
──だが、実際に言おうとすると、緊張し過ぎて頭の中は真っ白になっていた。