騎士団長は罠に嵌められている
まずメイベルが考えたのは、ハドリーとアマリアの結婚である。
(ハドリーとアマリアがくっつけば、手っ取り早いんだが……)
おそらくそれは難しい。
あのふたりは完全にお互いを友人としか見ていない。仮に結婚させても白い結婚のまま日常を送り、そのまま生涯を終えそうな気すらする。
『男女間に友情は成り立つのか』という疑問を耳にすることがあるが、メイベルは『男女同士が性差を理解して、一定の距離を縮める気が全くない場合は成り立つ』と思っている。
通常、異性の血縁者には劣情を抱かない……というのに近い考えである。血縁者であれ異性ならば、特殊な環境でもなければわざわざ同衾などしないだろうし、まずしたいとは思えない。
それと同様に、ハドリーとアマリアの仲は良いが、男女として距離を縮めるには若干の嫌悪や罪悪を抱く相手であると思われる。つまり、わざわざ距離を縮めたくないのだ。
なのでメイベルは、ハドリーよりも結婚したそうなアマリアにのみ、焦点を当てることにした。
彼女が同業者(騎士)に対して恋愛感情を抱けないことや、本人は隠しているつもりだが実は少女趣味であることを、彼は知っていたのだ。
出会いが多くモテるのに独身のハドリーに比べ、騎士嫌いのアマリアに出会いはほぼ無いに等しい。
(ふむ……)
表向きは見合いの勧めだが、どうせなら結婚まで押し進めたい──メイベルはそう思った。『やるなら徹底的に』が彼のポリシーである。
しかしアマリアの浮いた噂は聞いたことがない。
(では、逆にアマリアに気がある男はどうだろう? そいつが少女趣味な王子様系なら、アマリアも気に入るかもしれん。 騎士団ではダメだが、魔導師団になら……)
魔導師団には魔力や魔術の関係上平民はほぼおらず、いいとこの坊んばかりである。
キラキラしい王子様系を見繕うことも可能。
騎士団と魔導師団の上層部の仲はあまり良くないが、だからこそ第一線で活躍するアマリアとの婚姻はあらゆる面で喜ばれるに違いない。
『我ながら素晴らしい計画だ』とメイベルは自画自賛した。
勿論、成功すればの話だが。
「──よっしゃ、まずハドリーに相談しよう!」
そんな経緯で、彼は王都に向かった。
王都にはサンダース家のタウンハウスがあるので、一旦そちらに行くことにする。
驚いたのは家人である。
「えっ、メイベル様!? おおお帰りなさいませ!! 今ヨルナス様に……」
「あ~うん、適当でいい。 勝手にやるから楽にしてて構わん」
幸い両親は既に隠居して次男の継いだ領地におり、タウンハウスを現在使っているのは下の弟のヨルナスと老執事だけだった。
「……兄さん? どうしてこちらに?」
玄関での声が届いたらしく、瓶底のような眼鏡を不満げに外しながら、ヨルナスが部屋から出てきた。
「よー、ヨルナス。 ま、ヤボ用でな……」
「だからいいって言ったのに……」と小さく呟きながら部屋へ向かうメイベルに、ヨルナスが気だるげにくっついていく。
メイベルはヨルナスにあまり好かれていない自覚がある。彼はこういう時メイベルに詳細を尋ね、ネチネチと嫌味を言うのが常である。正直なところ、それが面倒だった。
(……いや、待てよ。 ハドリーよりコイツのが知ってんじゃねぇのか?)
使える者は親でも使う。
自分が嫌われていようと業務の遂行には関係ない主義のメイベルは、部屋に入るや否やヨルナスに向き直った。
「なぁヨルナス、お前の知り合いで独身で王子みたいな面の、歳上女性が好きな身持ちの堅い男っているか?」
「……酷く限定的ですね。 何事です?」
荷物を置くために背を向けながら、メイベルは話を続ける。
「ああ、アマリアの見合い相手を探し──」
──バキッ。
乾いた、何かを潰すような音。
振り向くと今まで見た事の無い形相の弟が立っている。
「…………なんですって?」
その右手と足下には、外した彼の眼鏡が粉々に砕け、手からはポタポタと血が流れていた。
「アマリアというのはアマリア・イランドローネさんで間違いありませんね? 兄さん……」
「お……おお」
「つーか大丈夫かよ、手」と聞こうかと思ったが、メイベルは止めておいた。
こういう人間を、かつて見たことがある。
普段は真面目で真っ当なのに、嫁のことになると頭がおかしいんじゃないかという……『嫁狂い』の第4騎士団団長である。
★★★
(──どうしよう。 間が持たん……)
アマリアは早くも沈黙に潰されそうになっていた。
なにか声を掛けようにも、話題が出てこない。レモンタルトは一口目で食べこぼしそうになったことで、その後躊躇してしまった。
緊張し過ぎて喉だけが渇き、カップはもう空だ。
彼女の手元の減らない皿を見て、ヨルナスが悲しげに言う。
「……あまりお好きでなかったですか?」
「そんなことは無い! ちょっと……その、こっ口内炎が痛むだけだ!」
苦し紛れの言い訳である。
「ああ、レモンですもんね……刺激が。 ……ごめんなさい」
「いや、謝る必要はない! とても美味いぞ、ホラ!」
自らの適当なでまかせにシュンとするヨルナスを見て慌てたアマリアは、勢いで食べかけのレモンタルトを一口サイズに切って刺し、彼に勧めてしまった。
「えっ……」
「あっ……」
不自然に間が空く。
これは……食べさせる、流れ。
(そっそんなつもりではなかったのにィ~!!)
表情には出さないが、アマリアは脳内で叫んだ。
幸いフォークは少し上に上げただけ。
食べかけを勧めることや諸々のマナー自体に問題はあるが、何食わぬ顔でタルトの刺さったフォークを渡すしか……ない。
──と思われたが。
なんとヨルナスは、頬を染めつつもあからさまに餌を期待した仔犬の様な、ウルウルした瞳で見つめてきたのである。
アマリアはそれを見て、震える手でゆっくりとフォークを上へと持ち上げた。
そう、ヨルナスの口へ──
もぐもぐ、ごっくん。
「…………美味いか?」
「美味しい、というか……その…………
…………嬉しい、です」
アマリアは噴死(※憤死ではない。鼻血を噴いて死ぬという造語である)しそうになった。
ふたりをこっそり様子を窺っていたメイベルは、口に含んだ茶を思わず出しそうになっていた。上等な筈だが、こんな不味い茶を未だかつて飲んだことはない。
全てやつらのせいである。
「うっわなにアイツら……マジキメェ。 特にヨルナス……なにあのぶりっ子ップリ……」
──そう、淑女猫が早々に逃げ出したアマリアと違い、ヨルナスは猫を被りに被りまくっていた。猫まみれである。
それもこれも……愛しいアマリアに気に入られる為に。