騎士団長の脳内は春である
草木は萌え、花々は艶やかに咲き誇る。或いは膨らんだ蕾が開くタイミングを待っていた。
季節は春──それは別にアマリアの脳内だけではなかった。
例え彼女がヨルナスに萌え、咲き誇る花の如き若干セクシー過ぎる衣装を身にまとい、タイミング待ちの蕾のように一気に想いを膨らませていたとしても、だ。
そんな春風薫る、見晴らしのいいバルコニー席の隅……窓と観葉植物で区切られたところが見合いの為の予約席となっていた。ぎこちなくも紳士的に、ヨルナスはアマリアをそこにエスコートする。
もともとホテル内ティールームの席は、優雅に茶を嗜む為にか通常のカフェよりもゆったりと作られているようではあるが、より人目が気にならない。
緊張を動きに滲ませながらも、笑顔をほころばせてヨルナスは口を開いた。
「なにか召し上がりますか? ここのレモンタルトは美味しいと評判なんですよ」
「ふむ、ではそれを頂こう」
アマリアはレモンタルトと珈琲を、ヨルナスはマシュマロの入ったココアを頼む。
(マシュマロ入りココアだと……ッ! )
あまりにピッタリ過ぎる、可愛い注文。
しかもヨルナスは滅茶苦茶フーフーしている様子。
(……猫舌ァァァ────!!)
アマリアは萌えた。
草木よりも萌えた。
萌えるあまりプルプルしているアマリアに、ヨルナスが心配そうに声を掛けたが
「どうしました、イランドローネさ……あっ、いや……あ、アマリア、さん」
──それは追撃だった。
照れつつ名を呼ぶヨルナスに好感度は天元を突破したが、アマリアは耐え平静を装った。
大人の女として、ここは余裕を見せねばならない。
「……私のことは気にするな。 ヨ……貴殿の勧めてくれたタルトも、なかなか美味そうだ」
自分も名前を呼んでみたいが、呼べないアマリア。
貴族平民入り交じったこの国の騎士団では、家名に依るのを良しとしない為名前呼びが基本である。
上官仕様で無意識に照れを誤魔化しにかかった筈のアマリアだったが、名前呼びのハードルは高かった模様。
沈黙が場を支配するのに、そう時間はかからなかった。
そもそもこの見合いのきっかけは、なんだったのかというと……
話は遡り、1ヶ月程前の第9騎士団から始まる。
★★★
最近のレイヴェンタール公国は、平和そのものだった。
近隣諸国と、それもごく一部地域でしか諸外国との交流を許さない、閉じた小国であるレイヴェンタール。その国内の治安維持が騎士の主な役目。
エリートとされる第2騎士団、女性のみで構成される第22騎士団が王都、そして魔獣が出現するソルドラの第4騎士団のみ駐留場所が固定しているが、他の団は固定地域だけでなく団の一部で国内を持ち回りで駐留する。これは癒着防止の意味合いもあり、団長及び副団長は持ち回り側と固定地域の両方を見なければならず、その為各騎士団を繋ぐ魔法陣が存在する。
この魔法陣は基本的には使わない。駐留地域と固定地域が離れている場合(そうでない場合、馬を使う)……そして頻度としては、月に一度程度である。
だがメイベルは、この魔法陣を滅茶苦茶使っていた。
私用で使っていたなら団規に基づき然るべき罰を処せば済むのだが、私用ではない。
西に内乱発生とあらば、戦地に加勢。東に強盗団が現れれば輩の団を殲滅等々……とにかく荒事の場に強引に割って入り、暴れまくるのだ。
地道な捜査が必要な場には行かない。荒事の時だけ、どこからかいち早く嗅ぎつける。手柄は現場に渡すので、文句は出ない。
割と無茶苦茶だが、メイベルの戦闘能力を手放す訳にはいかないレイヴェンタールは、彼に『自由騎士』という称号を与えて放置している。
彼は退屈が嫌いなのである。
ちなみに仕事もちゃんとできるところがまた面倒臭い。
ここのところ至って平和なレイヴェンタールで、メイベルの餌食になるのは……そう、第9騎士団の面々だ。
「団長……休暇を取ってください」
「……ああ?」
第9騎士団副団長、アイザックはメイベルに休暇届けを突き付けた。
「任務が緩いのに、団員達は疲労困憊ですよ……何故だと思います!?」
「ちっ……鍛え方がなってねぇな、アイツら。 よし、俺が稽古を」
「その稽古が悪いんですよ!! 化け物並の団長と一緒にしないでください!」
「えぇ……」
そこに年輩の副団長ジョージがゆっくりと割って入り、にこやかにアイザックを宥める。
「まあまあ……ですが団長、アイザックの言う通りここは休暇をお取りになってみては? 実はですねぇ……」
ジョージは束になった釣書をメイベルの机に乗せた。
「上からも心配するお言葉を賜っておりまして。 『メイベル団長が働きすぎなのは、嫁がいないからではないか』と。 この機会に是非見合いでも」
「勘弁しろ……大体ハドリーやアマリアもまだ未婚だろうが」
メイベルが心底嫌そうに顔を顰めそう言うと、「待ってました」とばかりにジョージは机に乗り出すように釣書の山を叩いた。
「そう、それなんですよメイベル団長!」
「──なに?」
ジョージは言う。釣書の山を複雑な面持ちで撫でながら。
「栄えある第100期入団生であり早々に幹部になった美貌の御三方……貴族、平民関係なくその人気は絶大。 上からは『平和な今、誰か結婚して経済を活性化させろ』と圧が凄いんです! ……わかります? いいえ、『自由騎士』である団長にはおわかりにならないでしょうね……騎士団の副団長になってまで、上の顔色を窺いながら他人の見合いなんぞに時間を割かねばならない私の気持ちなんて……」
「ジョージ……──貴様、相変わらずあざといな……くそ! わかった、休暇は取る!!」
ジョージお得意のウザ絡み泣き落としにより、第9騎士団はメイベルから休暇を勝ち取った。
責任感はそれなりに強く、稽古が鬼なこと以外は概ねいい上司のメイベルである。
ジョージの言葉を真に受けた訳でもないが、彼にかかる圧が『三人のうちの誰かの結婚』で解消されるというなら、一応は解決法を考えてみるべきだとメイベルは思った。
──勿論、自分は結婚も見合いもする気は一切ないが。