騎士団長はあくまでも上官である
「フゥ……ここか……」
豪奢なホテルの前──馬車から優雅に降りるアマリア。
いざ、戦の始まりであるが、普段馬車に乗らないアマリアは既に初陣に緊張しまくっていた。ちなみに普段は騎馬である。
本当はまず鏡に全身を映し、おかしなところがないかを確認してから向かいたいところだが……思った以上に出がけに時間を食ってしまった。
だが虚勢は忘れない。
いつでも堂々たる姿で向かう……それが騎士たる者。(※虚勢)
「……アマリア・イランドローネさんでらっしゃいますか?」
「如何にも」
「ああ、良かった!」
「…………!!」
唐突に声を掛けられた先──振り向くとそこには花を持った小柄で儚げな美少年が立っていた。
そう、メイベルの弟にして本日の見合い相手、ヨルナス・サンダースである。
(花ッ!! 滅茶苦茶似合うゥ~!!)
その可愛さたるや、メイベルの比ではない。
完全に似て非なる存在である。
顔立ちはとてつもなく似ているが、ニヤリ、と不敵に笑うのが常のメイベルと違い、ヨルナスはあどけない笑顔で小走りにアマリアに駆け寄った。
その様はアマリアの思う通り、持っている花が少女漫画の効果に見える程。彼は30な筈だが、『化け物』呼ばわりされるメイベルと同様……どうやらサンダース家の血は特殊なのではないか、という疑いが拭えない程若い。
(兄が血みどろ堕天使ならば、弟はまごうことなき天使ッ……!)
「あのっ……いても立ってもいられなくて……ロビーから、イランドローネ家の馬車だと思ったので、急ぎ迎えに出たのですがっ……すれ違ってしまったかと!」
当人曰く『日焼けしないタイプ』のメイベルよりも、更に白い肌を紅潮させながら、たどたどしい口調でヨルナスは聞いてもいない言い訳がましいことを言う。
そして、言った後で恥ずかしそうに首を竦めた。
「あっごめんなさい、自己紹介もせず……私はヨルナス・サンダースです! あああのっ、本日は宜しくお願いします!」
甘噛みしつつの一生懸命な言葉。
緊張のせいで紳士的とはお世辞にも言えない、下手くそで深いお辞儀。
その瞬間、アマリアは頭が真っ白になった。
激 カ ワ 。
はい、落ちた────!!!!
そのあざとい程のヨルナスの可愛さは、アマリアの性癖の中心にぶっ刺さった。
即オチである。
完全にチョロイン・オブ・チョロインのアマリア。昨今のゆるめの恋愛ゲームですら、好感度MAXまでもう少し時間がかかるであろうと思われる。
「あの……イランドローネさん?」
(はっ! ぼうっとしている場合ではなかった!!)
暫し見とれていたアマリアだが、声を掛けられて我に返った。だが、あまりの衝撃に真っ白になった彼女は、血迷った返しをしてしまう。
「ふっ……迎えに出るとはなかなか気が利いている。 よい心がけだ」
謎 の 上 官 仕 様 。
「なんでだよ」……心の中では自分でそうツッコむも、やってしまったものはどうしようもない。
しかし男(※団員)に慣れてはいても、戦慣れも恋愛慣れもしていない彼女は、一度抜いた刃を鞘に戻す術を知らなかった。
(くっ……最早このまま押し通すしかない!)
諦めの早いアマリア。実に明後日の方向に潔いが……戦術としては褒められたものでは無い。自殺行為である。
だが、ヨルナスもおかしかった。
「是非ヨルナスとお呼びください!」
彼は安堵と喜びに満ちた顔でそう言うと、エスコートをしようと手を差し出した。
──それはまるで、犬が飼い主にお手をするかの如し。
アマリアは手を重ねながら、思わず顔を背けた。
(くっ……頭を撫でたい!!)
「……イランドローネさん?」
不安げに覗き込む犬……ではなく、ヨルナス。
「……私のこともアマリアで良い」
「あっ……ありがとうございますッ!」
見合い開始が上官と犬……端から見たら前途多難なスタートだが、思いの外甘酸っぱい(?)空気を醸しながら見合いは幕を開けた。
時は少し遡り、アマリアが家から出た直後のイランドローネ家、アマリアの自室。
「はわわわわわわ!! こっこれは!!」
ナタリアはアマリアの部屋で見つけた釣書に驚愕した。
描かれている絵姿は、女性の憧れ第三魔導師団長殿である。
しかもそこには運悪く、メイベルの書いたメモ書きが挟まっていた。そこには貴族御用達のティーサロンと、今日の日付。
「──はっ! お姉様はお見合いをフイにして、任務をとったのね?! 酷いわ、こんな良縁を前に……」
妹ナタリアによる、盛大な勘違いが起こっていた。
(伝わっていたならいいけれど……もし急な任務だったら、魔導師団長様が待ちぼうけを食らってしまうわ……おふたりは旧知の間柄だし、一言添えれば日にちをずらすことくらいしてくれる筈……)
「──よし」
そう言って、ナタリアはティーサロンへと向かうことにした。
もしそこにハドリーがいないならば、伝わっているということだ。お茶をして帰ればいい。
貴族御用達のティーサロン、きちんとした恰好でなければならない。素早く用意を終えたナタリアは、馬車に乗り込んだ。
ちなみに件のティーサロンは、某高級ホテルの敷地内に併設されている。
そう、アマリアが見合いをしに行ったホテルである。