騎士団長は装備を怠らない
冒頭から★までは、スルーしても問題ありませんよ!
レイヴェンタール公国には、公国であるにも関わらず『王』がいる。
その細かい説明は省くが、『王』はいても『王家』がないのがこの国のひとつの特徴だ。
公国なので当然国は貴族が治めているが、その階級は細かくない。『王』はそのトップで国を統べる者……だが一代限りであり、公──貴族の代表者に過ぎなかった。
故にアマリア・イランドローネは先代の王の娘であるが、立場としては一介の『貴族の娘』。他の娘と異なるのは、幼児期を王城で過ごしたこと。ただし、王家がそもそもないので公的にお姫様扱いをされていた訳ではない。
宗教的な観念から、有事の際以外は家族は揃って暮らすのが望ましいためであり、王の生活拠点が王城だからで、特別煌びやかな暮らしをしてはいない。勿論それなりにいい暮らしはしていたけれど。
イランドローネ家は元々武人の家系であるが、嫡男であったアマリアの父イアンはその血を受け継がなかったようで、運動がからきしできなかった。
この国に特権階級という制度が今も尚残っているのは主に魔力の問題で、魔法が使える程の魔力を持つ者を重んじた結果である。だが残念なことにイアンは魔力も多くなく、その分勉学に励んだことにより王という地位を得ていたのだから、人生なにがどう転ぶかわからないものだ。
王の役目を果たし、代替わりしたイアンはすっかりいいお爺ちゃんと化している。
イアンは母──つまりアマリアの祖母に似た、華奢で中性的な面立ち。アマリアの好みの一部は父への敬愛から派生したものだ。
アマリアの家族であるイランドローネ家は家族仲が非常に良く、彼女は第一子として溺愛されて育った。
それは彼女が8歳の時に、妹ナタリアが産まれても変わらず……アマリアは妹を可愛がり、妹はアマリアを敬愛した。
それが横滑りしてアマリアが武に目覚めたのは、彼女が12歳の時であった。
それが結構遅いことや育ちを考えても、アマリアの才能が窺える。
それからアマリアは剣豪と謳われた祖父の元へとひとり居住を移し、本格的に剣技を身に付けた。
16になると騎士団の入団テストを難なくパスするほどの実力を身に付けたが、運命の悪戯的に剣鬼メイベル・魔導師ハドリーと同期になってしまったため、一度も傲ることなく益々武を磨いていくこととなった。
尚、三人とも残念であるため友情は芽生えたが、恋愛感情は全く以て芽生えなかった。
★★★
「そんじゃ、明後日見合いなんで」
「明後日?! 早くないか?!」
「うん、ハドリーの休みがとれなかったんだよね」
「……なんでそこでハドリーが出てくるんだ?」
「そりゃハドリーとアマリアに見合いをさすことが俺の見合い回避の条件だからさ。 ふたりに見合いして貰えりゃ一気にカタがついたんだが、無理だったなぁ」
つまり──メイベルはおそらく上司かなにかの圧によって、自分が見合いをしないですむ為に友人を売ったのである。
アマリアは呆れた。
「……なんて奴だ!」
しかし、メイベルは全く意に介さないばかりか、
「なぁアマリア、ハドリーに紹介できそうな娘、22団にいない? アイツはモテるから別に適当に声掛けても喜んで来るとは思うんだが、いい子に越したこたァない。 ……いや、むしろお前に任せよう!」
と、強引にハドリーの見合い相手を探す役目をアマリアに押し付けた。
「なんて奴だ!!(二回目)」
「未来の義兄だ。 もう少し敬えよ」
「全く敬う要素がない!」
そんなこんなで釣書を二枚抱えたアマリアは、文句を垂れながらも久しぶりに一週間程の休暇を取ることにした。
急な休暇の申請が簡単に降りたのも、メイベルの口利きと、丁度暇な時期を見計らってきた彼のあざとさからだと思うと若干モヤるがアマリアは切り替える。
戦場では切り替えが早い程、生き延びる確率が上がるのだ!
いそいそと自宅へと帰ったアマリアだが家に着いた頃にはすっかりハドリーのことを忘れていた。彼女にとっては『明後日なにを着ていくか』の方が重要な問題だったからである。
齢35。実は結婚に夢も希望も滅茶苦茶ある乙女のアマリアにとっては、正に戦場なのだ。
しかも初陣にして、生きるか死ぬかの瀬戸際──これは装備を怠れない。
アマリアの自宅は王都にあるイランドローネ家タウンハウス……つまり実家である。
公国だが王城が存在する為、首都は『王都』と呼ばれている。第二騎士団と第22騎士団はその職務内容から、団規模で王都から出ることはない。
騎士団長には家が与えられるが、住宅手当に変えることは可能……騎士団長であるアマリアに限らず、元々王都に住んでいる第2・第22騎士団の者は公的書類の持ち帰りが禁じられていることも含め、それを推奨される。
「ただいまー」
「お嬢様、お帰りなさいませ」
35にもなって『お嬢様』って言われるのもなんだかなぁ……とは思いつつも、家族仲の良いアマリアは実家から出ることができずにいる。
思春期から20代半ばまで実家を出ていたアマリアにとって、父が王を辞し、妹も実家から王城に勤務する現在の生活は幸せそのものである。
「ナタリアはもう帰ってる?」
「はい、お部屋にいらっしゃいます」
アマリアの愛する妹ナタリア──彼女らは誰が見ても姉妹だとわかるくらいに、似てはいる。
似てはいるのだが、ナタリアはアマリアを小柄にして、全体的に柔らかく加工したような感じなのである。
彼女はアマリアを敬愛している為、姉と同様に武を極めたかったが、姉とは逆に武の才能も魔力も全然なかった。
それでもなにか姉の力になりたかった彼女は文官を目指し、間接的に第22騎士団に関われる防衛部で働いている。
特権階級が存在するものの、この国の婚姻年齢の平均はそう高くはない。むしろ職業に従事した場合、平民女性の平均年齢の方が低い。
だが35のアマリア、27のナタリアのイランドローネ姉妹はこの国でも遅い方……ふたりは『美貌の嫁き遅れ姉妹』などと揶揄されている。
アマリアは自室に荷物を置くと、即ナタリアにアドバイスしてもらう為に彼女の部屋の扉を叩いた。
「お姉様! お帰りなさいませ♡ ……どうなさったの? なんだか怖いお顔……」
「ナタリア……その、服を見立ててくれないだろうか」
しかしその鬼気迫る感じに、ナタリアの天然ボケが炸裂する。
「まさかお姉様……某かの任務ですの!?」
「え?」
キラキラとした、ナタリアの羨望の眼差し。
いや、見合いです──とは言えない。
妹の前で散々『カッコイイ姉』ぶってきたアマリアは、勢いでナタリアに助けを求めたことに気が付いてしまった。(気が付かなければ良かったのに)
「んっんんっ……!」
わざとらしく咳き込んだあと、キリッとした顔をナタリアに向ける。
ナタリアの幻想を砕きたくないアマリアは、誤魔化すことにしたのである。
「 ──そうだ……任務なのでな。 私服を着なければいけなくなった」
「まぁ! カッコイイですわ!!」
「今回の任務で私はある男の気を引かねばならぬ……フゥ、任務とはいえこんな女臭い仕事など私に合わぬのだが……」
「いえ! お姉様の美しさなら、指を曲げるより簡単ですわ!!」
「はは……」
自分の吐いたでまかせと、妹の盲目的な愛に乾いた笑いが漏れる。
実はお見合いで、相手は年下で滅茶苦茶タイプの可愛い男の子♡
超気合が入っているけどセンスに自信がないんで可愛くしてください♡♡
……とは、とても言えない。
口が裂けても言えない。
だが見合い当日、アマリアはナタリアのおかげでイイ感じのセクシー淑女に仕上がった。
あからさまにセクシーなのがちょっと気になるが……そこは『任務』と言った手前、どうにもならない。自業自得である。
「はっ! もうこんな時間!?」
「お姉様急いで! 化粧品は片付けておきますわ!」
「恩に着る!」
アマリアは急いでヨルナスとの見合いの場であるホテルのティールームに向かった。
「ふう……アラ?」
バタバタとアマリアが部屋を出た後、やったった満足感でいっぱいのナタリアが化粧品を片付けていると……机の上の釣書が目に入った。
それは、もう一枚の釣書。
つまり、アマリアの同期……ハドリー・ミクライエン第三魔導師団長の忘れ去られた釣書である。
設定を途中で変えたの忘れてました。
部分的に直しました。




