騎士団長はスパダリ
「君達は国立学園の生徒だろう?」
「──は?」
隊服を着た男は、さも嘆かわしいといった様子でふたりにそう言った。
なんとヨルナス(30)まで学生呼ばわりされている。確かに学園は研究員になれば、通常卒業を迎える17よりも更に6年間学生として残ることができるし、制服着用の義務はない。
ヨルナスは異常な程のベビーフェイス。誤解されても仕方ないと言えば、まあ仕方ないかもしれないが……彼は一応、三十路である。
しかもエルシィと同級生くらいの感じで見られているようだ。制服も着ていないのに。
「こんな時間にこんなところで、なにをしているんだね?」
「ええと……」
「話せないようなことか? ふたりともこっちに来なさい。 話はそこで聞こう」
威圧的に質問され、しどろもどろになるエルシィに男の手が伸びる。
ヨルナスはすかさず前に出た。
(エルシィさんは補導だと思っているようだが……コイツは騎士ではないな)
値踏みし、舐め回すようないやらしい視線。
こういうことに慣れているヨルナスは、それがすぐ理解出来た。
こういう手合いの目的の一番は金、次に肉体。
裕福そうな子供の火遊びや逢引を狙って、補導するていで連れ出して脅し、金をせしめる……三流の悪党の考えそうなことだ。
そもそも騎士なら精々口頭注意くらいしかしないし、なんらかの理由で学生証を確認する際には、自分の所属と名前を明らかにしてから、という規則がある。
だから確実に男は、少なくともマトモな騎士では無い。
おそらくは学生証で身分を確認し、引っ張れるだけ金を引っ張る気なのだろう。
親に金と権力があれば、後暗い行為を『親に黙っている代わりに』と金を要求し、そうでない場合は小金をせしめ、気が済むまで乱暴する……というのがこの手の輩の常套手段である。
レイヴェンタールの貞操観念はそこまで厳しくはない。だがその反面、強姦を含む性的なことの強要にはとても厳しい。
大抵の場合、実刑。
具体的にいうと強姦の場合、局部の切除及びそれに準じた刑が執行される。
法的な罰則の厳しさから、この国の性犯罪の検挙率は周辺諸国に比べてかなり少ない。
ただ被害が発生しないとどうにもならない。
他国より少ないというだけで、性犯罪が無くならない理由のひとつがそれだ。
結局被害者が訴えでることを躊躇する事例は多く、実際の被害者も気が弱そうな子が多い。検挙率と犯罪率は一致しないと予測できる。
尚、この国に刑事事件の弁護士はいない。
事件が起こり発覚した場合、加害者並びに場合によっては被疑者、被害者などに自白剤が投与される。この自白剤で死ぬことはまずないが、抜けるのに時間がかかるので一週間ほど拘留を余儀なくされる。
とても乱暴ではあるが、非常に合理的。
だからといって流石に『コイツ怪しい』だけでは、自白剤は飲ませられないし、捕縛もできない。
それが問題である。
──そんなわけで、『コイツは黒だ』と思ったヨルナスは、事件を起こして捕縛しようと思っている。
男の隊服がレプリカならば、もうのしてしまって捕縛しても構わないのだが……問題は隊服が本物のようであること。
隊服は国からの支給で、替えは申請。除隊の際は返す決まりになっているのだ。
騎士であるなら迂闊に捕縛はできない。
騎士ではないなら流出経路も気になるし、ふたりである自分達に声を掛けてきた輩である。不埒な行為に及ぶとしたら必ず仲間がいる筈だ。どうせなら一網打尽にしたい。
だが、それにはエルシィが邪魔なのだ。
危険な目には遭わせたくないし、足でまといにもなりかねない。
(仕方ないな……)
ヨルナスは非常に不本意だが、あまり使いたくない手段を使うことにした。
「あ……あの、」
まず──ヨルナスはおずおずと歩み出て、男に不安気な声で訴える。
「彼は僕の落としたものを一緒に探してくれてただけなんです」
「だからそういう話は向こうで聞くと……」
「ええ、でも」
やたらと違うところに連れ出したがる男に、やはりコイツは黒だと確信したヨルナス。
次に──その苛立った様子を見ながら、怯えたように男の隊服の袖を小さく摘んだ。
「寮なんで門限が厳しくて……その、僕だけじゃ、ダメ……ですか?」
うるうるした瞳と、僅かに震える細く白い指が庇護欲をそそる。
男の喉元が上下したのを見て、ヨルナスは密かにほくそ笑んだ。
昔からこの見た目になにかと助けられてきたヨルナスは、常日頃からお肌のお手入れと、あざとい仕草の研究を怠ったことはない。
顔立ちはそっくりだが、野生児の兄には決して真似することはできないこの技を、ヨルナスは重宝している。
──ただ、進んではやりたくない技でもある。
「……ふん、まあいいだろう」
どうやら男はお気に召したらしい。
それは想定の範囲だが、内心ヨルナスはホッとしていた。
自分のことでなく、エルシィのことに。
(フードと眼鏡のおかげで助かったな……)
エルシィの顔は可愛らしい。
女の子だとわからなくても、顔をしっかり見られていたら危ないところだった。
「エル、君は先に帰って」
「あ、あの……ヨルナスさん?」
目配せをしつつ、エルシィに帰るように促す。
「寮長には僕が遅くなるって伝えといてね」
念の為、エルシィには手を出しにくくなるような、相手に有利な条件を匂わせておく。
「……お待たせしました」
「ふふ、君はなかなか機転が利くな。 これでゆっくり話を聞ける。 じゃ、君は気を付けて帰りなさい」
全てヨルナスの目論見通りとも知らずに、男は下卑た笑いを浮かべながら、儚げな美少年(に見える30男)の背中に手を這わせるように押した。
おそらくこれから始まる予定の、めくるめくR18の世界を想像しているのであろう。
隣でヨルナスも、これから始まる予定のR18の世界を想像している。
勿論彼のR18の世界は、主に暴力表現の方である。当然官能などない。
ちなみにどちらも描かれることはない。
これは作者のアカウントの危険意識からではなく……
アマリアとキグナスが現場に駆け付けてしまったからだった。