騎士団長は追いかけられている
【登場人物紹介】
★ヨルナス
ヨルナス・サンダース(30)
超ハイスペックヤンデラー腹黒ショタもどき。
アマリアと結婚に漕ぎ着けたが、まだ書類上の夫。
当面は婚約者ということにしておいている。
★アマリア
アマリア・イランドローネ(35)
美貌の嫁き遅れた騎士団長。ヨルナスの妻二日目。
やや天然。胃が丈夫。
★キグナス
キグナス・ジョルダン(28)
エリートである第2騎士団員。
ずっと王都育ちの都会っ子の筈の、非常に朴訥で爽やかな青年。
アマリアに憧れている。
(ん……?)
ヨルナスが我に返るきっかけとなった思いもよらない人物とは──彼より少しだけ離れた場所に、やはり隠れたように立っている見知らぬ人物。
その人物を一言で形容するなら『てるてる坊主』が相応しいだろう。
(あれは……国立学園魔導学科のローブ?)
ヨルナスの、というか国立学園は大抵の貴族の母校である。特に魔導学科はその性質上特権階級が殆ど……術式を介して使える程の魔力を持つ者が国を作り、その血を重んじた結果特権階級ができたという経緯からだ。
160cmない小柄なヨルナスよりも更に小柄で、丈の長いローブに包まれフードを被った後ろ姿は、まさに『てるてる坊主』そのもの。
てるてる坊主が風に揺られるように、頼りなげにゆらゆら揺れている目の前の巨大てるてる坊主。
アマリア(と見知らぬ男)しか目に入ってなかったヨルナスだが、その珍妙な姿の人間が変な動きをしたことで視野が少しばかり広がったようだ。
「あっ……? っぶない!!」
ゆらゆらしていた巨大てるてる坊主が、ぐらりと大きく傾く。ヨルナスは咄嗟に飛び出し、その身体を庇って共に尻もちをついた。
「いてて……」
「──はっ?! ……はわっ、はわわわわわ!! すっすみません!!」
「いや、君の方は大丈夫?」
「はいっ……」
素早く離れた相手とは逆に、ゆっくりと服の埃を叩きながら立ち上がり顔を上げると、相手のフードが取れていた。
黒髪のストレート。
かつてヨルナスがしていたお坊ちゃんカットに近い、マッシュルームカット。
中性的な、可愛らしい顔立ち。
服装はコットンリネンのシャツに、サスペンダー付きの膝下より大分長めのキュロット。
胸元はローブで見えず、高めの声は女性とも、変声期前の少年ともとれる。
──要は、性別不明。
(……うわぁ……)
更にアワアワしながら落ちた大きな丸眼鏡を拾ってかける様を見て、ヨルナスは眩暈がした。
似すぎている。
過去の自分に。
「あわわ……お召し物が汚れて……ッ今、クリーニング代を!!」
「いや、いいよ……急ぐから……」
アワアワしながら、ローブの中に携えたショルダーバッグをゴソゴソし出す学生を軽く制し、足早にアマリアの後を追う。
──しかし何故か学生も小走りでついてきた。
「なに?」
「はっはわわわわ……違うんです! 私もこちらに用事がッ……」
「……君、顔真っ青だけど大丈夫?」
歩きながら尋ねる。
ふたりの進行方向は、何故か一緒。
「……あ、あの……お兄さんもこちらに用事なんですか?」
「……まあ、そうだね」
そして立ち止まるタイミングも一緒。
──それは少し離れたアマリアとキグナスが立ち止まるタイミングだ。
((もしかして……))
「アマリアさんを追ってるの……?」
「キグナスさんを追ってます……?」
ふたりは顔を見合わせた。
彼女はエルシィ・イスルカという。通称エル。南部の片田舎にあるソークという村出身の平民の子だそう。
平民だが珍しく魔力が多く勉強も好きだった彼女は、村長の勧めで南部の都市ダレスの学校に通っていた。そこでも非常に優秀な成績を収めたので、主に貴族が通う王立学園へと入学することになったようだ。
アマリアとキグナスを追って、移動しながらふたりは会話を続ける。
ヨルナスと同様に、エルシィは気配を消すのがやたら上手い。
「なにぶん田舎者ですので、右も左もわからないところをキグナスさんには親切にして頂いて……」
「ふぅん……」
結局公園に着いても一緒に行動している。
公園は樹木の植えられている場所以外は開けているので、別れて行動するには見つかる可能性が高い為だ。
その分アマリアとキグナスもよく見えるが、こちらからよく見えるということは、あちらからも見えるということでもある。
慎重なふたりは街中よりも大幅に距離をとり、植木に隠れるように後を追っていた。
「それで恋に落ちたわけ……」
「そそそそそんなわけないじゃないですか?!」
エルシィは何度も眼鏡を忙しなく上げながらそう言うが、全く説得力がない。
「まあでも君がまた倒れるようなことにはならないから安心したまえ。 彼女と彼はそういう関係ではない。 所詮は上官と部下だ」
「えっ……」
それはヨルナス自身も信じていることだ。
信じていることと、己の嫉妬心が別なだけで。
「それに彼女は私のつ……婚約者だ(ドヤァ)」
「ええッ?!」
「だから気にせずアタックしたらどうかな」
ヨルナスは自分の行動を是正したいとは欠片も思っていないが、正しいとも思っていない。
だが目の前の田舎娘には、できれば自分のように拗らせては欲しくない……そう思うくらい共感と同情を抱いていた。
「むむむむむ無理ですッ! キグナスさんは私のこと男の子だと思ってるし!!」
「それは逆にチャンスだよ。 君は可愛らしいし」
「ふえっ?!」
「……いいかい?」
ひとつ軽い溜息を吐くと、真面目な顔をしてヨルナスは続ける。
「『想い続けていればいつか伝わる』なんていうのは幻想だ。 人が動くのは、伝わった目の前の事象にのみだ」
その言葉には、それなりの重みがあった。
正直に言うと、兄の話がなければ、アマリアとどうこうなろうという、その一歩は未だに踏み出せなかった筈だ。
諦めることも踏み出すことも年々難しくなって、どうにもならずにしがみつくだけの恋など、もう恋とは言えない。
残るのは汚い粘着だけだ。
彼はアマリアを想ってきた長い日々に後悔は一切ないが、接触自体は半ば諦めていたのもまた、事実だった。
こうなった今も『今度は表からアマリアを幸せにする』と決意はしたが、彼女の横に立つ自信は未だにないし、相応しいとも思えていない。
ただ他の男も軒並みそうだと思っているし、他人に譲る気も一切ないが。
「でも……じゃあなんで貴方は彼女を影から追っているんですかっ? 堂々と出ていけばいいのでは」
「ふっ……
あんな美しい婚約者だぞ? 信頼があっても不安を抱かない男などいない! よって、これはとても普通の行動だ!(ドヤァ)」
いいか悪いか、それが普通か否かは別として、彼の主張はこうだった。
今やっていることも非常に滑稽だが、あの頃とは違う──ようやく踏み出し、再びアマリアに恋した彼は、新たな気持ちで爽やかに粘着的嫉妬心を放出しているのである。
二の句が継げないエルシィが、ヨルナスのドヤ顔を呆然と眺めた──その時である。
木の影からアマリアとキグナスを見ていたふたりの後ろに、突如、騎士の隊服を着た男が現れた。
なんで副題を『騎士団長』縛りにしちゃったんだろう……と今更後悔してももう遅い。