騎士団長はあくまでも騎士である
レイヴェンタール王都は王城の城壁沿いの水路を囲むようにして成り立っている。
王城の正面にあたる部分は最も栄えている城下町が広がっていた。
敷地の関係上、魔導師団・騎士団の本部は城外の両端側にあたる、王城から少し離れた部分にある。
どちらも危険な演習や実験を必要とする為、壁の中には設立が難しかったらしい。
貴族のタウンハウスはこのあたりに多い。
タウンハウスに限らず王城周辺は、王都に住む平民でも比較的富裕層にあたる人々が多いが、土地が高いので街並みは詰まっている。また、日や時間によってマーケットが開かれる為露店も多く、交通事情は良いとは言い難かった。
なので街では、交通事情に合った馬一頭で引く小さな馬車が活躍している。
自宅と魔導師団本部と王城は、徒歩で移動出来ないほどの距離ではないが流石に遠く、荷物も多い。従って運動が苦手で乗馬が嫌いなヨルナスは、この馬車をよく利用している。
幸い各団や役所などの国に関係する場所には、専用の馬車が用意されており、使うことができる。
「お疲れ様です、ヨルナスさん。 どちらまで行かれますか?」
「王城までお願いします」
慎重派のヨルナスはいつも同じ御者を指名しており、御者は職場の同僚達よりもよっぽど気の置けない相手となっている。
まず正攻法から入ることにしたヨルナスは、王城の事務局に行き、ナタリアを呼び出すつもりでいる。
丁寧に自己紹介し、『アマリアと結婚をしたこと』を告げるつもりだ。
自分が真っ先に彼女に教えることで、誠実であることを強調する。
そこに『家族にすら、姉の幸せを邪魔すると思われている』ことを入れ、危機感も与えるように。
そこで相手が不快に思おうと、それは問題ではない。あくまでも最初の接触なので、この二点さえクリアすれば充分な成果である。
どのみち『アマリアの婚約者』というだけで印象は悪い……かなりの敵愾心を抱かれると予想している。こちらの応対も、あくまで『アマリアの為である』ことを明らかにしてしまって構わない。その上でナタリアの為になることをする、という布石なのだ。
ナタリアは婚約者の妹──彼女に好意は全くなくても、姉であるアマリアの為に──ということを、シスコンに実感させれば文句の付けようがない。
プライベートなことなので、呼び出しとはいえここは業務が終わるのを待つべきだ……その方が印象がいいと踏んだヨルナスは、空き時間に更なる作戦に使える材料を探すつもりでいる。
まだ結婚の事実は周囲に伏せておかねばならない案件だ。彼女も未婚、言付けだと変に誤解され、警戒されて誰かを連れてくることも可能性としては考えられる。
「──あ、やっぱり街の方を通っていただけますか? 少し買い物をしたいので」
「かしこまりました」
(仲間内で休憩に摘めるような菓子に、ナタリア宛のメッセージを添えて渡すのが無難だろう)
直接王城に向かうつもりだったが、途中でそう思い、菓子店に寄ることにした。
そこで計画は頓挫する。
そう、彼は見てしまったのだ……
騎士と仲睦まじく歩く、美しく着飾った婚約者(※妻)の姿を──
★★★
実際、キグナスとアマリアは楽しく談笑していた。
「いやぁ、いい買い物をしたな」
「俺のお勧めの店、気に入ってくれて嬉しいです!!」
最初のキグナスの緊張が、嘘のような自然な会話──端から見たら仲の良い恋人同士に見えるほどだ。
だが、その内容は恋人同士としては大変に残念なものであった。
『キグナスのお勧めの店』……それは、雑貨屋──に見せかけた武器屋みたいな店である。
ジョルダン夫人は勿論アマリアをそんなところに案内させる為に、わざわざ仕事中の息子を呼び寄せたわけではない。しかし緊張したキグナスに女性の好みそうなところなんて思い付く筈もなく……悩んでいる彼に、「最近行ったお勧めの店でいい」とアマリアが言った結果こうなってしまった。
しかし残念なのはキグナスだけではない。
アマリアも残念だったので大いに盛り上がり、キグナスも緊張が取れ今に至る。
件の店は武器屋ではなくあくまでも雑貨屋で、武器はレプリカばかりだがそれは店主の拘りからであった。
個人の使い勝手を考えて、レプリカの原型や気に入った鋳型などを元にカスタマイズして作る、いわば武器のデザイン屋。
要望に応じたデザインを作り、提携の鍛冶屋に発注するという珍しい店だ。
貴族が金持ちが、武器や防具の鍔や鞘を華美にするために頼むところとは違い、性能重視である。
店主の父は元・騎士だったそうで、自らに合った武器を作る際、武器への理解と鍛冶の腕は別物であると悟ったそうだ。本来鍛冶屋と相談するところを、実際の武器の扱いに慣れた者が肩代わりすることで鍛冶屋は制作に専念でき、仕上がりの具合、早さ共に依頼主の満足度も高い。
武器……それは浪漫。
可愛いもの好きな少女だったアマリアの乙女心は、それらを断ってかなり経っても健在で、可愛いものは好きなまま。
だが、それに加えて『カッコイイもの』も好きになっていた。
「王都は長いが、知らなかったなぁ……」
「王都は既製品もいいのが多いですからね。 ですが使うと本当に良いですよ!」
「ふふ、キグナスは武器に拘りがあるようだな」
「ええ……俺は昔ひょろひょろで、弱かったものですから……最初は後衛希望でしたし、弓とか長槍とか。 臆病なんで、武器の扱いは一通り覚えたんですよ~」
「お恥ずかしい」と言いながら、情けない笑顔で頭をかくキグナスに、アマリアは目を細める。
「恥でもなんでもない。 臆病こそ、戦場で生きる術だ」
「団長……」
そう、ふたりは脳筋なのである。
どんなにふたりが街で目を引く、騎士とご令嬢の美男美女カップルに見えたとしても……繰り広げられているのは色気もへったくれもない会話。
──だが、少なくとも周りはそうは見ない。
勿論、あの男も。
「……ところで、腹が減らないか?」
「お任せください! いい店がございます!!」
次にふたりが入るのが、デートにはあるまじき味と量が自慢の定食屋で、見惚れていた周りが『あれ? 恋人とデートではないのかな?』と思ったとしても。