騎士団長と残念な当て馬
ジョルダン夫人は仕事中である息子に急ぎ半休を取らせ、強引に呼び寄せた。
息子であるキグナスは28歳独身の、第2騎士団員である。
エリートである筈の彼が独身なのには理由がある……彼はかつて熱烈なアマリアの信望者(※ヲタ)であり、ヨルナスとナタリアによって(ヲタとしての)存在を排除されていた。
詳細は今語らないが、そのことがきっかけで女性不信となったキグナス。だが、いつまでも若く美しく雄々しいアマリアに対する熱情は形を変えて存在している。
今彼が騎士として立身したのはアマリアと、当時自分を排除したふたりのおかげでもあった。
「アマリア様、馬とお買い求めのお品はご自宅までお運びしておきますね。 お帰りと散策のエスコートは、愚息にお任せくださいませ」
あくまでもさりげなく引き合せるつもりのジョルダン夫人だが、実はかなり早い段階でこれを思い付き、行動に移していた様子。
程なくしてキグナスは現れた。
彼は騎士にしては比較的華奢な方だが、長身でしっかりとした体躯をしており、美形ではないが可愛い顔をしている。
物腰は穏やかだがハキハキとした、爽やか好青年だ。
「アマリア団長! キグナスが馳せ参じました!!」
憧れの女性のエスコート役と聞いて、即手持ちの仕事を猛スピードで片付け……上司に許可をもらい駆け付けた彼は、やや緊張した面持ちで入口で最敬礼する。
「まあ……全くもう、無粋なのだから。 普通に入ってきなさい」
ため息交じりにそう窘める、ジョルダン夫人。ふたりのやりとりに、アマリアは思わず吹き出す。
健康的な見た目よりも不健康っぽい見た目の肉体が好きなアマリアの好みではないが、礼儀正しく少し抜けている彼に、かねてから好感は抱いている。
恋愛対象ではない騎士ではあるが、そもそもアマリアは見合いの話が出るまで男に恋愛を意識することはほぼないに等しかった。
ヨルナスのことがなければ、『人間的に好き』であることは、彼にとって大きなチャンスとなり得たかもしれない。
「ふふ、相変わらずだなぁ」
「……ッ!!」
キグナスは、アマリアを見て言葉を失った。
そもそも憧れの女性であるアマリアの、今まで見たことの無い女性らしく美しい姿。
「ふぐぅっ……!!」
そんな彼女に微笑みを向けられた彼は、胸を押さえながらガクリと膝をつく。
「どうしたキグナス!? なにかの発作か!?」
「い、いえ……ちょっと心臓が……だ、団長、どうされたのですか、そのお姿……」
「──あ
…………やはり、似合わん、か?」
うっすらと頬を染めながら、恥ずかしげにそう言うアマリアに心臓が爆発しそうになったキグナス。再び胸を押さえ、顔を真っ赤に染めながら苦しそうな表情で言った。
「……似合ってます! 超絶綺麗です! 可愛いです! もう俺ヤバい死にそうです!!」
「死にそうなのか?!」
既に彼の語彙は吹っ飛んでいる。
早口過ぎてよくわからないが『死にそう』だという彼の言葉に、アマリアは駆け寄り肩を押して目線を合わせる。
「ああっもう死んでもいいっ……!!」
「どういう状態?!」
見かねたジョルダン夫人が息子の肩に置いたアマリアの手をそっと取り、立ち上がるように促しながら謝罪した。
「……愚息が申し訳ございません。 アマリア様の美しさを形容する言葉がみつからないようで……」
「んっ? んん……? よくわからないが、大丈夫なんだな……?」
夫人はまだ床に膝を付いている息子を足で軽く蹴りながら、厳しい視線を向ける。
「ほら、アマリア様をエスコートして! それまで死ねないでしょ!」
「──はっ?! たっ確かに……!!」
……愉快な親子だな~、とアマリアは漠然と思った。
★★★
ヨルナスはアマリアがそんなことになっているとも知らず、ナタリア攻略の思索に耽っていた。
彼はアマリアの予定に合わせて休暇を取っていたが、残していた仕事を片付けるていで魔術師団本部にある自身の研究室に身を寄せている。
学生時代から功績を挙げ、鳴り物入りで入って来たヨルナスは、自身の研究室を持っていた。
騎士団とは違い、魔術師団員は王都にある本部勤務で部署毎に別れて執務を行う。
団で動くのは要請があった時だが、週頭にミーティングがある。場所は部署毎だが仕事は団のものがメイン。
ヨルナスのように研究開発など全体に関わる特殊な仕事の場合は、そちらをメインに据えながら各団長の指示に従うかたちだ。
仕事でも順調に成果を挙げてはいたが、ヨルナスの仕事に対する考えは前にも述べた通りである。
『団には所属しない部署でのエリートコース』を提示されたが彼は「尊敬するハドリー団長の下で働きたい」との理由から断っている。
その後も助手を付けるどころか特定の人以外との密な関わりを嫌い、地味だが使える魔道具開発にのみ従事する彼は、思惑通り『使える変人』という立ち位置を勝ち取っていた。
『尊敬するハドリー団長』は予てから抱いていた違和感の理由を昨夜察したが、他の人間がそれを知る日はないだろう。
話を戻すと──
ナタリア攻略の難しいところは、なによりもアマリアがナタリアを『可愛い妹』だと慈しんでいるところにある。
ふたりを引き離すのは簡単だが、大切なアマリアを傷付けるような真似をするのは自身の想いに反している。
非合法魔道具を使ったり、グッズの着服をしたり、他人を排除したりと、ヨルナスは目的の為の手段を選ばない。だが最も重要な目的は『自分とアマリアの幸せ』だ。
ナタリアに害なすことは、あまりにもリスクが高い。
(気に入られないにせよ、『他よりはマシ』ぐらいは思われねばな)
弱味を握り……救う。
それが最も効率的な好感度の上げ方だろう。
ヨルナスにとって幸いなことに、シスコン過ぎるナタリアは方々から……恨みという程ではないにせよ、不興を買っている。
今までそれが問題にならなかったのは、彼女は姉馬鹿ではあるが馬鹿ではないこと。
問題を起こすも解決には尽力をする。姉のことさえなければ彼女は人当たりの良い真面目な努力家だ。
(ふむ……)
ナタリア自身が起こした問題をどう炎上させ、解決に導くか……
と、ヨルナスはなかなかに悪どい事を考えていた。解決をするのだから、害を成したとは見なさないという自分ルールを以て。
(どうせならば、直接的なヒーロー役が別に欲しいな)
ナタリアもいい年齢だ。アマリアでなく他の男に目がいけば、結婚生活後もナタリアが邪魔をしてくるという後顧の憂いの芽も同時に潰すことが出来る。
「──よし」
ヨルナスはアマリアの周辺事情が事細かにビッチリと書かれたノートに魔術で鍵をかけ、机の引き出しにしまい……更に鍵をかけ立ち上がった。
「……ヨルナスさん、お帰りですか?」
「いえ、王城まで。 少し調べ物をね」
「そうですか、休日出勤お疲れ様です!」
扉を出ると魔術師団員の女性に感じ良く声を掛けられたので、はにかんで返す。
『永遠のアイドル』が彼の裏のあだ名だが、そこには『距離を詰めると途端に塩対応』という女性達の深い教訓が込められているのだ。