騎士団長はとても好かれている
(まだ信じられんな……)
長い夢を見ていたような一日が終わったアマリアは、ベッドに横たわるも眠れず、一人酒を飲んでいた。
見合い当日にいきなり結婚してしまった。
しかも相手には事情がありそうだ。
──だが気が付くとニヤニヤしてしまう。
(だって仕方ないよな!? あんな可愛い少年(※合法)の……妻!! 憧れの……結婚!!)
抱き起こした時の、ヨルナスの細い身体を思い出し、アマリアの欲望が滾る。
温かい食事を存分に与えたい。
猫舌の彼の為にフーフーしながら。
明後日はデートに誘われている。
アマリアはデートをしたことなんかないので、草原を追いかけっこするというチープでありながら『そこはいったいどこで、どうしてそうなった』という謎のシチュエーションを想像し、悶えた。
明日はデートのための服を買いに行く気でいる。
ナタリアが仕事なのが残念だが、いるとまた変な虚勢からおかしなことになりかねないので、ある意味安心でもある。
ナタリアが何故か寝たまま起きてこないのと、アマリアの立場と人気を慮った団本部が報告時に箝口令を敷いたのをいいことに、『とりあえず彼女には、結婚が決まったことは秘密にしておこう』ということになった。
これはナタリアのシスコンぶりを危惧した、両親からの提案だった。
急な話ではあるが、35の娘がまたとない良縁に恵まれたのだ。それを実の妹にぶち壊されたくはない。
ヨルナスは多少残念そうにしながらも、それを了承し……団本部からの要望も相成って、当面はアマリアの『婚約者』として過ごすことになっている。
(今日のことをナタリアに伏せられるのは、幸運だったな……)
妹には『カッコイイ姉』でいたいアマリアは、『任務』という嘘を貫き通したかった。
★★★
一方のヨルナス。
流石に疲れたようで、自室のソファに重い身体をだらしなく沈めている。
アマリアの両親の提案に対し、彼も実はホッとしていた。
ナタリア攻略は、今後のふたりの幸せな夫婦生活を考えても避けては通れない問題だ。
(今日のところは乗り切ったが……)
『ナタリアが出先で貧血を起こした』と聞いていたヨルナスは、お見舞いと称して花を渡し、部屋に活けてもらっていた。水に漬けて暫く経つと眠気をもよおすガスが発生するという、流通していない魔道具をこっそりつけて。
ナタリアがいつまで経っても起きてこなかったのはその為である。
魔道具の流通は制限が厳しく、入手は難しいが……ヨルナスは開発者本人。
バレたら叱責どころでは済まないが、まさか開発中の魔道具がこんなところでこんなどうでもいいことに使われているとは、誰も思わないだろう。
ナタリアに対しての危惧は、ヨルナスにも十二分にあった。なにより──学生時代のヲタ活。シスコンであるナタリアとは、当然ながら付き合いがある。勿論、女装姿で。
『ルーナ・リアンドゥール』という偽名を使い、アマリアの追っかけをしていたヨルナス。──『リアンドゥール』は母方の姓だ。
万が一調べられた時の為に、母似の彼はそれを使用することにしていた。
ガチヲタよりも更にガチな彼である。
当然の如く、ファンレターも出している。
季節の花と、リボンやレースが描かれた可愛らしい便箋には、美しい文字で、押し付けがましくならないような気遣いの見える、短いが心のこめられた文。
時に手作りのお菓子や、時に刺繍のハンカチを添えて……彼は手先が器用なのだ。
ナタリアは男ヲタや迷惑な追っかけには非常に厳しかったが、弁えた女子のアマリアファンには優しく、頻繁にお茶会を行っていた。
稀にアマリアを呼んで、自宅でお茶会を開いてくれることもあった。
それに行けるのは、選ばれし熱烈なファンのみで……同志内では『使徒』と呼ばれていた。
見目麗しく上品で出しゃばらず……なによりアマリアへの熱い想いが一際の『ルーナ』は、いちいち姉への贈り物を検閲しているナタリアに気に入られ、『使徒』を勝ち取っている。
ナタリアは弁えたファンには優しいようでいて、やんわりとだがちょいちょい『最も姉に尽くし、姉を愛しているのは私!』『私のお姉様よ!(ドヤァ)』──等と独占欲丸出しのマウントをとってくる。
表面上は仲良くしていたが、ヨルナスはそれが非常に気に食わなかった。
完全に、同族嫌悪である。
(色々考えていたんだが……ついアマリアさんの可愛さに気持ちが先走ってしまった)
近くで見るアマリアは、尋常ならざる美しさ(※ヨルナス視点)で、更に普段は見ることの出来ない、麗しくセクシーなドレス姿。
本当はもっときちんと出迎えるつもりでいたが、若干の誤差が生じたのはその姿に女神が降臨したのでは、と呆然とした(※あくまでもヨルナス視点)せいであり、初めの質問的な声掛けに至っては、俄に人であることが信じられない気持ちになった(※しつこいようだがヨルナス視点)からだった。
その上言動が可愛過ぎた。
可愛いのは知っていたが……見た目的なギャップ萌え要素も加味されて、その可愛さは最早表しようがない(※ヨ以下略)。
「──ッ……!!」
今日の出来事を思い出したヨルナスは悶え、ソファに突っ伏した。
(……あ~ん♡とか、ご褒美以外の何者でもない……! あの時は召されるかと思った!!)
あんなにも嫌だったメイベルそっくりの容姿に、今日ほど感謝したことはない。
明後日はデートだという事実が頭に過ると、期待と興奮に笑いが知らずに漏れてしまう。
「ふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
壁一面には、アマリアの絵姿。
ソファのクッションに顔を埋めたまま、不気味に笑い続ける似非ショタ美形。
なかなかにヤヴァイ絵面であることは間違いない。
「……明後日はなにを着ていこうかな」
ひとしきり思い出し萌え笑いを終えると、徐に立ち上がり……ヨルナスはクロゼットを開けてそうひとりごちた。
今日はアマリア好みの可愛い系にしたが、明後日は敢えてシックな服を選び『アマリアさんに釣り合うように、頑張ってみました!』と言ったらどうだろうか。
その上でクリームたっぷりのケーキを頼み、わざと顔にクリームをつけるのだ。
「ふふ……きっとアマリアさんも萌えてくれるに違いない」
実は甘いものが嫌いなヨルナスは、アマリアの為にそれを克服していた。
既にお察しとは思うが、勿論彼は猫舌でもない。
全てアマリアの為──
ヨルナスの人生はそれに尽きる。
本人がそう思っているので、なんら過言ではない。
新居の候補も既に幾つか見繕っている。アマリア関係のこと以外に余計な金を遣わない、彼の貯金は多い。
魔導師団は彼にとって、アマリアの動向を窺いつつ、アマリアの為に魔道具の研究をしながら、アマリアとの未来の為に金を稼ぐという、非常に優れた職場である。
第3魔導師団を熱望し、所属したのはアマリアの同期生であり、仲の良いハドリーへの牽制の為でもあった。
(あとは妹だな……)
目下の憂いは妹・ナタリア。
彼女に気に入られる為にどうするか……それが悩みどころである。
──しかしそれより先に排除すべき存在が現れることを、この時の彼はまだ知らない。
ヤンデレってどうやったらカッコよく書けるんですかね?(切実)