閑話・ヨルナスの秘密
──話は過去に遡る。
幼少期は病弱だったヨルナス。
彼は物心ついた頃に戻ってきた、『奔放過ぎるが優秀な上の兄』メイベルと、『真面目で堅実でソツのない下の兄』ホークに、常に劣等感を抱いていた。
学校に通うようになると、それは徐々に顕著になった。
兄メイベルに似た美少年ぶりが話題になるのがまた許せない。その見た目を嫌がり、瓶底のような眼鏡を掛け、なるべく気配を消すように学園生活を送っていた。
そんな時出会った女神──それがメイベルの同期生、アマリア。
ある日ヨルナスが家に帰ると、非番で遊びに来ていたメイベルと同期生であるアマリアが庭で稽古をしていた。
稽古だが──もう限りなく本気に近いヤツである。
これが通常運転とか、頭がおかしいんじゃないかな……と知らない人は思うが、ふたりは大概そんな感じだった。(ちなみにもう一人の同期生であるハドリーは違う)
若干話は逸れるが、第9騎士団員の苦労が少しばかりおわかり頂けたのではないだろうか。
(凄い……あの兄さんを相手に!)
女性であるにも関わらず、メイベルが手を抜くと押される程のその白熱した闘いぶり……
圧倒的な強さを誇るメイベルだが、アマリアは魔導剣の遣い手であることでそのハンデを埋めている。
剣技と体術のみではメイベルには絶対に敵わないが、アマリアの魔導剣は飛び道具的に、細かな魔力の刃を放出することが出来るのだ。
実戦の戦力としては、メイベルはおそらくこの国の誰よりも強い。
だが、指定範囲で限定条件のある試合の様な場では、数人、彼と拮抗するレベルの実力を持っている人間がいる。
アマリアもその一人である。
人間嫌いの引きこもりであったヨルナスは、当然ながらコミュ障である。しかもコンプレックスの元凶ともいえる陽キャの兄の華やかな友人になど、通常ならば話し掛ける勇気はない。
だがその時ばかりは差し入れを持っていく役目を自然と買って出ていた。
近づいて、また驚く。
(なんて綺麗な人だ……!)
化粧っけのない肌に汗を流し、腕で豪快にそれを拭うアマリアに、ヨルナスの心臓は跳ねた。
「どどどど、どうぞ!」
盛大に噛みながらドリンクを渡す手が、プルプル震える。
瓶底眼鏡のお坊ちゃまカットであるヨルナスを捉える、アマリアの深い緑の瞳。
自らの意思でそうした冴えない見た目が、初めて物凄く恥ずかしかった。彼が瓶底眼鏡で人前に出ていったことを後悔したのは、後にも先にもこの時だけである。
しかしそんな彼にアマリアは、
「ふふ、ありがとう」
と非常に屈託のない笑みを向けた。
しかも
「君はメイベルの弟君か? 可愛いな」
……可愛い。(※脳内リピート)
と言いながらドリンクを取った後での、はにかんだ顔での礼
「ふふ、ありがとう」
──と、頭ポンポン。(※トドメ)
その後のことを彼は覚えていない。
アマリアが帰っても暫くの間、ヨルナスは放心状態だった。
心を一気に彼女に持っていかれた……寝ても覚めてもアマリアのことばかり。
そしてアマリアはヨルナスの
ア イ ド ル と 化 し た 。
──『いやそこ初恋じゃないんかい!』と思われたかもしれないが、初恋ではあるが、圧倒的にアイドル要素の比重が高かったのだから仕方がない。
とにかくこれを機に、ヨルナスはアマリアの熱烈な追っかけとなる。
実際、人気職の騎士だ。
見目の良い者、活躍した者は、絵姿等が売られることはそう珍しいことではない。
だが今でも人気の高いアマリア、メイベル、ハドリー……三人の当時の人気は尋常ではなかった。
それはかつて例がない絶大な人気を誇っており……巷でもアイドル扱いで、絵姿の複製を貼った妙なグッズ販売まで行われてしまい、絵姿の規制がされるという、レイヴェンタール史上稀に見る珍事が起こる程。
ヨルナスはそれらのグッズを、全て入手している。
正規品は購入し、不正グッズは流通経路を尽く全力で潰し、時に手柄を立てつつも、その際に密かに着服していた。
そんなことをしていたので、グッズ購入や追っかけ活動にあたり身バレを防ぐため、彼はその見た目を生かして女装していた。
仲の良い同志(ヲタ友)もでき……初めての、楽しい日々。
同志がイケメンの男だった場合、気のあるフリをしたり、他の同志とくっつけたりしてアマリアから遠ざけるという、非常に地道な努力をしたのもいい思い出だ。
灰色一色だった彼の学生時代に、鮮やかな色を付けたのがアマリア・イランドローネ、その女性だったのである。
★★★
弟より大分先に帰ったメイベルは、サンダース家タウンハウスに呼んだハドリーと酒を酌み交わしていた。
当然ながら、ツマミとなる話題はアマリアとヨルナスの事である。
「兄さん……私をアマリアさんの見合いの相手にしてください!」
眼鏡を握り潰した後、ヨルナスはそう言って、メイベルに頭を下げてきた。
──そのことに、メイベルは少なからず驚いていた。
ふたりの接点は自分とハドリー以外にないが、アマリアと自分が出会う前から兄弟仲はあまり良くない……というよりも、兄弟らしい交流をする機会がなかった。
メイベルが戻った時ヨルナスはまだ幼児だったし、10年も家から離れていたメイベルは、詰め込み式に教育を受けさせられていたのだからそれも仕方がない。
だが、気が付いた時にはヨルナスは兄に対してコンプレックスを抱いており、自分だけでなく他人を寄せ付けなくなっていた。
そのためアマリアと会わせた、という記憶も特にない。
ヨルナスがアマリアと会った時のことを、メイベルは覚えてはいなかったのだ。
「魔導師団に入ってから、お前、アイツとアマリアを会わせたの?」
「いや……そんな記憶はないな。 団自体で会うような任務や交流もないし」
ハドリーに聞いても答えは似たようなものだった。
騎士団員と第3魔導師団員の交流は滅多になく、しかも優秀だがコミュ障のヨルナスは研究室に篭もりっぱなし。
アマリアとの接点はメイベルよりも更にないようだった。
そんな彼が眼鏡を握り潰すほど強い気持ちでアマリアの見合いに憤り、嫌いな兄に頭を下げて立候補したのである。
気にならないわけがなかった。
しかも、ふたりは酒を飲んでいる。
『ヨルナスの部屋を探ってみよう』というメイベルの悪ノリの提案を、ハドリーは止めなかった。
通常ならば多少酔っていてもそんなことは決してしないハドリーだが、普段のヨルナスからは考えられない豹変ぶりが気になったのだ。
「アイツの部屋、魔法でロックかけてやがるからさ。 それだけどうにかしてよ」
「……扉だけだぞ。 それ以上は流石に許さん」
(まあヨルナスのことだ、あらゆるところに施錠しているだろうな……)
ハドリーが簡単に悪ノリに加担したのは、気になりつつも、そう思っていたが故の気軽さからだ。
しかし、扉を開けると──
「「!!!」」
そこには壁一面、アマリアの絵姿だらけであった。
滅茶苦茶引いたメイベルとハドリーは、即、扉を閉めて施錠を行い、物凄い速さで部屋に戻った。
「──ハドリー…………俺、弟が気持ち悪いんだが」
「……返答に困ることを言うな」
結局ほとんどなにもわからなかったが、『知らなくていいことってあるよね』ということで合意。
我々は何も見なかった。
……そういうことにした。