騎士団長は可愛いモノが好き
少女は可愛いモノが好きだった。
フリルの沢山ついたスカート。
パステルカラーのリボン。
小花柄のワンピース。
押し花のしおり。
刺繍のクッションカバー。
レースのクロス。
動物のぬいぐるみ。
天蓋のついたベッドにかけられたドレープの美しいカーテンには、花飾りのついたタッセル。
テーブルにあるお気に入りのアンティーク風の燭台には、花を一緒に固めた蝋燭。
それらは全て、妹にあげた。
少女が好んで読んだ恋愛小説のキャラクターのような意地悪な妹がとったのではなく、自らの意思で、可愛い妹に。
理由は単純。
──少女は可愛いモノが似合わなかったからである。
少なくとも、少女はそう思ったから。
★★★
「……私に見合いだと?」
「そうなんだよ、アマリア。 しかも相手が俺とか、クソ笑えねぇ冗談だ」
久しぶりに第22騎士団団長アマリアの元に来た同期のメイベル・サンダース第9騎士団団長はそう言うと、ぞんざいにソファに寄り掛かり、姿絵の入った釣書をふたつ、テーブルに放り投げる。
同期とは言ってもメイベルは騎士団に入ったのが遅く、彼の方が5歳程上だ。
だが、年齢より若く見られるアマリアよりも更に若く見られる小柄な彼は『化け物少年団長』『ちっさい鬼』などと影で言われている。これらは顔も非常に可愛らしいメイベルが、それに反してとんでもなく血気盛んな剣鬼であるが故についた渾名でもある。
「メイベルの顔は好きだが、メイベルは勘弁願いたい。 そもそも騎士団員はゴメンだ」
可愛いモノが好きな少女……幼少期のアマリアは、愛らしい妹と比べて可愛くない自分に、ふとした瞬間に気づいてしまった。
そして可愛いものが好きなのとは別に、身体を動かすことがことのほか得意であることにも。
逆に憧れている少女趣味な習い事は、真面目に取り組んでいるにも関わらずいつまで経っても上手くならなかった。
たまたま余興でした男装が大いにウケたことをきっかけに、身体を動かすことが『好き』の部類だった幼い彼女は『可愛い』に潔く見切りをつけることにした。
それからは妹に『可愛い』は任せ、可愛い妹の為に『カッコイイ姉』となるべく騎士を目指し、今に至る。
彼女は若くして第22騎士団団長となった。
思っていた以上に、彼女は運動能力に秀でていたのだ。判断力の妙……いや、神の導きかもしれない。
第22騎士団は、女性のみ。
だが侮るなかれ……女子とはいえ全ての団員は厳しい試験に合格した上、規定により他団を経験済みで、更に選抜試験をくぐり抜けた精鋭達である。
第22騎士団は高貴な女性を守ることや、女性にしか入れない場所の警備などを主な目的としているが、それだけに、なまじ男に負けるようでは話にならないからである。
その長というのは、非常に誉れ高いが……その分アマリアは婚期を逃していた。
一般の騎士団の女子率は非常に低いので、大抵そこで他団員と恋仲になるか、お手付きになる前に婚約してから入るのが常である。団内での婚約している者への不貞には、特に男性側に非常に厳しい罰則がある為にまず言い寄られない。
アマリアは可愛い系ではないが、整った顔をしている上、良家の子女である。
婚約をしていなかった彼女に言い寄る男は数多かった。
しかし本人も言ったとおり、『騎士団員はゴメン』であるアマリアは、言い寄ってきた男をバッタバッタと薙ぎ倒してきた。
最早、彼女に言い寄る剛の者は……皆無。
「……ところでなんでふたつあるんだ? 嫌な予感しかしない」
「ひとつはハドリーだ」
「ハドリー……いや、勘弁しろ。 なんで同期ばかり……」
ハドリーは魔導師団第三師団長であり、所属は違うがやはり同期。
彼は魔術師団に入った後、騎士団の経験も必要と考え特例で騎士団に入団した男で、年齢はメイベルと同じだ。
三人はウマが合い仲良くはしていたが……それぞれ余計に恋愛感情とはかけ離れた相手だった。
「それにハドリーは男前だが、タイプじゃない。失礼ながら私にも好みがある」
「そもそもお前の好みってなんだよ? 騎士団員は駄目だから魔導師団員はいいのかと思ったんだが」
「私は筋肉ムキムキの汗臭い男が嫌いなんだ! ハドリーは違うし、なんなら美形の部類だが……もっとこう…………だからメイベル、お前の顔は好みなんだ!」
「口説いてんのか?」
少女の頃に『可愛い』を捨てたアマリアだが……やっぱり可愛いモノが好きだった。
男の(見た目的な)趣味も然り。小柄で可愛い方が好ましい。しかし、いい歳(ちなみに35である)して『可愛い子が好き♡』と言うのはなんとなく恥ずかしかった。
決してアマリアはメイベルを口説いている訳ではない。勿論メイベルもそれはわかっている。単なる軽口である。
「馬鹿を言え……顔だけだ。 大体小柄なのはいいとして、身体は全く好みじゃない。 筋肉なんてなくていい。 ちょっと具合が悪いんじゃないかくらいの細っちいのが好みだ」
「マニアック!」
「いいだろ、別に! 皆がみんな筋肉が好きだと思うな!!」
アマリアはいかにも庇護欲をそそられる系のか弱い男子が好みなのだ。
筋肉なんて、要らない。
物理攻撃からは自分が守る。
「じゃあさぁ、アマリアちゃん。 彼なんてピッタリよ~♪」
「どこの見合いババアだ」
「まあまあ」と言いながら、メイベルはもうひとつの釣書を手に取った。
絵姿は、メイベルそっくりの青年。
「…………は?!」
最初それがメイベルだと思ったアマリアは『ふざけているのか』と言おうとしたが、メイベルはニヤニヤしながら指を振り否定する。
「彼はヨルナス。 10コ下の俺ちんの弟です。 魔導師団員」
「お前……木の股から生まれたんじゃなかったんだな」
「失礼な……一応貴族の子らしいぜ? まあ俺は森育ちだけど」
余談だがメイベル・サンダースは良家の子息であり、彼は幼少期に領地で起こった内乱の際に行方不明になっている。10年の間に渡りの兵士として至るところで戦果を挙げ、サンダース家に発見された。……森育ちが本当かどうかは、彼にしかわからない。
メイベルはとうの昔に自力で戻れたが、貴族の生活が嫌で、あんまり戻りたくなかったらしい。家に戻らされると案の定拘束され、教育を受けさせられた。
その為騎士団に入るのが遅れたのだ。
「ヨルナスはもともと身体が弱くて、元気になった今も魔導師団で研究所に篭もりっきりだ。 ピッタリだろ?」
「……お前、はなからそのつもりで来ただろ。 メイベルが義理の兄とか……」
「お気に召さない? なら……」
メイベルは釣書を奪おうとしたが、アマリアは無意識でそれを避けた。
自分のしたことに自分でも信じられないが……ぶっちゃけ、
滅 茶 苦 茶 タ イ プ で あ る 。
──齢35にして、こんな良縁がよもや自分にまわってくるとは……!
──だが、相手はメイベルの弟……!
「くっ……殺せ……!」
「なにそれ」
そんな葛藤から思わずくっ殺発言をしてしまうアマリアだったが、その手の中の釣書を決して離そうとはしなかった。
不定期更新です。
魔が差したんだ……