1話 出会い
見てくださってありがとうございます。
注意書きでも書きましたが、この作品は1日5行しかかけてなくてもとりあえず毎日投稿しよう! という試みの元始まってます。そのため、1話の内容が5行しか無い日もあると思います、御容赦ください。
※1話目だけ、書き溜めてたので沢山書いてあります。(1話目作るのに2ヶ月かかりました。設定考えなきゃいけないとはいえ、亀さんペースです、許してください)
草花が生い茂り、木々の隙間から日光が漏れる森で、一人の少年が息絶えた巨大な猪を背中に、剣を構えていた。剣の先には棍棒を携えた小鬼が複数おり、猪を横取りしようとしてるのは口から垂れるヨダレを見ても間違いなかった。
「これは俺のだ!お前らなんかにやるもんか!」
先に動いたのは少年だった。素早く小鬼との距離を詰めると、小鬼達の腹を目掛け、剣を横に薙いだ。小鬼達は断末魔をあげてその場に崩れ落ちるが、少年の攻撃を一匹の小鬼だけジャンプで避けていた。その小鬼は落下する速度も加算させ、少年目掛けて棍棒を打ち下ろす。
肉を叩いた鈍い音が空気を震わせ、少年は後ろに吹っ飛ばされる。
「ぐぅっ!」
猪にぶつかり勢いが止まった少年。棍棒で殴られた肩と猪にモロにぶつかった背中には痛みと熱が走る。そんな少年に追撃しようと小鬼は距離を詰める。小鬼は少年の丹田を狙って棍棒を振るおうとするが、その前に少年の剣が小鬼の喉元を捉えた。
「はぁ…… 危なかったなぁ。殴られたとこ、アザになったりしないよね?」
少年は殴られた箇所である右肩を服の間から覗き見る。そこにはしっかりと赤黒いアザが出来ていた。
「アザになっちゃってるか…… 薬草も採取しとこうかな」
少年は辺りを見回し、怪我に効く薬草を何個か見つけることが出来た。その内の何個かを採取し、腰にぶら下げていた竹で作られた水筒の水で薬草を洗い、そのまま生で食べる。口の中いっぱいに広がる苦味に少年は眉を顰め、早々に飲み込み水で流し込んだ。
「うげぇ…… 何回食べてもこの味は慣れないなぁ」
少年は口直しに果実や木の実を探しはじめる。中々見つからず手こずっていると、少年より一回りは大きい青年が、荷車を引きながら森の奥から手を振りつつ駆け寄ってくる。
「おーいイズモ! 悪いな遅れて~ 猪運ぶための荷車、持ってきたぞ~!」
「遅いよアルコ! こっちは、ゴブリンに襲われて大変だったんだよー!? ほら見てここ、ゴブリンに殴られたんだよ!」
イズモはゴブリンとの戦いで出来た傷を、荷車を引いてきたアルコに見せる。
「そりゃ、ゴブリン相手に殴られるお前が悪い。ほら、さっさと猪乗っけて帰るぞー。早くしねぇと日が暮れちまう」
「せめて労いの言葉が欲しかった!」
二人は2mはあるだろう巨大な猪を荷車に乗せ、アルコが来た道を引き返した。アルコは荷車を引き、イズモは荷車の後ろに腰掛け背後から敵が来ないか警戒する。
「そういや、明日から中央の方へ行くんだっけか。荷造りは済んだか?」
アルコは荷車を引きながら、後ろにいるイズモに声をかける。
「うん。明日は待ちに待った命響式だから、準備は万端!」
「ちっちゃくて弱々しかったイズモが命響式とはね。時の流れははやいもんだ」
「ふふ、あと一年もすればアルコより強くなってるよ」
「小鬼相手に不覚をとってるようじゃまだまだ無理だな」
アルコはそう言って笑い声をあげた。
「うるさいなー! ……あ、それよりさ、なんでアルコは遅れてきたのさ?」
「ここ最近、仕事サボって遊んでた事が村長にバレてな。かなりしつこく説教されたわ」
「それはアルコが悪いよ……」
「あと純粋に、荷造り忘れてたからしてた」
「人に言っておいて!? ……って、なんだあれ」
イズモは背後から前へと流れていく景色の中で、ある光景を見た。それは、木々の隙間から現れた黒髪の少女と、それを追う十数匹の小鬼達の群れ。少女は右足を引き摺っており、捕まるのは時間の問題だろう。
「アルコ止まれ! 女の子がゴブリン達に襲われてる!」
そう言い放つのと同時に、イズモは荷車から飛び降り剣を抜いて少女のもとへと走り出していた。
小鬼達から逃げる少女は涙を流し、恐怖からか悲鳴すらあげることが出来ずにただただ走る。しかし、不運なことに木々の根っこに足を取られ転倒してしまう。これ幸いと小鬼達は下卑た笑みを浮かべ、少女へと魔の手が伸びる。
「やらせるかよ!」
イズモは手にしていた剣を、少女を掴もうとしていた小鬼目掛けて投擲する。投擲した剣は狙いたがわず小鬼の身体へと命中し、小鬼は倒れた。
その間にイズモは女の子の元へと辿り着き、未だ襲い掛かる小鬼の一匹を殴り飛ばす。
「ここから逃げるよ! 君、立てる!?」
少女に問うイズモ。少女は状況が飲み込めない様で、ボロボロと玉のような大粒の涙を流しつつ、ただイズモの顔を見ていた。
「イズモ、早くその子連れてこっちこい!」
いつの間にか弓を構えていたアルコが、イズモと少女に襲い掛かる小鬼の一匹を撃ち抜きつつそう叫ぶ。イズモは投擲した剣を小鬼から引き抜き、近くによってきていた一匹を切り捨てる。そして、剣を鞘にしまい、泣きじゃくる少女を強引に背負う。
「ごめんね、ちゃんと捕まってて!」
イズモの言葉に反応してか、少女はイズモの服をしっかりと掴む。
「アルコ、援護!」
「わかってるよ!」
アルコはイズモと少女に近い小鬼達から順に矢を放つ。その精度は高く、未だ一つも的を外さない。その隙にイズモはアルコのいる荷車に辿り着き、少女を荷車の上へ載せる。
「俺が引くから、アルコは後方に乗って倒しまくって!」
「任せとけ! 【弓術魔法】矢雨!」
アルコが魔法を唱えると、小鬼達の上に魔法陣が浮かび上がり雨のように矢が降り注ぐ。
「大体片付いたか……? いや、悲しいことにあちら側の援軍が来てますな」
小鬼達は木々の隙間から続々現れ、その数は数十匹ほどに膨れ上がっていた。
「矢雨は一回使っちゃうと次使えるようになるまで時間かかるからなぁ。うん、これは逃げ切るしかねーな。イズモ、もっと早く走れ」
「無茶いうなよ! 既に全速力だよ!」
「大丈夫大丈夫、強化魔法かけてやっから」
アルコが魔法を唱えると、イズモ荷車を引いて走る速度が格段にあがり、みるみるうちに小鬼達との距離をひらいていく。
「おお! これなら余裕だ!」
5分も経たないうちに小鬼達の姿が見えなくなるほど距離を稼ぎ、そのまま逃げ切ることに成功した。
「おっ、もうアイツら見えねぇな。何とか逃げきれたみてぇで良かったわ」
「ほんと!? じゃあ、ちょっと休んでいい? もうクタクタだし……」
「あぁ、代わってやるから休んどけ。ま、村まであと10分もかからんがなー」
アルコと役割を交代したイズモは、荷車の後方へと移動する。
「あの、その…… あ、ありがとう……!」
声のする方を向くと、泣き止んだ少女がイズモに向かって頭を下げていた。
「ん。いやいや当然の事したまでだよ。それより、足の怪我は大丈夫?」
ボロボロのワンピースから覗かせる少女の右足は赤く腫れ上がっており、見ているだけで痛々しい。
「う、うん。だ、大丈夫」
「ほんと? ……気休め程度だけど、これ、食べて」
イズモは肩を殴られた時に採取した薬草の残りを少女に差し出す。
「かなり苦いけど、その分効果は保証するよ」
少女は恐る恐る受け取り、意を決して薬草を食べる。薬草の苦味と闘ってるのか、俯き身体を小刻みに震わせる。
「あっ、水でも飲んで流し込んで!」
イズモは自分の水筒を差し出す。少女は水筒を奪い取るように水筒を受け取り、直ぐに水を飲んで苦味を流し込む。勢いよく飲み込み過ぎたのか、少女はむせて咳き込む。
「わぁ、大丈夫!?」
咳き込む少女の背中を擦るイズモ。
「ゲホッ、だ、大丈夫です! ごめんなさい!」
少女の咳は2、3回咳き込んだ後止まった。
「ごめんね、今はこれしか手当のしようがなくて……」
「イズモは雑だからな。せめて煎じるとかしてあげろよ」
「うるさいなー。アルコだって雑だろ」
イズモはアルコの野次に答えつつ、自分の服を破る。
「えぇ!? な、なにを!?」
少女はイズモの行動に驚き、慌てる。
「ごめん、包帯とか持ってないからさ。汚いかもだけど、我慢してね」
イズモは赤く腫れ上がっている少女の右脚に薬草を当てる。
「この薬草、当ててるだけでも効果あるから。村に戻ったらちゃんと手当するから、安心して」
「あ、ありがとう……」
イズモは破った自分の服を包帯代わりにして、薬草を固定する。
「あ! ごめん、自己紹介してなかったね! 俺はイズモ。近くの村に住んでるんだ」
「俺はアルコ、よろしくなー」
イズモとアルコの2人は少女に自己紹介する。少女は縮こまりながら口を開く。
「私は、ヒメミヤ マシロ、です。助けてくれて、あ、ありがとう……」
マシロはどもりながら自己紹介をする。
「ヒメミヤ? 珍しい名前だね?」
「い、いや、マシロが名前…… あっ!?」
イズモの問いに答えたマシロだったが、直ぐに「しまった」という表情になった。
「あれ? マシロが名前ってことは、ヒメミヤが名字……? それって―――」
「おい、マシロ。お前、異世界人か?」
アルコの鋭く、力が入った指摘にマシロは縮こまりたじろぐ。
「あっ、いや、その……」
答えに困るマシロ。肩をすぼめ、身体はどんどんと震え出す。そして、何を思ったか荷車を飛び降りようとする。
「えっ!? ちょ、あ、危ないよ!?」
マシロの飛び降りに反応したイズモがマシロをしっかりとキャッチする。しかし、マシロは逃げ出そうとバタバタと暴れる。
「は、離して、ください!」
「いや、離すわけないだろ!? その足で飛び降りたら怪我するぞ!?」
イズモの警告を受けても、じたばたと暴れ飛び降りようとするマシロ。身体は激しく震え、腕も冷たくなっているのがイズモには分かった。
「あー…… 異世界人はよく迫害されやすいからな、その口か」
「迫害? どーゆー事だよアルコ!」
「そのまんまだ。イズモはうちの村から出たことないから知らないだろうけどな、異世界出身ってだけで差別するような輩は沢山いんだよ。もしかしたら足の傷もそのせいかもな」
「なっんだそりゃ……! と、とりあえずマシロ! 俺達は味方だ!マシロを傷つけたりしないから、とりあえず、落ち着け!」
イズモのその言葉に少し安心したのか、マシロは暴れるのを止める。
「ほ、本当……?」
「本当だよ、安心して。俺達の村に異世界出身だからって、虐めるようなやつはいない!」
「まぁ、はぐれ者ばっかりだからなー俺らの村。出身とか身分とか考えるだけ面倒って考えの奴らばっかりだろ」
落ち着いてきた様なので、イズモはマシロを荷車に下ろす。少し時間が流れたあと、降ろされたマシロはか細い声でぽつりぽつりと話す。
「……その、ごめんなさい。私、異世界人ってだけで皆から虐められ、て。怖くなっちゃって、村を、逃げ出したんです」
そう語るマシロの目には涙が浮かんでいた。
「元の世界に帰りたくて、こっちの世界に来た時の場所に行けば何かわかるかもって、森に行ったら、ゴブリン達に襲われて……」
マシロは泣きじゃくり、嗚咽が漏れる。その様子にどうしていいか分からず、イズモはただただマシロの背中をさすり、慰めの言葉をかけ続ける。
「んー、マシロ。詳しいことは分からねぇが、本当に元の世界に帰りたいなら中央へ行くしかねぇな」
アルコは荷車を引きつつそう話す。
「こっちじゃ情報も限られてるし、中央へいけば他の異世界出身者を見つけられるかもしれないからな」
「まぁ、確かにそうかもね。マシロ、どうする?」
「えっ!? いや、あの、その……」
突然の展開に、マシロは明らかに困惑する。
「こらこら急かすな。とりあえず何するにもその怪我は治すのが先決だろ? 俺らの村で手当してから決めても遅くないさ。……ほら、見えてきたぞ!」
2人と猪を乗せた荷車は深い森をぬけ、正面には木の柵に囲まれた小さい村が見える。物見櫓からこちらの様子が見えてるのか、3人が近づくだけで木製の門が鈍い音と共に開く。
「おう、よく帰ったなアルコ、イズモ。そんだけでっけぇ猪狩るとは、イズモも腕上げたな!」
物見櫓からするりと降り、3人を出迎えてくれたのは無精髭を生やした白髪の男性だった。男性は荷車いっぱいに乗っかる猪に目を奪われるが、すぐにイズモの隣に座る傷だらけの黒髪の少女へと目線が移る。
「おい、アルコ、イズモ。この子は?」
「その子はマシロ。帰り道でゴブリンの群れに襲われてるところをアルコと一緒に助けたの」
「おお、よく助けたな。偉いぞ」
男性は両手でアルコとイズモの頭を雑に撫でる。
「怪我もしてるみてぇだし、早くばーさんとこに行きな。俺はちょっくら森の見回りしてくるわ」
男性はそういうと、槍を持って森の方へと歩き出した。
「こ、こんな夜中に一人で森に行って、あ、あの方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。あのじーさん、元王国騎士団員だったらしくて、そこら辺の冒険者や野盗より強ぇから。それよりイズモ、マシロ連れてさっさとばーさんとこ行ってこい。村長にゃ俺が伝えてくるからよ」
アルコはぶっきらぼうにそう言うと、荷車から2人を降ろして村の中心部へと去っていった。
「マシロ、ほら乗って?」
イズモはマシロをおんぶしようとその場にしゃがんで声をかける。
「えっ!? いや、わ、私、歩けるから大丈夫……」
右脚に体重をかけた途端、鋭い痛みがマシロを襲う。痛みから顔は強張り、声が漏れる。
「無理しちゃダメだよ!? ほら、乗って!」
イズモの強い押しに負け、マシロは申し訳なさそうに背中におぶさる。イズモはおんぶしながら軽々と立ち上がる。
「その…… ありがとう」
「いーっていーって。困った時はお互い様だよ」
嫌そうな素振りひとつせず、イズモはマシロをおぶって歩みを進める。
「あの、アルコさんが言ってたばーさん?って方は誰なんですか……?」
歩き始めて数分たった頃、マシロがイズモに尋ねた。
「あぁ、マギアさんってお婆さんで、この村一番の魔法使いなんだ。凄いんだよ、元魔法騎士団員で回復魔法だけじゃなくて、攻撃魔法も得意なんだよ」
「ま、魔法……ですか? 」
マシロは首を傾げる。
「あれ、魔法分かんない? 魔法はね、魔力?っていう力を使って火を出したり、傷を癒したり、色んなことが出来るんだよ。ほら、アルコがゴブリン倒す時に魔法使ってたでしょ? 空から矢の雨降らせてたよ」
「あの、その、私その時、荷車で倒れてて……」
「そっか。……うーん、俺、魔法苦手なんだけど」
そう言うと、イズモは首元から顔を覗かせるマシロに見える位置に右手をだす。
「【生活魔法】スパーク」
唱えるやいなや、イズモの右の掌には、小さな赤い火花の塊が現れる。
「えっ!? あ、熱くないですか!?」
「大丈夫大丈夫。ほら、見ててね! 」
火花は何かに捏ねられるようにグニグニと動くと、複数の珠へと変貌する。それは数瞬過ぎると上へと打ち上がり、花火のように花開く。
花開いた花火は赤色だけでなく、青や緑と色とりどりだった。
「わぁ…綺麗……」
マシロはプチ花火に釘付けで、感嘆の声が漏れる。
「へへっ、凄いだろ?」
「うん! 他にもできるの?」
「そーだなー…… 【生活魔法】ウォーター」
マシロのリクエストに答えるべく、イズモはまた魔法を唱えると、今度は手の上に水の塊が生成される。イズモが力を込めると、水の塊が例のごとく捏ねられるようにグニグニ動き、兎の形へと変貌する。
「わぁ! 兎さんだ!」
マシロはにっこりと、口元がほころんだ。
イズモは続けて水の塊を鳥や猫に変身させると、マシロはそのどれもにはしゃいでいた。
「ふふ、ちょっとは緊張とれた?」
「え?」
マシロはイズモの言葉にきょとんとした顔をする。
「マシロ、会った時からずーっと不安そうな顔してたからさ。やっと笑ってるところ見れたなーって」
「あ……」
イズモは笑顔でそう言った。
「あ! あと、そんなにかしこまらなくてもいいよ?」
「いや、でも、それは…… 」
「無理強いはしないけとさ、魔法見せた時はかしこまってなかったし、そっちが自然体なのかなーって」
「そ、それはその、そうなんだけど……」
マシロは少しばかり逡巡した後、力なく頷く。
「わ、わかった。イズモと話す時は、そうする」
「うん、ありがとうマシロ!」
イズモがマシロにタメ語で話すよう粘った理由は、自分との距離を縮めることで、なんとか異世界への忌避感を和らげようという優しい考えからだったのだが。それはそれとして、その光景に涙を浮かべながら、不審者よろしく木々の隙間から覗き見る老婆が1人。老婆は声をこらえていたものの、すぐに耐えきれず声が漏れる。
「……なにやってるのマギアさん」
老婆が隠れていた事に気づいたイズモが、ジト目で詰問する。
「いやなに、イズモが帰ってきたかなと思って迎えに行ったら、その子をおぶって歩いてくるのが見えてね。まさかイズモに彼女ができるとは…… あぁ成長って早いねぇ」
「いやっ、ちがっ、違うよマギアさん!」
考えてもいないことを言われて突然意識してしまったのか、イズモは顔を赤らめる。
「この子、ゴブリンに襲われてる所をアルコと一緒に助けたんだ。それで、足を怪我してるから、マギアさんに回復魔法で治してもらおうと……」
「なんだい、年寄りの早とちりかい。はーっ、お前もアルコも女っ気が無さすぎるよ。2人とも顔は悪くないし、性格もいいんだが…… 」
「ちょ、マギアさんやめて! 恥ずかしい!」
突然の辱めに、イズモは更に赤面する。
「そ、そんな事より! 早く足の怪我治してあげて!」
「ん? あぁごめんごめん。お嬢ちゃん、名前は?」
「あっ、ヒメ……いや、マシロ、マシロ・ヒメミヤです!」
マシロはまたも苗字から自己紹介しそうになりそうな所を、ギリギリで気づいて修正する。しかし、マギアはじっとマシロを見ると
「ふーん、マシロ、お前さん異世界人か」
マシロが異世界人である事をすぐに看破した。
あまりの事にマシロは目を見開いてどもる。
「な、なんで……!?」
「ここらじゃ珍しい黒髪だし、名乗る時に戸惑ってたからねぇ。カマかけて見たんだが、大当たりかい」
「えぇ!?」
戸惑うマシロと裏腹に、マギアは腹を抱えて笑い声を上げる。
「なーに、あたしゃ一部のアホどもと違って、異世界人だからって差別しないよ。でも、少しばかり人を疑うことを覚えた方がいいね」
「マギアさん、マシロからかってないで早く足治してあげてくださいよ……」
「ババアを舐めるなイズモ。既に治し終わっとる。もちろん、お前の肩の傷もな」
その言葉に驚きつつ、イズモとマシロは半信半疑でそれぞれの負傷箇所を見る。痛々しく腫れ上がっていたマシロの右脚は腫れが引いており、イズモの右肩にあった赤黒い痣はその跡すら見受けられなかった。さらに、マシロのボロボロの服も全て修繕され、汚れも落ちていた。
「い、いつの間に……」
「マシロは知らんだろうけどね、あたしゃの魔法の腕は相当なもんさ。その程度の傷、一瞬で治せるよ」
マギアは誇らしげに語る。マシロはイズモに下ろしてもらうと、恐る恐る怪我をしていた右脚に体重をかける。痛みは全く感じられず、信じられないのか軽くジャンプをしてさらに確かめる。
「さて、傷も治ったことだし、村長の所へ行くとするかい。これからの事はそこで話そうじゃないかい」
そう言うと、マギアの足元から紫色の魔法陣が広がる。その魔法陣は一瞬の内にマシロとイズモを包む。
「【転移魔法】転門」
その言葉が聞こえるや否や、3人はいつの間にか別の場所へと転移していた。そこにはアルコと、アルコの話を聞いているサングラスをかけた40代ほどの男性がいた。
「ヤー坊、邪魔するよ」
「……マギアさん、俺はもう村長なんだ、ヤー坊はよしてくれ」
アルコの話を聞いていた男性は、溜息をつきながらそう返す。尚、アルコは「ヤー坊って…… ヤー坊って……」と顔を隠して大ウケしていた。男性はアルコに拳骨をひとつ落とすと、イズモに視線を移す。
「イズモ、お前の後ろに隠れてる子がマシロであってるかい?」
「あ、うんそうだよ」
転移直後にマシロは咄嗟にイズモの後ろへと隠れてから、そこから離れようとしなかった。
「……なんか、嫌われてないか、俺」
「おっさん、初対面の人から大体恐れられるじゃん。顔が怖いんだよ顔が。あとはほら、おっさんに呼び捨てにされると威圧感が半端ないから、もっと圧をかけないよつに心掛けなよ」
アルコはそう軽口を挟む。事実、この男性の顔は古傷が複数存在し、その上サングラスをかけているせいでどことなく近寄り難い雰囲気を醸し出している。
「ふむ、そうか…… 初めましてだな、マシロちゃん。俺がこの村の村長、ヤードムだ」
「人の話聞いてた? 威圧感減るどころか増してんだけど?」
「いや、ちゃんとちゃん付けで呼んだぞ?」
「その無鉄砲なアレンジのせいで不審人物感増してるんだよ。マシロをみなよ、震えてイズモから離れねぇぞ」
アルコの指摘通り、マシロは怯えてイズモの傍を離れようとしない。ヤードムは現状に小首を傾げ、アルコと話して対策を話し始める。しかし、そのどれもが決定的なものはなく、またも考えを巡らす。
「おい、そこの馬鹿親子。まだ時間無駄にする気ならあたしゃが許さないよ」
マギアの鶴の一声で、2人は正座し縮こまる。
「親子……なんですか?」
「まぁな。だからといって、得することなんかひとつも無いけどな。むしろ、いい子ちゃんでいなきゃいけねぇから疲れるだけだ」
アルコは頭を掻きながら嫌そうな顔を浮かべてそう言った。
「年中やんちゃ坊主だろうがお前は。それより、ヤードムはマシロが異世界人って事は聞いたかい?」
「あぁ、アルコから聞いた。それで、マシロよ。確認なんだが、お前は元の世界に帰りたいか?」
「えっ……?」
ヤードムは言葉を続ける。
「元の世界に帰る。語るのは容易だが、その道は永く、過酷で、困難だ。情報収集は勿論、相応に強くなる必要もある。時には命を賭け、場合によっては他者を傷つける必要もあるかもしれない」
ヤードムの声のトーンは低くなる。
「それでも君は、元の世界へ帰りたいか?」
「そ、それ…… は……」
ヤードムの問いに、マシロは言葉を詰まらせる。
緊迫感や威圧感からか、マシロはイズモの服さらに強く掴む。
「あ…… うぅ……」
「どうした、答えろ。お前の望みは、ほんの少しの情報で揺らぐ程度のものか? 」
ヤードムの圧はさらに増し、その矛先にいるマシロの目には涙が浮かび、ポロポロと硝子玉のような涙が零れ落ちる。アルコやマギアは、ヤードムの問いの重要性を理解しているのか、マシロへ助け舟を出すことはせず、マシロを見守る。
「マシロ、大丈夫。勇気出して」
イズモはヤードムの方を向きつつ、マシロにだけ聞こえるように小さく、優しく呟く。その言葉に勇気づけられたのか、マシロはイズモの体に隠れるのをやめ、ヤードムの前に1人で立つ。その立ち振る舞いは未だ怯えてはいるものの、しっかりとヤードムを見据えている。
「……わ、わたしは! か、帰りたい、です! おかーさん、おとーさんに、も、もう一度、会いたいんです!」
マシロは意を決して、泣き叫ぶようにそう言った。その言葉は村長宅に木霊し、静寂に溶ける。
その場にいる全員がマシロを見つめ、少女の告白に目を奪われる。そんな時が少しばかりか流れた頃、ヤードムは口を開く。
「……その覚悟、忘れるなよマシロ」
「……へ?」
鳩が豆鉄砲をくらったように、少女はきょとんと放心していた。そんな少女の頭を、イズモは優しく撫でる。
「良かったねマシロ。ヤードムさんも認めてくれたみたい」
「あ…… ヤ、ヤードムさん、ありがとうございます!」
マシロに返すように、ヤードムはニヤッと笑った。
「俺も手伝うよマシロ。……いいよねヤードムさん?」
「あぁ、勿論だ。どの道、お前に頼むつもりだったからな」
「やった!」
イズモは手放しで喜ぶ。
「ほら、そうと決まったら支度さね。まずは…… その髪だね。黒髪はこの国じゃ目立つ」
栗色、金色、藍色と、様々な髪の色があるこの世界ではあるが、黒髪の持ち主は一部地域を除いて極々少数である。
「天地の方なら黒髪は珍しくないんだが、この国じゃまず居ないからね。隠しておいて損は無いさ」
「……あの、マギアさん、天地ってなんですか?」
「マシロがどれだけこの世界について知らないのかは分かったよ…… アルコ、説明してやりな」
アルコは、「仕方ねぇなぁ」などとのたまい、咳払いをひとつして話し出す。
「マシロ、この世界にゃ大小様々、数多くの国があるんだよ。天地はその中でも五本の指に入る強国の1つだ」
「そ、そうだったんですか……」
「ちなみにマシロ、流石に知ってると思うけど、ここ、なんて国だか分かる?」
「なっ、イズモ馬鹿にしないでよ。こう見えても私、この世界に来てから1年過ごしてるんだからね? えーっと、その…… あれ……? 」
イズモは何も言わず、じーっと無言の圧力をマシロに浴びせる。
「あっ!? そ、そうです、確か…… ナール?」
「それは隣町の名前」
「うぐぅ……!」
答えが出なさそうなマシロを見て、イズモは微笑む。
「ごめん、意地悪して。この国は独立国家リベルタ、冒険者が建国した国って事もあって、冒険者が多いことが特徴だね。……その分、ならず者も多いけど」
イズモははにかみながらそう言う。
「出身国はよく聞かれるから、覚えとくんだね。
それで、髪の色なんだけど…… 魔法で変えちまってもいいかい?」
「えっ、そ、そんなこと出来るんですか?」
「あぁ。名前にちなんで白…… じゃ単純すぎかね。 マシロ、好きな色はあるかい?」
「あ、青色とか……」
マシロの返答にマギアは頷くと、その右手に杖が現れる。その杖を軽く横に振ると、その先端から光の泡が現れる。その泡はマシロの髪を包み込み、消えるとそこには白のインクに少しだけ青いインクを足したような髪があった。
「ほら自分で見てみな」
マギアは呪文を唱えると、マシロの目の前に水でできた鏡が現れる。マシロはその鏡に写った自分を見て、目を丸める。
「ほ、本当に髪の色が……」
「私が創った魔法だよ。この歳になると白髪が酷くてね。 効果時間は大体3日、水に濡れれば濡れる程その時間は短くなる」
「ん? 3日しかもたないなら意味が無くないか?」
「大丈夫さヤー坊。この魔法は前にイズモに教えたからね。マシロはイズモにこの魔法を教えてもらいな。魔法を覚えるまではイズモ、お前が毎日魔法をかけてやりな」
マギアがそう言うと、イズモは「はーい」と了解の旨を伝える。
「この魔法を覚えるのはそう難しくないから、すぐに覚えられるさ」
「俺は覚えられなかったけどな!」
何故か自慢げに、胸を張ってアルコは言う。
「アルコは魔法適正が壊滅的だから仕方ないさ」
「そ、それなら…… わ、私も覚えられないかも……」
「あたしゃが見る限り、マシロの魔法適正は高い。魔法適正が低いイズモでさえ覚えてるんだ、安心しな」
「えぇ!? イ、イズモさん、魔法上手でしたけど……」
イズモは照れくさいのか、頬をポリポリとかく。
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、マギアさんの言う通り、俺は魔法が苦手なんだ。応用するのは得意なんだけど、覚えるのがてんでダメでね」
「そ、そうだったんですか……」
「うん。まぁ、そんな俺でも覚えられてるから、マシロもきっと覚えられるよ!」
ニコニコと屈託のない笑顔で話すイズモのおかげで、マシロの不安は軽減された様子だった。
「さ、次は服装か。……ヤー坊、頼めるかい?」
「任された。アルコ、手伝え」
「えーっ!」
ヤードムは問答無用とばかりにアルコの頭を鷲掴みすると、そのままズルズルと引きずられて連行される。アルコは必死にギャーギャーと喚き散らすが、その声はどんどんと遠くなっていった。
「よし、これで服は大丈夫だね」
「あの…… 本当に大丈夫ですかあれ」
「大丈夫大丈夫。ヤードムに任せとけば間違いないさ」
「いえ、そっちじゃなくて……」
マシロのアルコを労る声は、マギアには通じなかった。
「あとは…… これからの流れさね。まず、明日の朝イチでこの村を出て、学園国家オリーブへ向かう事になる」
「そ、そんなに急に? しかも、他国ですか!?」
「明日は年に一度の命響式だからね。これを逃すと一年間無駄にすることなる。移動は安心しな、あたしゃの魔法使えばすぐさ」
「命響式ってなんですか?」
マシロは首を傾げる。
「命響式は特殊な唄を聞くための儀式でね。その唄を聞くと、命符を手に入れることが出来るのさ」
「めい、ふ?」
「命の符と書いて命符。そのものの命の《格》を表す符さ。《格》は人それぞれ、戦士、魔術師、武闘家、鍛冶屋、商人といった職業系から、歴史上の偉人、伝説上の武具、神話の神々、概念なんかもある。この命符の《格》に付随した力を、手に入れることが出来るのさ」
マギアは一息ついて、さらに続ける。
「ま、そんな訳で命響式は外せないのさ。ん、そういやマシロ、お前歳はいくつだい?」
「へ? あ、じ、12歳です……」
「えっ!? マシロ、俺より年上なの!?」
「へ? イ、イズモは……?」
「俺は10歳。この儀式、10歳以上の人が受けれるものだからさ、俺もやっと受けれるようになったんだ!」
イズモは嬉しそうにそう言った。
「マシロ、こっちの世界じゃイズモのように10歳になった年に受けるやつが多いからね。目立たないよう、なにか聞かれたら10歳ってことにしときな」
マシロは戸惑いながらも返事をする。それを聞き、マギアは説明を続ける。
「命響式が終わったら、その日のうちに学園国家オリーブ唯一の学園に入校することになる。これは強制じゃないが、入った方がいいね」
「な、なんでですか?」
「座学じゃこの世界での知識、歴史、情勢、効率的な訓練方法なんかを学べる上、実技じゃ魔法、剣術、命符の使い方を身につけられる。それに、世界一の蔵書数を誇る図書館もあるし、各国の学生と交流できるから情報収集がしやすい」
「アルコも通ってるんだよ! 当然、俺も入校する!」
「イ、イズモが行くなら……」
イズモの言葉が決定打となり、マシロは学園へ入校することを決心した。
「よし、こんなもんかね」
「こんなもんじゃない? 抜けてたらその時に俺がフォローするよ」
「頼んだよイズモ。よし、そうと決まったら明日のために早く帰って寝るよ。服はどーせ明日の朝までかかるだろうし」
「か、帰るって何処に……?」
マシロが聞き返すと、マギアとイズモは何言ってるんだ?と言いたげな表情でマシロを見る。
「マギアさんの家だよ? マシロ、今日の寝床ないし、泊まってくよね?」
「そ、そんな! も、申し訳ないです!」
「いや、逆にここまで世話焼いてんだ、今更遠慮されてもね……」
「うぐっ…… た、たしかに……」
マギアのごもっともな指摘がマシロにささる。
「俺もマギアさんの家に住まわさせてもらってるし、今更そんな事気にする人じゃないよ?」
「え……そ、そうなの?」
「うん。3年前くらいの嵐で家が吹っ飛んじゃって、マギアさんの家に転がり込んだんだよ。そしたら居心地良くて、そこからずーっと住まわさせてもらってるの」
「そんなわけだ、今更居候が1人増えようと変わりゃしないさ」
「そーそー。ほら、帰ろ?」
イズモは右手をマシロに向けて差し出す。マシロはその手を取るのを少し躊躇うが、おっかなびっくりその手を取る。
「ふん。さ、行くよ!」
3人の足元には、見覚えのある紫色の魔法陣が広がり、一瞬のうちに3人を包んでその場から消えた。
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