5-1話 襲撃
マシロの声は小さく、か弱かったにも関わらず、カタルーニャ大聖堂最上階にいた一部の者達は《豊穣神》という単語を聞き逃さなかった。
「《豊穣神》だって……?」
「なら、この子は神宿りか!?」
マシロの周りにいる大人達がざわめき、その言葉はウィルスのように下の階の子供達まで伝わっていく。
「五柱目だっ! 五柱目の神宿りが現れた!」
ひとつ、またひとつと歓声が上がり、カタルーニャ大聖堂内はあっという間に熱狂に包まれる。その熱狂は大人も子供も関係なく、自分や自分の子供の命符が与えられたことよりも、五柱目の神宿りの話でもちきりであった。
そも、神宿りとは。その名の通り神を宿した者のことであり、ことこの世界では命符の《格》が神であった場合のことを指す。年間で何万人という子供達が命符に目覚めるのだが、神宿りとなる子供は非常に珍しく、今まで神宿りとして確認されているのは、人類誕生以来たったの四例しかないとされている。そんな神宿り達に与えれる力は凄まじく、扱いこなすまでの時間の差こそあれ、今までのどの神宿り達も規格外の力を誇っている。
つまり、神宿りとは。それだけ稀有な存在であり、価値が非常に高い存在であるのだ。
「……やばいですわ、早く逃げますわよ!」
即座に自分達の置かれている状況の不味さを理解したのは、貴族生まれのミラノであった。ミラノは貴族という存在の誇り高さも知っているが、同時に腹黒さ、欲深さ、汚さについても身をもって知っている。そのため、カタルーニャ大聖堂最上階にいる、つまりは貴族達に囲まれているというこの状況から早々に逃げなければろくでもない事に巻き込まれることは想像に難くなかった。
「おじょーの言う通りに! 早く!」
ルーもミラノが想定している事に気づいたのか、叫んで指示を出す。その指示を受けるが先か動くが先か、イズモはマシロの手を掴み、階段へと走り出す。ルーとミラノもそれに続く。そうして走り去る4人は全員の注目の的であり、すれ違う貴族達は好奇の目で4人を追う。
「君達、ちょっと話が……!」
「サラメル家の養子にならんかね!?」
中には下卑た笑みを浮かべて話しかける貴族や、甘い誘惑をチラつかせてくる貴族もいたが、その全てを無視して4人は階段へと駆ける。
「なっ、なんでっ、私、逃げなきゃいけないんですか……!?」
「いいから逃げてくださいまし! 今のマシロは貴族達にとっては喉から手が出るほど欲しい存在になったんですわ! 捕まったら何されるかわから……」
そう言葉を続けようとしたミラノだが、階段前の光景を見て言葉も走りも止める。
「君たちぃ。なぁにを逃げよぉとしてぇるんだぁい? つれなぁいねぇ……」
「……最悪な奴に見つかりましたわ」
そこには、列を組んで階段を封鎖する男達と、それを指示してるのであろう、癇に障る話し方をする小太りの男性が立っていた。その男性は金銀様々なアイテムを身にまとっており、下卑た笑いを浮かべて4人を視界に捉えていた。
「おおっとぉ、これはぁこれはぁサフィール嬢ぉ! ごぉ無沙汰してまぁすぅ」
「お久しぶりですわ、コール侯爵。……私達、先を急いでるので、これで失礼させていただきますわね?」
コール侯爵と呼ばれた男性は腹を抱えて笑う。
「そぉういわずぅにぃ! そぉちらぁのお嬢様を紹介してくださぁいよぉ!」
そう男が叫ぶと、男の手下と思われる者たちが4人の周りを取り囲む。その数は多く、周りの人からは見られない。
「僕はちょこぉーっとみなぁさんとお話したいだけですよぉ?」
「遠慮させていただきますわ」
「サフィール嬢にはぁ聞いてないんでぇすよぉ」
そう男が言うと、手下の1人がマシロの腕を掴もうと寄ってくるが、それを防ぐようにイズモが立ちはだかる。
「どけよ、餓鬼」
「どきませんよ。さっさとその手を引っ込めてください」
「ちっ、この糞ガキ!」
男はイズモに向かって手を出すが、イズモは冷静にそれを避けると鳩尾めがけて肘で殴ると、男はうめき声をあげてその場に崩れ落ちる。
「……コール侯爵。他の貴族の皆さんがいらっしゃる前で、そんな堂々と手を出してどういうつもりですの? 粛清されたいんですの?」
「ふん。そんなことぉを気にしてぇるひまなぁいですよぉ?」
コール侯爵がそう言うと、4人を囲む男たちは一人、また一人とマシロを奪わんと攻撃を仕掛ける。
「おじょー! なんでこいつら白昼堂々と注目の的である俺たちに仕掛けてこれるんです!?」