早朝のラーメン屋
早朝4時。
誰もいないラーメン屋のキッチンで、従業員が二人、なにやら話しこんでいる。
「よし、完成したな。」
「美味くできたね。」
二人は、三杯のラーメンをカウンター席の上に並べた。
「三杯分しか、作れなかった。」
「材料が少なすぎたんだ、これだけでも作れてよかった。」
ラーメンの湯気が、勢いよく立ち上っている。
「もう少し覚ましてから食べようか。」
―――がちゃん
突然、ラーメン屋のドアが開いた。
少々いかつい男が、入店する。
「おう!早くからあいてるな!!ラーメン一杯!」
「すみません!まだ準備中です!」
男はちらりと店員を見ると、声を荒げた。
「何だよ!!そこにラーメンあるじゃん!あるなら食わせろよ!!」
「これは普通のラーメンじゃありません!」
店員の言葉を聞かない男は、勝手にカウンターの上のラーメンに手を伸ばした。
「多少まずくても食ってやるって!いただきまーす!」
「ああっ!!!」
男は、店員が止めるまもなく、テーブルの箸を割り、勢いよくラーメンをすすり始めた。
「…うめえ!!なんだこれ?!まったりとしていてコク深く、しっかりこってりしているのにしつこさが微塵も感じられない!次から次へと箸がすすむ!!チャーシューがまた歯ごたえとうまみのバランスが非常に良くて、噛めば噛むほど肉汁がじわりと染み出て・・・美味すぎる!!!」
男は、スープの一滴も残さずに、ラーメンを平らげた。
「ごっそさん!1000円でいい?」
「…ありがとうございました。」
外はずいぶん、明るくなり始めていた。
男は、朝日の射す外へと爪楊枝を銜えながら、出て行った。
店員二人は、入り口ドアにしっかり鍵をかけて、カウンター席に座り、冷めたラーメンをすする。
「ああ、美味いな。」
「一杯食われてしまったけどね。」
ずぞぞと麺をすする二人。
「全部食べられなかったな。」
「足りないかもしれないな。」
チャーシューをがぶりがぶりと食べる二人。
「あいつの食った分が足りないね。」
「まずいなあ。」
スープをごくごく飲み干す二人。
「あいつはもう気付いたかな?」
「人じゃなくなってることに。」
空になった器をカウンターに置いて、二人はキッチン側に回り、洗い物を始めた。
シンクの奥には、大きな大きな寸胴なべ。
ぐらりぐらりと、骨が煮えている。
「あとは骨だけか。」
「一日煮込んで、どろどろに溶けたらスープに使おう、僕達の賄い用だね。」
骨は太いものと大きなものがあって、時折沸騰する湯の表面に浮き上がってくる。
「証拠隠滅は、食うのが一番だからな。」
「間違いない。」
寸胴なべの火を弱める。
「ようやく見つけたこの場所を大切にしないと。」
「人のふりしてがんばっていこうね。」
二人はひげと尻尾を引っ込めることなく、グータッチを交わす。
どん!どん!どん!どん!
ラーメンを食った男が、ドアを叩いている。
「ああ、気が付いたみたいだ。」
「これから一緒に働く仲間だね。」
二人はそろって、ドアの前に立つ。
「人が人を食ったら鬼になっちゃうのにね。」
「よくもまあ、確認もせずに食いついたもんだ。」
ドアの鍵を開けると、人だった鬼が飛び込んできた。
「おい!!お前ら、何を食わせた?!」
「貴方が勝手に食べたんじゃありませんか。」
店員の一人が、すかさず入り口ドアに鍵をかける。
「1000円で人の運命捨てることができたんですよ、良かったですね。」
「もう人には戻れませんよ、ここで働いて下さい。」
男が二人に殴りかかる。
「ふざけるな!俺は化け物になりたくてラーメン食ったわけじゃねえんだ!!」
「誰もラーメンだとは言っていないのに、勝手に食べた貴方がいけないんですよ。」
人をやめたばかりの魔物は、まだ弱い。
殴りかかったところで、年季の入った魔物に勝てるはずもない。
「貴方が僕たちが食べる分を食べてしまったから、足りなかったんですよ。だから、ほら。」
店員の一人の顔には、猫のひげがしっかり生えたまま。
「どうしてくれるんですか?」
店員の一人のおしりには、犬の尻尾がしっかり生えたまま。
「俺だって角が生えて来て困ってるんだよ!!!」
ラーメンを食べたいかつい男の頭には、いかつい角が生えてきた。
「人をきちんと摂取しないと、中途半端に人化しちゃうんですよ。」
「人をきちんと摂取しないと、中途半端に魔物化しちゃうみたいですね。」
魔物だった二人は、人になりきれなかったことを腹立たしく思い。
「いずれにせよ、貴方はここで働く道しか、残ってないみたいですよ。」
「なんで!!何で俺は食っちまったんだ!!!」
人だった魔物は、自分の無鉄砲さを腹立たしく思い。
「こうなったら皆腹をくくらねばなりませんね。」
「ごまかしごまかしがんばっていきましょう。」
「うう、何で俺が・・・。」
奇妙な三人組みの経営するラーメン屋は、意外にも大盛況だということです。