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悪役令嬢と恋軍師  作者: 桂林
2/2

邂逅

 少女はひとり馬車に揺られ、帰路についていた。

 

 少女の名はエリカ。エリカ・クラウディア・フォン・アルトリウスという。リーマ王国の大貴族、アルトリウス公爵家の令嬢である。

 

 私は王都にある「聖ルナリア学園」に通う令嬢で、一年生になる。

 

聖ルナリア学園とは、王国中の貴族の子息、令嬢が通う全寮制の学校で、勉学の他に礼儀作法、剣や乗馬等の武術を学ばせているところである。


 学園は丁度二学期目を終えたところで、暫しの休暇が与えられていた。多くの生徒が自身の領地へと帰省し、エリカもその例に漏れず帰省中である。


 「休暇か・・・少しは気が休まると良いが」


 私は誰に語り掛けるでもなく独り言つ。私は悩んでいた。


 エリカは公爵令嬢という立場上、人と接することが多く、とりわけ上級貴族の相手は、一言で言えば“疲れる”のだ。


 また、公爵家を頼っている寄子である下級貴族の子息や令嬢の相手もしなくてはならない。


 この友人たちは、エリカに気に入られようと何かと気を回そうとする。近頃も何やら裏でこそこそとやっているようだが、エリカは興味がなかった。


 そして今、一番頭を悩ませている事案が一つ。エリカの婚約者である王太子、ジュリアス・イクシニス・フォウ・リーマグニスである。


 幼き頃に王城で出会い、十歳の時に婚約。政略結婚であるが、王子を生涯にわたって支えることが出来ると、その大役に喜んだものだ。少女にとっての初恋でもあった。


 しかし、近頃その婚約者に女の影がチラついている。学園に入学してから、いや、とある令嬢が転入してからおかしくなった。ユーナ・メイシスという名のその少女は、何かとジュリアス王子に絡んでいった。常に行動を共にし、昼食や茶会も共にする間柄になっていた。しかも、ジュリアスのみならず、王子の幼馴染である騎士団長の子息アルバートや、伯爵家子息ノルン、王子の乳兄弟であり近習のケイン。彼らまでもがユーナ嬢のことを黙認しているようだ。


 「殿下を(いさ)めるべき方々が揃いもそろって・・・。そもそもユーナ嬢は殿下たちのみならず、大層な美丈夫を侍らせているようではないか」


 学園に通う学生は、専属の騎士や従者を連れていくことができる。特に令嬢は、その騎士や従者に美丈夫、つまるところのイケメンを従えていることが多いのだ。多くの令嬢たちの間では、美しく、カッコいい騎士や従者を侍らせるのをステータスとするのが流行っているらしい。


 ユーナ嬢の専属騎士も世間一般でいうところのイケメンなのだろう。一方エリカは、専属の騎士も従者も連れていない。ジュリアスに対する義理立てのため、男をなるべく遠ざけるためだ。そして自立のために、執事もメイドも連れて来なかった。


 「ユーナ嬢の言動は誠意にかける。複数の殿方に対して気のあるように振る舞うなど明らかにおかしいではないか。それなのに・・・」 


 嘆かわしいことだ。これまでジュリアス王子に対して、諫言(かんげん)を申し立てたが、ジュリアスは取り合わなかった。そればかりか、まるで疎ましいかのように私を遠ざけようとさえしている。


 さらには他の生徒からもユーナ嬢への不満が噴出しており、反公爵派の生徒からも嫌味を言われる始末。私はまさに板挟みの状態だった。


 「私もそろそろ、本気で考えねばなるまいか・・・」


 私は、自身の味方が少ないことを自覚している。今後の身の振り方について考えると思わずため息が出るのであった。



しばらくの後、馬車がにわかに停車すると、周囲が騒がしくなった。何事かと思っていると、何やら慌てた様子の御者が飛び込んで来た。


 「お嬢様っ!大変です!」


 「何事か?」


 「賊が、野盗が出ました!!」


 「賊だと?馬鹿な、ここは領の境といえど、既に公爵家の領内だぞ!?」


 「とにかくお逃げください!ここは我々が・・・あっ!?」


 言うや否や、御者は白目を剥いて(たお)れた。口からは血を(こぼ)し、息絶えているのが分かる。


 「ひっ・・・!?」


 私は絶叫を(こら)えた、しかし、無情にも野盗に見つかり、馬車から引きずり降ろされてしまう。


 「女だぜ、しかも上玉だ」


 「こいつはツイてるぜ」


 「離せ、無礼者がっ!!」


 抵抗を試みるも、男たちはビクともしない。


 「強がっちゃってカワイイねぇ」


 「周りを見ろや、助けなんかいねえぞ」


 周囲を見渡すと、(むくろ)が複数転がっている。いずれもエリカの帰省に際し、護衛してくれていた兵士たちだ。


 「そんな・・・」


 果てしの無い絶望感がエリカを襲う。この後の展開は容易に想像ができてしまう。


 「たっぷり可愛がってやるからよ」


 野盗の頭目とおぼしき男が下半身を露わにする。他の男たちはゲラゲラと笑っていた。


 目を伏せる。思えば、今回の帰省は当初、ジュリアスと共に公爵領へ帰省する予定であった。ジュリアスが辞退したため、一人での帰省となったのだが。


 『ある意味では幸いか・・・』


 王子がこの場に居れば、彼にも危害が及んでいたであろう。いや、たとえ王子がここに居たとしても、多くの騎士や兵士が護衛の任に就くことになるので、このような事態に陥ることはなかったはずだ。


 『まさか、この事態を予見して?いや、まさかな・・・』


 エリカは疑心暗鬼に陥っていた。もはや信じられるものがない。


 『このまま野盗どもに嬲られ、犯され、最後には殺されるか・・・。はたまた、打ち捨てられて野獣のエサか・・・』


 『運が良ければ、奴隷として売られて命は助かるか・・・』


 諦観ともいえる感情。エリカは、暗い瞳で天を仰いだ。すると。


 「あっ?なんだてめぇ!?」


 野盗たちが、何やら色めき立っている。野盗たちが見ている方向に視線を向けると、一人の男が立っていた。ボロボロの外套を身に纏い、布の巻かれた大きな杖とおぼしき棒を持っている。偶然通りかかった旅人であろう。


 野盗たちは、その闖入者をしきりに威嚇していた。


 「なにを見てやがる?さっさと失せな」


 「おい」


 「へいっ!」


 頭目が子分に一言声をかけると、子分が旅人に近づいていく。


 『駄目だっ・・・彼も殺されてしまう!?なんとか・・・なんとか逃げるように言わなければ』


 人が目の前で殺されるのを見るのが怖かった。エリカは恐怖で震える声をなんとか絞り出す。


 「・・・け・・・て・・・」


 「・・・たす・・・て・・・。助けてっ!」


 逃げるようにと言いたかったのに、自然と助けを求めていた。


 「相分かった」


 確かに聞こえた男の声。旅人は、棒に巻かれた布を解いた。


 「てめぇ、見て分かんねえのか?お楽しみの邪魔をするんじゃ・・・」


 瞬間。何かが煌めいたかと思えば、子分の上半身がずるりとズレ落ちた。血だまりを作りながら斃れ伏す子分を見て、斬られたのだと理解するのに時間が掛かった。杖だと思っていたモノは、見たことも無い形をした巨大な槍だった。長い柄に、片刃の剣を付けたかのような形状をしている。


 「や、野郎!?」


 「ぶち殺してやる!!」


 仲間を殺された野盗たちは怒り心頭だ。四人で旅人を囲み、確実に仕留めようとしている。旅人は外套を脱ぎ、野盗の一人に投げつけた。視界を奪われた野盗は慌て、包囲を解いてしまう。隙を見せた野盗に、旅人は槍を一薙ぎすると、瞬く間に三人を斬り捨てた。


 「おいっ!前を見ろぉ!!」


 頭目の叫びも空しく、外套を投げられた野盗は頭頂から、まるで斧で薪を割るかのように真っ二つに斬り割かれた。


 旅人は、戦士であった。外套の下には、これまた見たことのない甲冑を身に着けている。よく手入れがされているが、傷だらけで年期があり、長きに渡り戦場を駆けてきたことが想像できる。彼が槍を振るう度に、一人、また一人と野盗が切り捨てられていく。圧倒的であった。


 「次は誰か?貴様か?それとも貴様か?」


 旅人・・・否、戦士は野盗たちを睨めつける。野盗たちからは、小さく悲鳴が上がっていた。


 「うっ・・・おおおおおっ!!」


 野盗の一人が躍り出る。しかし空しくも、戦士の一撃によって首が飛び、あえなく絶命した。


 「ひっ・・・ひぃやああああああぁぁっ!!」


 野盗たちはついに恐慌状態となり、子分たちは我先にと逃亡した。残るは頭目と、囚われた私のみとなった。


「く、来るなっ!この・・・化け物めっ!!」


 《化け物》確かにと思った。人を脳天から断ち割るなど、とんでもない膂力(りょりょく)だ。普通ではない・・・と、素人の私にも分かる。そのようなことを考えていると、頭目に髪を引っ張られた。


 「っ、痛いっ」


 「それ以上近づくんじゃねぇぜ、この女がどうなってもいいのか!?」


 絶体絶命なのは変わらず、(むし)ろ悪化したのではないかとも思える。頭目は恐怖から正気を失っており、何をしてもおかしくない状態だ。これ以上は、如何に彼の戦士が強かろうとも怪我をするだろう。


 「もう十分だ。これ以上は、其方(そなた)も怪我をしよう」


 「そ、そうだぜ、いいこと言うじゃねえか。お嬢ちゃんの言う通りだ」


 頭目はこれ幸いと私の言葉に便乗してくる。しかし、戦士は止まらなかった。 


 「男がひとたび剣を抜けば、敵を討つまで止まることはない。ましてや、助けを乞われて剣を抜きたれば

尚のことだ」


 「おいよせ、来るな・・・がっ!?」


 頭目は動く間もなく討たれた。頭は勢いよく吹き飛び、その首からは鮮血が(ほとばし)っている。私は茫然と、その滝のような血潮を浴び続けていた。

 

 「御婦人、怪我はありませぬか?」


 戦士の問いに対し、私は。


 「貴殿、私の家来にならぬか?」


 感謝を伝えるでもなく、頓狂(とんきょう)なことを口走ったのであった。



 野盗襲撃からしばらくの後。私たちは浴びた返り血を洗うため、川辺に来ていた。野盗たちは馬車も戦利品と考えていたのか、馬も車も無事だった。


 戦士に護衛を頼み、御者や護衛兵士の遺品のみを回収した後、足早にその場を離れた。戦士曰く、死体は別の敵を呼び寄せるものだ。とのこと。


 顔や手足を洗うも、服だけはどうしようもない。どうにも落ちず、血だらけのままだった。


 「学園の制服が駄目になってしまった。いや、こうして生きているのだ、これ以上は贅沢か」


 あれだけの目に遭っておきながら、服の心配をしてしまうとは。少しは落ち着けたのか。はたまた、私の何処かがおかしくなっているのか。我がことながら、思わず苦笑した。


 「少しは落ち着かれましたかな?」


 戦士の声で我に返る。命の恩人だ、礼は尽くさねばならない。


 「失礼、自己紹介がまだだったな。私の名はエリカ。エリカ・クラウディア・フォン・アルトリウスという。ここ、アルトリウス領を治める公爵家の次女だ。」

 

 「我が命を救ってくれたこと、感謝の念に堪えぬ。本当に有難う」

 

 私はそう言って頭を下げた。

 

 「なるほど、やんごとなき出自の方で御座いましたか。数々の無礼、平にご容赦を」

 

 戦士はそう言うと、右手の拳を左手で包み、前に突き出すように軽く振った。後に聞いたのだが、この動作は拱手(こうしゅ)といい、彼の故郷での敬礼の一種なのだという。


 「申し遅れました。私は、姓を皇甫(こうほ)、名を(えい)(あざな)義封(ぎほう)と申す。ご覧のとおり流浪の身、偶然にもお助けすることができ、幸いで御座った」


 自己紹介もそこそこに、私たちは再び馬車に乗り公爵家の屋敷を目指す。道中ではこれまでの経緯を、半ば愚痴るかのように語った。というよりも、私が一方的に話していたと思う。恐らく、自分の胸の内を誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


 「なるほど、それ故に護衛もごく僅かであったのですか。身分の割には随分と無謀・・・失礼、大胆であると思いましてな」


 「よい。確かに、今にして思えば無謀なことをした。死んだ者達には申し訳ない」


 「確かに、普段通りの部隊編制であれば起き得なかった事象。公爵家側の不手際と謗られるも止む無しと言えましょう。それに、民からも不満が出ましょうな」


 「私の軽率ゆえに、公爵家、ひいては父上の名を貶めることにもなりかねん。如何すれば良いであろうか」


 「ならば帰宅の後、すぐにでも御父君に相談なされるがよろしいかと。兵を遣わして亡骸を回収し、公爵家が葬儀を取り仕切りって遺族を慰めるのです」


 「公爵家の姫君を救わんがため、命を賭して戦った勇者たち。と顕彰し、遺族の生活費などを援助すれば遺恨も残りますまい」


 「なるほど。少々大仰というか、言い方はアレだが悪くはない案だ。帰ったらすぐにでも父上に相談してみるとしよう」


 「そうなされるのがよろしいかと」


 その後も、あれよこれよと相談している間に、公爵家の屋敷がある領都(りょうと)に到着した。しかし、領都市内に通じる門の前で一悶着があった。


 「そこの馬車、その場で停まれ」


 「これより先は公爵家の領都、セーリューの市内である。怪しき者を中に入れるわけにはいかん」


 どうやら門を護る衛兵に止められてしまったようだ。

 

 「はて、怪しき者とはいったい何処に居るのか?」


 「とぼけるな。そのような血塗(ちまみ)れで怪しくないと思うてか」

 

 確かにその通りである。先の野盗襲撃の件で、私も彼も馬車さえも血まみれだ。さらには、皇甫(こうほ)殿はこの国のものではなく、明らかに異邦の装いである。これで怪しくないと言ったところで、信じる者はいないだろう。


 「皇甫殿、彼らに事情を説明して通してもらおう」


 「む、中に誰か居るのか?馬車の中を改めさせてもらう、抵抗はするなよ」


 私が馬車から降りようとしたさなか、衛兵の一人が馬車を開けようと扉に手を掛けた。瞬間。


 「慮外者めが!こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも、アルトリウス公爵家がご息女、エリカ様にあらせられるぞ」


 一喝。まるで雷鳴の如き声量に、衛兵たちは堪らず竦んでしまった。ついでに私もかなり吃驚(びっくり)した。


 「エ、エリカお嬢様だと?いやしかし」


 「これが目に入らぬか。血に汚れたとはいえ、馬車に刻まれたるは公爵家の家紋。中を改める前にまずは外観に目を見張るべきではないかな」


 「それとも、わざわざお顔を拝見せねば、公爵家の方々を認識することが出来ぬか?」


 皇甫殿は矢継ぎ早に言葉をぶつけている。あまりの気迫に、衛兵たちはすっかりたじろいでしまっていた。これ以上は良くないな。私はそう思い、急ぎ馬車から出た。


 「皇甫殿、もうそれ以上はよい。衛兵殿たちも困っていよう」


 「お嬢様!?そのお姿は・・・」


 やはり驚かれたか。流石にこの格好では無理もないか。


 「道中野盗に襲われてな。格好はこんなだが、大事はない」


 「な、なるほど。して、その者は」


 「こちらの皇甫殿は、賊どもから身を挺して私を救ってくれた恩人だ。私が乞い願い、今もこうして屋敷まで護衛してくれている」


 「左様でございましたか。これは御無礼を致しました」


 衛兵たちは頭を下げる。当の皇甫殿は、私の斜め後ろで控え、平身している。私の立場を(おもんばか)ってのことか、実に謙虚なことだ。しかし、彼ほどの大丈夫が私に平伏するというのは、こう、クルものがあるな。


 『いかん、私はなにを考えているのだ。彼は私の家臣ではないというに』


 邪念が鎌首を(もた)げるのを抑え込む。どうやらかなり疲れているようだ。帰って早く休もう。


 「誰か、急ぎこのことを父上に知らせてくれ。私は引き続き馬車にて戻る」


 「かしこまりました。早馬を出しますゆえ、お嬢様に於かれましてはごゆるりとお戻りください」


 「相分かった。面倒をかける」


 「コーホ殿も、領都内は安全とはいえ、お嬢様直々のご依頼である。最後までご油断めされぬように。何卒、お嬢様のことをお頼み申し上げる」


 「しかと承った」


 再び馬車に乗った私たちだが、領都内でも民衆から随分と奇異な目を向けられていた。何度も言うが、血まみれだからな、私たちは。


 「皇甫殿、先ほどのはわざとであろう」


 「はて、なんのことですかな?」


 「とぼけなくていい。衛兵たちを試していただろう」


 「流石におわかりでしたか。彼らは実に真面目で職務に忠実なようですな、姫様は衛兵たちから慕われているご様子。彼らの仕事ぶりは信頼に値すると思いますぞ」


 「そういうことか」


 『私には味方が少ない』


 これまでの道中で彼に語った私の現状から察し、領都の顔ともいえる門の衛兵たちを試したのだ。上役が見ていなくとも、与えられた任務をしっかりとこなす。彼らの勤務態度、つまり《やる気》こそが公爵家への忠心の現れである。


 『この男、武辺だけではないな。』


 このまま手放すには惜しい。なんとかして公爵家の・・・。いや、“私の味方”にできないものだろうか。そのようなことを考えていると、皇甫殿に呼びかけられた。


 「姫様、疑問があるのですが、お聞きしても?」


 「ん?ああ、構わないよ」


 では、と前置きしつつ皇甫殿は続ける。


 「領都という言葉はどうにも聞きなれません、いったいどのような場所なのですか?」


 「ああ、領都というのは、それぞれの家が治める領地に於ける行政の中心地と呼べる場所だ」


 貴族には、それぞれ治めている領地がある。貴族の経営方針によって、決まり事や、細かな法律の違いがあったりもするが、必ず共通するものがある。それが領都だ。各家、領地毎に領都を定め、その地を行政の中心地とし、そこから領内のそれぞれの町や村などに役人を派遣してその地の運営を代行させている。この役人たちが、所謂(いわゆる)町長や、村長と呼ばれる者たちだ。


 「なるほど。つまり、この国の貴族とは、刺史(しし)州牧(しゅうぼく)のようなものというわけですな」


 「刺史?州牧?それは其方の故郷の言葉か?」


 「左様。私の故郷では、国王により各地方の運営を任ぜられた者を刺史、又は州牧と呼びます」


 皇甫殿曰く。彼の国は大きく「(しゅう)」「(ぐん)」「(けん)」と分けられており、それぞれ行政官として「刺史(州牧とも)」「太守(たいしゅ)」「県令(けんれい)」と呼ばれる長官が居るのだそうだ。この者たちは、領地経営の他に警察権も保持しており、領内の内乱や賊等の鎮圧、外敵からの防衛なども行っている。「県」を複数まとめたものが「郡」、それをさらにまとめたものが「州」である。そして、「州」をまとめたものが「国」だ。


 「なるほど。領地をさらに細分化することによって、統治を末端まで行き渡らせるわけか。面白いな」


 しかし、それをするのにどれほどの人員が必要なのか。真似をするにしても相応の国力が必要だろう。一領主では難しいかもしれない。


 「其方の話は勉強になる。もっと色々な話を聞いてみたいところだが」


 公爵家の屋敷が見えてきた。どうやら時間切れのようだ。屋敷の門前で馬車が停まる。皇甫殿は、何やら門番と話をしているようだが。


 「お帰りなさいませお嬢様。これよりは私が馬車を担います」


 皇甫殿が降り、代わりに我が家の使用人が馬車に乗る。まてまて、なぜここで其方が降りるのだ。


 「どうしたのだ皇甫殿?其方もともに参ろう」


 「いえ、私はここまでで御座います」


 「なぜだ?これから其方を父上に紹介するつもりなのだ。それに此度の礼もしなければならぬゆえ、付いて来てもらわねば困る」


 「姫様直々のお召し、恐悦至極に存じます。しかしながら、御当主の許可なく邸宅に足を踏み入れるは礼儀を欠きます。恐れながら、私はここで待たせていただきます」


 私は自分が恥ずかしい。目先のことに囚われて、大事なことを失念していた。私たちは貴族。そして、彼は王国の民ですらない。流浪の身なのだ。場合によっては、平民以下の扱いも受けるであろう。


 「ならば待っていてくれ。どこにも行くなよ?」


 「道中の経緯を御当主にご説明申し上げねばなりますまい。どこにも参りませぬゆえ、ご安心召されよ」


 「そ、そうだったな」


 私は、足早に屋敷に入っていった。色々と駄目だな、彼と話しているといろんなことを忘れてしまう。


 『酷い目には遭ったが、それ以上に楽しかったのかもしれないな』


 この胸の内の感情がよくわからなかった私は、楽しすぎて浮かれてしまった。そう無理やり結論付け、父の待つ書斎へと急ぐのであった。  


 


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