全力チョコレエト
「ちょこれーとがたべたい……」
どこからどう聞いても知能指数が底抜けに下落した声で、かおちゃんはつぶやいた。
「食べたいですか」
「ぜんりょくで、たべたい……」
「それは量的な意味で? それとも勢い的な?」
「ぜんぶ」
かおちゃんは、わたしの友達だ。たぶん。
すっごくかわいい。アイドルだっていっても通用すると思う。スタイルもいい。細くて、長くて、つるんとしてる。
性格は変なところもあるけど、正直いって、テレビやネットで見るアイドルの女の子たちも、なんか変なこといってたりするから、かおちゃんもあっち側に行っちゃっても大丈夫なのにな、って思う。
大丈夫って、なにが大丈夫なのか、わからないけど。
「シーズンだから、いろんなの売ってるよね」
「でもさぁ、シーズンに売り場に行くと、なんか男欲しがってるように見られるの嫌じゃない?」
急に、知能指数が上がったようだ。
「べつに……」
「もー、そうやってクールなの、好きっ!」
急にかおちゃんが抱きついて来るから、わたしは慌てた。
「滑るよ、雪、積もりかけてるんだから」
「くぅぅぅぅる!」
言葉の響きが気に入ったんだな、と思いながら、わたしはうなずいた。
「冬だからね」
「春夏秋冬いつでもクールなくせに。ねぇ、ちょこれえと食べたい」
ふりだしに、戻った。
「じゃあ、デパ地下行く? いろいろ珍しいの売ってるみたいだよ」
「うーん、なんか……」
「なんか?」
「ほっとちょこれえとが、のみたい!」
また知能指数が下がった。
「じゃあ、作ろうか」
「えっ、いいの」
「甘くて濃くて熱いやつ。わたしも飲みたくなってきた」
雪が、世界から熱を奪って行く。かおちゃんからも、わたしからも。
それに、逆らいたくなった。
冷たく固められたチョコではなく、熱いチョコが欲しくなったのだ。
「デパ地下、行きたかったんじゃない?」
こうなってから機嫌を伺ってくるのも、いつものかおちゃんだ。自分のわがままが通ったことで、逆に不安になるんだろうと思っている。
「話してたら、わたしもホットチョコレート飲みたくなったの。デパ地下、かおちゃんが行きたいならひとりで行って。わたしは帰ってホットチョコレート飲む」
「それはクールを超越してるよー」
なんとなく情けない声になったかおちゃんに、わたしは笑って見せた。
「スーパークール?」
「エクストラでゴージャスでマーベラスでプレシャスなやつ」
「チョコレートはホットね」
「ホットで!」
それで、ふたりしてケラケラ笑う。
なにが面白いのか、全然わからないけど、なんだか面白い。雪も降ってるし。
「クリスマスはメリーなのに、バレンタインはハッピーなのなんでだろう」
「あとで調べよう。でもまずホットチョコレートね」
「濃いやつね」
「甘いやつね」
雪を踏みながら、わたしは尋ねる。
「かおちゃん、今日泊まって行きなよ。雪、ひどくなるみたいだし。お家のひとに訊いてみて」
「クールっていうより、あれじゃないの。それ。常識的ってやつ!」
「よくいわれる。かおちゃんに」
「だってそうなんだもん」
わたしたちは全力で甘いチョコレートを飲むのだ。
それはどこかの男の子にあげるものじゃなくて、自分たちのためのものなのだ。
――少なくとも、今年はね。
スマホをいじっていたかおちゃんが、ふと顔を上げてこちらを見た。
「なに?」
「クールな目つきの練習してた」
「練習しなくても大丈夫だから! 上級者だから!」
「気にしなくていいから、早く確認して。雪、ひどくなってきたよ」
「そんなに見られたら、気になるからー!」
なにが面白いのか、ほんとにわからない。でも、わたしたちは笑う。
だって、わたしたちは幸せだから。全力でチョコレートを欲するくらいに。
初出:うさぎ屋Webzine(2018-02-14)
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