ユウチャン、小説を投稿し始める
「窯は暑かったでしょ?気持ちよく汗を洗い流すために今日の宿は大きなお風呂があるところにしましょう!」
カノンはお風呂が大好きだった。風呂に入ることで疲れと汚れを落とし、生まれ変わったようにリフレッシュするのが人生で一番の楽しみといっても過言ではないほどだった。
「あ、拙者はお風呂は入らないし宿はどこでもいいでこざる」
ユウチャンは大の風呂嫌いだった。風呂の時間を無意味な物に感じ、身体が水に浸かる感覚も嫌いだったし、シャンプーやリンスの匂いを嗅ぐと吐きそうになった。
「どうしてよ!お風呂入りましょうよ、気持ちいいわよ」
「気持ちよくないでござる、なんか風呂のぬるい感じが幼少の頃のおもらしみたいで気持ち悪いでござる。まぁ拙者はどこでもよいから、はやく宿に向かいましょうぞ」
カノンはなにか言いたげだったが、とりあえずユウチャンを杖に乗せ、宿に向かって飛んで行った。
「さぁ着いたわ!お風呂お風呂、ユウチャンも行きましょうよ」
「だから拙者風呂は嫌いでござる。拙者は小説を書いてるでござるよ」
ユウチャンは異世界での冒険の記録をネットに小説として投稿し、それが評価されないと元の世界に帰れないのだ。
「本当に入らないの?気持ちいいいわよ、背中洗いっこしましょうよ?」
「洗いっこ?混浴でござるか?」
「そうよ、男女の浴槽が分かれてるお風呂なんて珍しいわよ」
「ならなおさら嫌でござる、おなごにやすやすと肌を見せるほど拙者ふしだらではござらん」
「なによ!私がふしだらみたいじゃない!もう先に入ってるからね」
「先も何も拙者は入らないって、どうぞごゆっくり~」
カノンは不機嫌な顔をしながら、着替えをもって浴場に向かった。
「さて、ここまでの記録を小説にするか」
ユウチャンはこの世界に飛ばされ緑色の少年に襲われたこと、オリハルコンを作ったことなどをスマホで小説投稿サイトに投稿した。
「はぁ、いい湯だったわ。あらユウチャンなにその板?」
カノンは身体からうっすら湯気を出しつつ、濡れた髪を大きなタオルで拭きながら部屋に戻ってきた。
「これは『スマホ』でござる、不特定多数の人間とコミュニケーションをとったりできる便利な道具でござるよ。まぁなぜこの世界で通信できるのか謎ではあるが」
「なんだかよくわからないけど小説は書けたの?」
「カノン殿、これを見てほしいでござる」
ユウチャンは自身が投稿した小説の管理ページを見せた。そこにはユウチャンの書いた小説がどれだけアクセスされたか、ブックマークされたかなどが表示されていた。
「あら、30人も見てくれたの?結構多くの人に見てもらっているのね。よかったじゃない」
カノンの笑顔に対し、ユウチャンは険しい顔をしていた。
「ブックマークが『0』でござる……だれも拙者の小説を気に入ってくれていない……」
「まぁそのうちファンもできるわよ、私にも書いた小説読ませてよ」
カノンはユウチャンのスマホを借り、見よう見まねでスマホを操作し、ユウチャンの小説を読んだ。
「あら?私のことは書いてくれないのね?」
「まぁ別段紹介することでもないかと……」
「なによぉ、書きなさいよ」
カノンが不機嫌になりそうだったので、ユウチャンは慌ててカノンとの出会いを追記した。
「あ!ブックマークが『1』になったでござる!」
「よかったじゃない!フフフ私との出会いに感謝しなさい」
カノンは得意げな顔をした。
「なぜ拙者がオリハルコンを作ったことを誰も評価しない?なぜ小娘がとなりにいると記述しただけで評価される?このサイトの読者は狂っているのではないか?」
「まぁまぁ、気長に書いてきましょ」
なだめるカノンの横で、ユウチャンは良からぬことを閃いた。ユウチャンはスマホで小説の続きを書き始めた。
「なになに?今度は何について書いてるの?」
カノンはスマホを覗き込んだ。
『カノンは暑い暑いと言って服を脱ぎ始めた。カノンの白い柔肌が…』
「コノヤロー!」
カノンはユウチャンをグーで殴った。
「スケベとは冒険しない!もう寝る」
カノンは怒って布団にもぐり込んでいった。
「申し訳ない!でき心でござった。もうしないから許してほしいでござるよ」