ユウチャン、異世界に飛ばされる
「今期は外れだなぁ、あんまり見るものないでござる!」
ツイッター内でアニメ評論家として名高い『ユウチャン』はこの日もアニメについて熱くツイートしていた。
『あのアニメスタジオも質が落ちた、シナリオのクオリティが低い。猛省せよ、期待している』
カタカタとツイートするユウチャンはどこか寂しげだった。昔は毎日、早朝まで熱狂的に視聴していたアニメだったが、最近は純粋に楽しむというよりあら探しをするような見方をしてしまう自分が嫌だった。
「拙者はどうすればいいのだろうか…」
「異世界に行けばいいんじゃよ」
何処からか、年配の男性らしいしゃがれた声が聞こえた。
「何奴!拙者をウォッチしておるのは誰じゃ」
ユウチャンは自宅パトロールを始めたが、家にはユウチャンしかいない。
「ワシはお前と同じ暇人じゃよ。何事もないこの世界にもあの世界にも飽き飽きしておる。お前がワシの退屈を凌いでくれ」
またユウチャンの頭の中にだけ、先ほどと同じ声が聞こえた。
「『あの世界』とはなんぞや?拙者そっちの趣味はないでござる」
「説明するのも面倒くさいから飛ばしとくよん、毎日の出来事はスマホで小説にして投稿してほしい、ワシもずっとお前ばかり見ているわけにはいかぬからの。面白かったら元の世界に帰してやる。そうだなぁ、書籍化くらいはするんじゃぞ」
「説明になってないでござる!名を名乗れい!」
ユウチャンは煙に包まれた。
「ごほごほ、なんの煙ぞ?悪霊退散!悪霊退散!!」
煙が晴れたと思ったら、ユウチャンは見たこともない広い荒野にぽつんと立っていた。
「ここはどこじゃ?アニメの放送が始まってしまう」
荒野をフラフラするユウチャンは緑色の小さな子供のようなものと遭遇した。
「そこの緑の少年!この近くにテレビはござらぬか?」
「ギギギ…」
緑色の肌、尖った鼻と耳、まぎれもなくゴブリンであったがユウチャンは気づかなかった。
「少年、ハーブかなにかやっておるな?いかんぞハーブは!ドクペあたりで我慢しときなさい」
「ギェー」
ゴブリンは棍棒を持って襲ってきた。
「ひょいひょい」
ユウチャンは独特の動きでさばいた。
「失礼!」
ユウチャンはゴブリンに会心の一撃をお見舞いした。ユウチャンの実家は道場で、幼少から稽古されていたので無駄に戦闘能力は高かった。
「若者の乱れは恐ろしいところまで来ているな、ツイートしておこう」
ユウチャンは相棒ともいえるスマホを取り出した。大学を自主休校しまくっているユウチャンは一日の大半をスマホかアニメで費やした。
『棍棒持った少年に襲われたなう』
「これでよし!」
「いやいや、よくないよ小説にしろと言うたじゃろ」
何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。
「む!先程の爺様の声!ここはどこじゃ!?早く元の場所に返しておくれ!アニメは放送と同時に見ないと気が済まない主義でござる」
「わかったわかった、現実世界に戻すときには時間も戻してやる。サービスサービスじゃよ、その代わりしっかりスマホで小説書くんじゃぞ、もうタイトルまでは打ち込んであるからな」
そういうと爺様の声は聞こえなくなった。ユウチャンは自分が頭がおかしくなったのかと思い、スマホで頭の病気について調べようとした。
「む、拙者のスマホのお気に入りサイトが増えている!なんだこれは小説投稿サイトではござらぬか」
ユウチャンは勝手にお気に入りに追加されていたサイトを開いた。
「『ユウチャン』の名前で勝手にユーザー登録されておる。しかも本文が空欄の小説まで投稿されて…タイトルは『オタクが魔王を倒してみた』だとなんだこれは?」
ユウチャンは思考をフル回転させた。
「これはつまり、拙者が魔王を倒すまでを小説にしないと元の世界には帰れないのではないだろうか?」
ユウチャンが自分の今置かれている環境について一生懸命考えているとゴブリンが起き上がっていた。
「ギギギ…」
「パッパと魔王を倒してゴーホームしたいでござる」
ユウチャンは後ろのゴブリンに気が付かなかった。ゴブリンは棍棒を大きく振り上げていた。
「危ない!」
女性の声がしたと思ったら、炎の塊がゴブリンを焼き払っていた。
「ややっ!まだ元気であったのかハーブ少年」
「大丈夫?」
助けてくれたのは小さな魔法使いの少女だった。水色の長い髪に物語に出てくる魔法使いのローブのようなものを着た、くりくりとした目が可愛らしい女の子だ。
「危ないところをかたじけない、拙者『ユウチャン』でござる」
「私はカノン、魔王を探す旅をしているわ」
カノンはローブの端をちょこんと掴んで、お辞儀をした。
「やや、拙者もさっき魔王を倒すと決めたところでござる。これは奇遇!」
「あなた、魔王を甘く見ているわね……かつて勇者という名声、あるいは魔王の財宝を求めて多くの人間が魔王討伐に行き帰らぬ人となったわ。軽い気持ちで魔王を相手にしようなんて辞めときなさい」
カノンはやれやれといった顔でユウチャンを止めようとした。
「カノン殿は先ほど、この杖から火を吹いた訳でござるな」
ユウチャンはあまり聞いていなかった。基本的に自分に興味のないことは聞かない主義だった。
「そうだけど、なに?魔法は知識のあるものしか使えないわ、ほらこういう本の知識が必要なわけよ」
そういうとカノンはローブの胸元から魔法の書を取り出した。
「ふむふむ、先程の火の魔法はこれか。う〜む、水素と酸素の比率が間違っている、この世界は未だに分子説が唱えられてないのか。ふむふむ、気体に対する圧力の計算もめちゃくちゃだ…」
ユウチャンは勉強が大得意だった。特に科学の知識は学者並で、趣味で行った様々な実験のデータは世界中の大学の論文に引用された。
「あなたさっきからなにをブツブツ言ってるの?」
「きぇぇい!いでよ火球よ!」
ユウチャンは呪文を唱えた。巨大な炎の塊が発生した。
「ほら、拙者の炎の方がデカイでござる」
「あなた、何者なの…?」
「拙者は『ユウチャン』でござる、パッパと魔王を倒しに参ろう」