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ひらひらと揺れるピンクレースの布。
そして、紐のついた丸みのおびたファンシーなキャラは浮かんでいる。
「ユーリー!!」
扉を開けてすぐに、目に飛び込んできた色とりどり布を認識して、すぐに隣のドアを叩いた。
しかし、いくら呼んでも、叩いても、ドアの向こう側の反応はない。
おかしいと思って扉を開けると、もぬけの殻であった。
誰もいないのに、ドアを叩いていたとか、アホすぎる。
どっと肩の力が抜けた。
「大きい声出さないでよー。ご近所迷惑になるじゃない」
無防備になった背中の向こうから聞こえてきたのは、さっきまでの元凶。
「はぁ。ユリ、そうなんだけど、そうじゃなくて。
どこに行ってたんだよ・・・」
俺がさっきまで声を上げていた理由なんか、全然わかりません。とでも言うような声に、苦々しい気持ちで振り返る。そこには
「どこって、お風呂に決まってるじゃない」
濡れた前髪を掻き上げながら、肩下まで伸びている髪と一緒にまとめている。
兄のお下がりだと言う大きめのTシャツから伸びる手足は火照っているのを物語るように、薄紅色に染まった肌。
「シャワーの音、聞こえなかった?」
そこまで広いはずがない首回りから見えるのは、控えめな膨らみーーー
「で、用はなんなの?」
何を見てるんだよ俺。
思わず追っていた視線、思考を思わず叱咤する。
俺がそんなよからぬ思考を彷徨っていたことに気づくこともなく、腰に手を当てるユリ。本人的には大人の威厳を表すつもりみたいだが、正直、小学生の”前習え”にしかえ見えない。本人には決して言えない。
ひとつ咳払いをして、ここ数日、繰り返してきた言葉を吐く。
「共有スペースには干さないでくれよ」
そう、あの色とりどり、ファンシーキャラなどは、ユリの下着である。
「えー。だから下着は防犯的にも、部屋干しなんだってー」
どんなにサイズが小さくたって、女性の下着は下着なワケで、俺の年頃の男子であって。
しかし、ユリはそういう点は疎いと言うか、男兄弟がいて、二人暮ししていたこともあり、そう言う認識がないらしい。
「いや、だから、部屋干しのことを言ってるんじゃなくてだな。
なぜ、共有スペースに干すんだって言ってるんだ」
ユリと共同生活がはじまって数日、共有スペース問題が勃発している。
「水回りは全て、こっちに纏まっているし、隣のダイニングキッチンに干しちゃうのは仕方がないでしょう?」
「そのダイニングキッチンの隣が俺らの部屋だぜ。あと、もう一つじゃん」
「あとひとつ、されどひとつ、よ。」
そう言葉を区切ったあと、腰に手を当て
「水を吸った重みを増した布モノを持つのって意外と重労働よ。
それにお互いの部屋だって広くないじゃない。部屋の中に洗濯物って、なんか嫌でしょう??」
それぞれの個室があるけれど、ユリの言う通り、広くはないのである。
ベットを置いて、机に椅子を置いただけでも、詰まった感じがしているので、ユリの言わんとしていることはわかっている。
しかし、こちらだって、年頃の男子代表として言わせてもらえば、困る。
目のやり場に困る。見る見ないとかじゃなくて、目を引いてしまうものなのである。なんと魔性の布なのだろうか。実家にいた時の母親のを見ていて、見慣れているはずなのに。
「別々に洗うと、水道代もかかるし、まとめてやることに同意してくれたじゃない。
そもそも、洗濯は私、風呂掃除は良ちゃん。って分担決めたでしょ?
私は交換してもいいのよ??」
まとめて洗う、と言うのは俺とユリの洗濯物である。
下着に直接触れるか、目にするか、の二択。
最初の分担をする時も、触るのはチョット、と思ったけど、まさか、こんなことになるとは。
しかし、俺の中は、それでも、触れるのは、なんか新しい扉を開きそうなので
「うっ。すみませんでした」
反論もできないし、分担を交換する勇気もない。
素直に白旗をあげれば
「分かればよろしい」
満足げに頷くユリ。
どうやら俺は、可愛いレースやらファンシーなやつらに慣れなければいけないようだ。