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「ちょ、ちょっとー!? 何言ってんのよっ」

 音を立てながら立ち上がり、宇汐の胸ぐらに摑みかかるあゆかの顔は怒りからか、頬や耳が紅く染まっている。

「まぁまぁ。あゆかは素直じゃないからなー」

 俺だったらしどろもどろになりそうな鬼気迫る雰囲気なのに、宇汐はどこ吹く風。ゆるゆると笑みをこぼした。

「はっ!? はぁ!? な、ななな、どこが素直じゃないって言うのっ」

「んー。えーっと、制作がうまくできなくて悩んでるクセに相談しないこととかー、調子悪いのに隠そうとするとことかー?それにホントは友達が心配だ…」

「もぅ! もぅ!! いい!!! それ以上言ったら…ぶん殴るわよ」 

 息を荒くしつつも唸るように宇汐の口を両手で塞ぐ。


 こんなにも動揺するあゆかを見るのははじめてだった。

 意見をズバズバと言うあゆかは切れ長の瞳もあって、キツイ印象を受けやすく、そして自分の意思をもち、強く、引っ張っていると思っていた。

 でも、この様子からは宇汐の方が一枚上手、と言うより、兄と妹のような関係性にも見える?

 そうなってくると、さっきまでの寒暖差のある不穏なやりとりは、一転、微笑ましいものになった。


「よしっ」


 両の手のひらを表に向けひらひらと振る宇汐をみて、あゆかは鼻を鳴らしながら了承の言葉を吐く。

 口を塞ぐのをやめたあゆかは再び、音を立てながら席についた。

 その頬は、まだ赤い。


「あ、あゆか。まぁ、そんなに怒るなよ」

 宥めるつもりで放った言葉だが

「ふんっ」

 そっぽを向かれてしまい、その表情はみえない。効果はないようだ。

「あゆかはホント、天邪鬼なんだからー」

 またしてもその場にそぐわない声が落ちる。

「いてっ」

「ぶん殴るって言ったわよね?」

 拳が宇汐の鳩尾(みぞおち)に入ったようだった。

 鈍い音がここまで聞こえたので、その威力は語ることは不要だろう。


 口先を突き出すあゆかを真ん中に、目を合わせた俺たちを苦笑した。


 ドアが閉まる音ともに話し声が溢れる。

「終わった…マジ寝るかと思った」

 先生が去り、しばしの休息の時間。

 思う存分、机にうっぷす。

 生温い机が今は心地よく感じる。

「それ言ったら、ウチの方が完徹なんだから、ウチの方が難易度が高かったわ」

「んだよ。俺だって、寝不足なんだから、難易度は大して変わんないだろ」

「いーえ。違いますー」

「いーや。違わないですー」

 お互い声は籠っている。

 机に伏せたまま言い合いをしていると

「あはは。二人とも仲が良くていいよねー」

 宇汐は笑って

「まぁ。俺からすれば、どっちも、うつらうつらしてて、寝てたよね?」


 ごもっとも。


「宇汐っ」

「ノート見せてよっ!」


 俺とあゆかは懇願した。

 いくら緩くても、単位を得るためには授業ノートがとても重要なのである。


「おーけー。じゃ、とりあえず、カフェテリアにでも移動だねー」


 2限目から授業に出る生徒が多く、この時間のカフェテリアは昼時と違って閑散としている。

 ちらほらと人溜まりができたテーブルがあるくらいで、話し声は少ない。


 静けさの中で、ノートを取る音がやけが耳に付く気がする。

「完全にミミズになってるねー」

 俺のノートを覗き込んだ宇汐は、いつものように柔和の笑みを描く。

「だな。結構、俺、寝てたかも」

 目線はノートの文字を追う。

 ノートとは言っているが、実際はルーズリーフを使用している。

 だから、学内でコピーを取ればいいとは思うけど、されどコピー代。そう簡単に出すわけにも行かないし、全く聞いていないわけじゃないし、こうして、きちんと授業を聞いていた人がいるから、わからないことを聞きながら、聞き逃してしまった分を補填した方が効率が良いと思う。時間がないなら、コピーするだけでもいいが、時間があるなら尚更。特に授業の中で話した、ノートに書き留めるほどではないけど、意外と重要な話ってのもあるから、見聞きした情報は早いに越したことはない。情報は風化しやすい。

「そうだねー。結構、虫食いしてんね。

 そんなに二人を見てたわけじゃないけど、そんなに寝てた気がしなかったけど、居眠り上手ってことになるのかなー」

 いつも通りの宇汐に戸惑う。

 それは俺の罪悪感からでもあるし、宇汐はどう思っていたんだろう。

 寝不足も勿論あるが、それが気になって、なんて言えばいいのか…それで、ここに心あらず状態で授業を受けていたので、居眠りとはちょっと違う。

「ま、そうかな…」


 会話が終わってしまい、沈黙が流れてる。

 今までだったらなんとも思わない時間(ちんもく)に集中できず、落ち着かない。

 こういう時、頼りになりそうなのはあゆかだが、カフェテリアに入って早々にノートをちらりと確認して、自分が欲しいと思った箇所を写して

「時間になったら起こしてね」

 そう言い残して、テーブルにうつ伏せになって寝てしまった。


「・・・」


 ペンを握る手に力が入り、硬質な音が響く。

 なんとなく気まずい空気が出ているのかもしれない。

 宇汐がこちらを見ているのか、何をしているのかわからない。

 目線を上げることができずに、ひたすらに文字を写した。


「…終わった、その、助かった、ありがとう」


 長いと思った時間は10分にも満たない時間だろう。


「どういたしましてー」

 ノートを片付ける宇汐に”あのこと”を早く言いたい。

 焦る気持ちを落ち着かせることができず、やっとの思いで口を開けると思わぬ言葉が入ってきた。

「あれ? 良って、このあと授業とってなかったけ?」

「は、え!? あ!!」

 言われてみれば、そうだった。

 時計を見れば、あと5分もない。闇雲に履修登録したことが今は悔やまれる。


「あはは。昼待ってるから、がんばれー」


 察しているのかもしれない宇汐にそう送り出された俺は、次の授業に滑り込みした。


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