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鼻先に甘い匂いと香ばしい匂いが漂ってきた。目の前に印刷されている色とりどりな写真は忘れかけていた空腹が食欲を訴えてきている。俺は今、駅に併設されているビル(駅ビルって言うらしい)の中に入っているフードエリアにあるカフェでユリと向かい合って、座っている。
「良ちゃん。ここはお姉さんの奢りだぞ!進学祝いよー」
その言葉に隣にいた二人組の女子がこちらも二度見したのを目の端でとらえた。
「いや! べ、別に、そんな大げさな…」
大きくなりそうな声を抑えて遠慮してみるが、アルバイトもしていない俺の財布にはお金が少ないのも事実である。背に腹は変えられないので、刺さる視線より空腹を満たすことを優先した。
ランチメニューは無料で大盛りにできるというので、大盛りにした。サラダにスープ、そして、大盛りのパスタが並べられる。ファミレスと違うし、喫茶店とはまた違う、これが都会のカフェなのか、とランチメニューに舌鼓を打ちながら、目の前で、同じくパスタを食べているユリに目を向ける。
ーーーやっぱり、年を取っていない。というか、時が止まっているみたいだ。
ユリは確か短大か専門を卒業して、すぐに就職。確か社会人2年目とか言っていた。
パスタをフォークにぐるぐると巻きつける姿は慣れていて様にはなっているが、口に含み咀嚼する姿には”もぐもぐ”という効果音が見えるような錯覚を起こしてしまいそうなぐらい、幼くみえる。
さすがに着ている服装は記憶よりは大人っぽくにはなっているけど、スーツを着て、仕事をしているというイメージが湧かない。
「…なぁに? これ、食べたいの??」
じっと見つめ過ぎていたのか、ユリと視線がぶつかった。
ユリは俺が見つめていたのは自分のパスタが食べたいのだと勘違いして「仕方がないなぁ。一口だけだからね」と、また器用にフォークにパスタを巻きつけると、そのフォークを差し出してきた。
「?」
意味がわからず、首を傾げると
「食べたいんでしょ? ほら、あーん」
ユリも俺の反応に首を傾げながら、衝撃的な言葉を発した。
高校生の俺に、あーん。って。
色んな衝撃が走り過ぎて、固まっている俺に焦れたように
「私も食べたいし、腕疲れるちゃうー」
と銀色のフォークを揺らしながら催促する。
隣の二人組の女子が一層チラチラと視線を投げてくる。
どう反応したらいいのか、なんて考えても答えが出るはずもなく、その空気に耐えきれず、思い切ってフォークに食いついた。
久方ぶりの”あーん”に照れ臭いような、恥ずかしいような、頬が火照るのを感じながら、無言で咀嚼し続けていると、ユリは嬉しそうに
「ほんと、大きくなったねぇ」
微笑んでいた。
・・・くそぅ。
不覚にも、ときめいてしまった。