第九話
奴隷市場に入って、私は思う存分奴隷の品定めをする。
出口近くに陳列されているのは労役奴隷で、これは大体男性だが戦闘が出来ない者が当て嵌まる。
街や村で暮らしているだけの男は大体奴隷になったらここに当て嵌まるんじゃないかな。
で、奴隷市場の中心部と出口の、真ん中、程好い距離で私の目的である戦闘奴隷が売られている。
戦闘奴隷になるのは元々が傭兵、冒険者、あるいは犯罪者だった者たちだ。当然剣奴なんかもこっち。
要は戦える者なら全部戦闘奴隷で、値段は奴隷本人の実力に比例する。当然強いほど高い。
そして奴隷市場で暴れた剣士君の値段は結構高かった。
結構強いみたいだ。強いからこそ、自分なら助けられると思っちゃったのかな。
どんな身分の者でも、奴隷になった時点で持ち物は全て取り上げられて奴隷服のみ着ることを許される。
当然この剣士君も奴隷用の服を着ており、筋肉のつき具合は一目で分かった。
一見細身だけど、その実かなりムキムキの実に戦い向きのいい身体をしている。力と瞬発力のバランスが良さそうだ。
残念なのは目で、虚ろに濁っていて目に光が無い。どうやら幼馴染たちを奴隷にされたことがよほど応えた様子だ。もしかしたら、調教されている様子を見せられたりしたのかもしれない。それなんてエロゲー。
捕まったのは自業自得だし、他人を巻き込んだのも最低だけれど、どうやら今日出品された中では、この剣士君が一番強いようだ。
かなり若く見えるのに、凄い。本当に掘り出し物なんだな。だからこそ、奴隷になった経緯が微妙過ぎる。
「この奴隷、おいくら?」
奴隷商に尋ねると、十分私の貯金で買える額だった。
私の声を聞いて、剣士が僅かに顔を挙げ、ぼうっとした目を私を見た。
負け犬の目。
強いことは確かなんだろうけど、この目のままじゃ使えないな。
とりあえず買うつもりがあることだけを告げて、他の奴隷を見にいく。どうせなので、あの剣士君の幼馴染三人も見てみよう。
剣士君と幼馴染たちは騒ぎを起こして奴隷になったという、話題性のある経緯があるせいか、剣士君の幼馴染たちを扱っている奴隷商はすぐに知れた。
「お客様はお目が高い! この奴隷たちは性奴隷だけでなく、戦闘奴隷としてもこなせるお買い得な商品ですよ!」
奴隷商は張り付いた笑みで揉み手をしながら、奴隷の説明をべらべらと始めた。
「まずこちらから御説明しましょう。歳は十五歳、器量良し、胸は小さめですが、私の店は豊胸薬も取り扱っておりますから、胸を大きくしたいという御要望にもお答えすることができますぞ!」
いや、そういうのはどうでもいいから、どのくらい戦えるのか聞きたいんだけど。
「類稀なる名器の持ち主で、同性相手の訓練も積んでおります! 痛みにも強いので過激なプレイにも対応できます!」
だからそういうのじゃなくて、戦闘技能を知りたい。
「今なら理性を剥ぎ取り性欲を増大させる薬もセットに」
「で、つまりどのくらい戦えるんですか?」
いい加減まどろっこしくなって説明を遮って尋ねると、奴隷商の営業スマイルが引き攣った。
何故かだらだらと冷や汗をかき始める。
「えー、魔法使いですから、後衛ですな。炎魔法と風魔法に適正があるようです。中級魔法まで使えるのを確認しております。二属性持ちは少々値が張りますぞ」
「そう、ありがとう。そこの二人は?」
ついでに他の幼馴染についても教えてもらうことにしよう。
「十七歳、筋肉質ですが、それに見合った巨乳が魅力的であり……」
「性奴隷としてではなくて、戦闘奴隷としての詳細をお願い」
「武器を選ばないオールマイティなタイプの戦士ですな。剣、槍、斧、盾の四種を扱えることを確認しておりますどちらかというと、対人より対魔物戦闘を得意としているようです。扱っていた武装も重量物が多いのを確認しております」
武器を選ばないっていうのはいいね。
私みたいに刀しか扱わないっていうのは、一つの武器に習熟するっていう意味では効率がいいけど、いざ武器が壊れたっていう時に替えが利き難いから。
「最後の一人は弓使いです。元々は山に分け入って獲物を仕留める猟師の娘だったようです。追跡技術や野山の知識が豊富ですが、戦闘では弓しか使えません。運用するなら前衛が必要でしょう」
ふうん。ということは、剣士君と戦士ちゃんが前衛、魔法使いちゃんと弓使いちゃんが後衛で一応バランスは取れてたんだね。
全員買えれば普段戦う相手には困らなさそうだけど、さすがに足りるかな……。
まあ、奴隷市場の周辺じゃ、不幸な事故が起こりやすいっていうし、足りなくても何とかなるかな。
■ □ ■
結局私は剣士君だけを買い上げて、奴隷市場を後にした。
彼の幼馴染三人は高くて買えなかった。性奴隷と戦闘奴隷という二種類の複合奴隷だから私の持ち金でも足りななかった。
一人だけなら一文無しになるけど何とかって感じ。ただしこの場合は逆に剣士君を買う金が無くなる。
「さて、まずは君の名前を聞かせてもらおうか」
「……イルク」
答える剣士君の目は変わらず死んだままだ。
声も暗くて覇気が全く無い。
「君の幼馴染は誰に買われるんだろうね?」
私が尋ねると、イルクと名乗った剣士君はびくりと身体を震わせた。
「うあああああああああ……」
悲嘆の声。やがて、奴隷市場から女奴隷を三人連れた男が出てきた。
でっぷりと肥え太り、脂ぎった肌の中年の男。女奴隷はイルクの幼馴染たちだ。どうやら三人一緒に買われたらしい。
一様に彼女たちの目が虚ろなのは、何か自我を奪う薬を与えられたのかもしれない。彼女たちは戦闘力が高いから、暴れられたら危ないからね。仕方ない。
奴隷市場の前で、男は佇む。どうやら馬車を待っているようだ。手慰みに三人のうち、巨乳な女戦士の胸を揉みしだいている。エロ親父め。
「彼女たちがあの中年男とどんな初夜を迎えるのか、興味が沸かない?」
「や、止めてくれ……」
泣きそうなイルクを見ていると、ついつい嗜虐心が沸く。
いけないいけない。イルクを苛めるのが目的なわけじゃないんだ。
「絶望する君に、一つ良い事を教えてあげよう。奴隷市場で買った奴隷を持ち帰るまでの安全を、奴隷市場の商人たちは一切保障していない。つまり、奪われる方が悪い。特に、高値の性奴隷を連れているような場合は」
懐から取り出した凶器を、鞘に納めたままイルクにぽんと投げ渡す。
宙を飛んだそれを、イルクは流石というべきか、見向きもせずに空中でキャッチした。
取ってから、取ったものを見て、イルクは驚き目を見開いている。
「君にその短刀を貸してあげよう。とある勇者サマが使っていた曰く付きの品さ。欲しければ奪え。奪われたのなら奪い返せ。それが悪人の論理だ。そいつであの男を殺せばいい。そうすれば、彼女たちの身柄は私が確保してあげよう。特別サービスに、君が男を殺すまでの間、彼女たちの囮だって引き受けたっていい。君に、悪人になる覚悟があるのなら」
「でも、それは、犯罪……」
「なら、自分の女を奪われるのを、このまま見過ごすかい? 彼女たちと、一緒に居たいんだろ?」
目を見開いたイルクは、逡巡の末に、血走った目で小さく頷いた。
「それでいい。なら早速動こう。馬車で連れて行かれたら、探すのが面倒だ」
歩き出した私の背後を、イルクが短刀を手についていく。
「こんにちは、死ね!」
言葉と同時に刀を抜いて男目掛けて斬りかかる。
すまない。言ってみたかっただけなんだ。
私に気付いた太った中年貴族が叫ぶ。
「あ、あいつを殺せ!」
命令を受けた女奴隷たちが間に割って入ってきたので、私は寸止めに切り替えて彼女たちを男から引き離した。
薬で自我を奪われている彼女たちは、状況判断がてんで駄目だ。本当に主のことを守るなら、絶対に離れるべきではなかった。
仕方ないね。自我を奪われているんだもの。そういう繊細な状況判断は下せない。与えられた単純な命令に従って動くだけだ。
この場合、命令を下した側が全面的に悪い。
離れていく私と入れ違いになる形で、イルクが男に向かって走り、襲い掛かる。
その間、私は彼女たちを引き付けてあしらう。殺しちゃ駄目な戦いはやる気が出ないから、本気を出せない。ごめんね。手を抜いているわけじゃないんだよ。
イルクが自分の身体を庇おうとする男の腕を掻い潜り、その心臓を穿った。
短剣一本でよくやるなぁ。やっぱりいい買い物だったね。
殺したくなるけど我慢我慢。買ったばかりなのにもったいない。
主である中年男が死んだことで、イルクの幼馴染たちの動きも止まった。
「本当に、これで彼女たちを取り戻せるのか……?」
今更不安になったようで、イルクが私に揺れる眼差しを向けてくる。
「まあ、見てなさい。この子たちを連れてもう一度、奴隷市場の奴隷商人に会いに行きましょう」
確保した彼女たちを連れて、来た道を逆戻りして再び奴隷市場へ。
私はニコニコ笑顔で奴隷商人に会った。
「ちょっといいかな?」
「はい、何でございましょう」
「さっき、奴隷市場の外でこの奴隷たちを拾ったんだ。あなたが売った奴隷商人だよね?」
「確かに私が販売した性奴隷ですが、何かお客様にご失礼なことでも? しかし、既に私共の手を離れておりますから、ご苦情はお買い上げになられたお客様本人に言っていただきませんと……」
「ああ、違う。そうじゃないんだ。不幸にも、彼女たちの主は帰る途中に事故に遭われたらしく、死んでしまっていてね。放っておくのも忍びなかったから拾ったんだけど、私のものにしてもいいものかと思って」
「その死んでいたというのは、奴隷市場の外で?」
「もちろんだよ。奴隷市場の中にいる奴隷に手を出そうとは思わないさ」
「それでしたら構いませんよ。先ほど申し上げた通り、販売が完了した時点で、私共の手を離れておりますので。お客さま同士の間でご解決していただく問題です。お買い上げ、ありがとうございました」
お互いニコニコ笑顔で、私と奴隷商人は始終和やかに話を終えた。
どちらも欺瞞を欺瞞と気付いた上で、敢えて知らない振りをしている。
奴隷商人は、奴隷が売れればそれでいい。
私の方は、奴隷が手に入ればそれでいい。
ここに両者の利害は一致したわけだ。
呆然としているイルクに振り返って告げる。
「というわけで君の幼馴染三人も、晴れて私の奴隷となった。私に出会った幸運を噛み締めるといいよ」
普通は人斬りサイコパス殺人鬼にばったり出くわしてしまったら、己の不幸を嘆くと思うけど、それはまあ、言わぬが花ってやつだ。
イルクはやがて、ようやく実感が沸いたのか、無言で泣き出す。
うん、良い事した後は気持ちがいいね!
後は楽しい殺しができたら言うことナシだ!