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第八話

 カステルラントは小国だが、高い魔法技術によってヴァンデルガルドの中で唯一勇者を擁する国になった。

 今もなお、勇者の存在によって隣接する四大国の脅威から逃れ続けている。

 地球で例えるなら、核を完成させたばかりのアメリカのようなものだろうか。

 当時のアメリカと違うのは、カステルラントは魔法技術はあっても国土そのものは吹けば飛ぶような小国でしかなく、常にその魔法技術を狙われていて国の存続自体が勇者ありきで成り立っているということ。

 初動は圧倒的に私の方が速かった。

 当然だ。肉体のスペックとしては互角でも、勇者の選定で強化された私のオーラは身体能力を超人に変えている。

 勇者を倒すには圧倒的な物量差で潰すか、毒物や異性の色仕掛けなどを使った搦め手で殺すしかなく、正面きっての殺し合いなど一番してはいけないことだ。

 正面から戦って勇者を倒せるのは勇者だけ。だからこそカステルラントは一騎当千の勇者を求めて私たちをこの世界に拉致して選定にかけるのだし、そのために選定に漏れたクラスメートたちの死は許容された。

 そのことについては特に何も言うつもりはない。殺した本人が私なのだから当然だ。


「あなたたちは理解していないみたいだから教えてあげる。勇者ってヤツがいかに理不尽な存在なのか、その身をもって知るといい」


 私は何気なく一歩踏み出し、そこから一気に運動のギアを入れて近くにいた男の目の前に躍り出た。

 静から動への急激な転換。それは突然私が消えて私が現れたとしか思えない、目の錯覚を見た者に齎す。

 移動に要した時間は僅か三ミリ秒。瞬きする時間とほぼ同じだ。つまり、私は瞬きした瞬間には刀の間合いへと距離を詰めていることになる。

 これでも、私はカステルラントへの道中で出会ったあの勇者より遅いのだ。頂は未だ見えない。


「なっ」


「止まって見えるよ」


 飛び退こうとした男の動きより先に、左手で首を掴んで持ち上げる。

 ネックハンギングツリー。

 性別の違いからやや身長差があるけど、胸の高さで保持するんじゃなくて頭の上まで掴んだ手を上げちゃえば、女の私でも男の足をぎりぎり浮かせられる。


「殺しはスマートにが私のモットーなのさ」


 そのまま右手に持った刀を男の腹に突き刺し、首を放して男の自重とオーラで強化された私の腕力を合わせ、一気に逆袈裟に肩口まで斬り上げた。

 真っ直ぐ脳天を狙ってもいいんだけど、首の骨とか頭蓋骨とか案外硬いし、万が一変な風に力をかけて刀が刃毀れしたら困る。

 突っ立ってたら噴出す血飛沫でまだらに赤くなること請け合いなので、ひょいと横に避けて倒れる男の死体を目の端に置いて歩みを先に進めた。


「次は誰が良い? 前に出てきた人から殺してあげようじゃないか」


「怯むな! 相手は近接武器だけで飛び道具を持っていない! 弓だ、弓を使え!」


 せっかく不意を打てたのに、冷静に戻られてもつまらない。

 次の獲物は、後ろの方で力の限りに声を飛ばして指揮をしているアイツにしよっと。

 背後から飛んできた矢を振り返らずに叩き落し、地を蹴った。

 来ると分かっている矢なんて、見る必要もなく対処できるに決まっている。

 二、三度地面を軽く蹴って準備運動。


「ごめん嘘ついた。後ろから殺すよ」


 オーラを展開して一気に最高速度に達し、巻き起こした衝撃波でついでとばかりに障害物だった男たちを吹き飛ばす。前へ、前へ、前へ。

 靴を滑らせて摩擦でブレーキをかけ、標的に決めた男の前で止まる。

 こずるそうな男だ。

 背が低く、人相が悪いのに、人を顎で使うのに慣れていそうな傲慢な面構え。

 こいつは、最初に私に話しかけてきた男だ。


「あなた、色々指示してて鬱陶しいから、先に死んでね」


 にこりと笑って刀を一閃、その首を飛ばした。

 殺したのはたったの二人。物足りない。

 残った男たちはさすがに警戒して一箇所に固まっている。

 さて、どう崩そうかな。

 思案しながらも、身体はごく自然に男たちへと近付こうと歩いている。

 視線は一点に絞るんじゃなくて、全体に薄く広がるように全体象で捉え、初動を見逃さないようにする。

 近付くと飛び掛ってきた一人を、ひょいと横に一歩ずれるだけでかわし、唖然とする男の背中、肩甲骨と肩甲骨の隙間をすれ違い様に撫で斬り、地面へと這いつくばらせた。

 すかさず剥き出しの延髄に刀の切っ先を突き入れて止めを刺し、次の獲物を吟味した。

 殺したのは全部で三人。まだまだ殺し足りない。次は誰にしようかな。

 頼むから、今回は途中で逃げたりしないで全員皆殺しにさせてね。


「ば、化け物……」


 怯えた様子で、男たちの一人が呟く。

 む。可憐な乙女を捕まえて化け物呼ばわりとか失礼じゃない?

 君から先に殺っちゃうよ?

 標的を変更して、失言を漏らした男を先に殺すことにした。

 これも口は災いの元って言うのだろうか。

 気分が良い感じに乗ってきて、鼻歌が口をついて出た。


「~♪」


「う、うわあああああ!」


 目の前まで歩くと、破れかぶれか、標的に定めた男がダガーを抜いて飛び掛ってきたので、足捌きで回避しつつ、ついでとばかりに足を引っ掛けて転ばせた。


「うわっ!」


 転倒する男の、ダガーを持つ手を踏みつけて動きを封じ、刀を逆手に持ち変えて、背中から心臓を突いた。

 転ばして殺すのは戦闘の基本。派手な斬り合いもいいけれど、こういう堅実な殺し方も嫌いじゃない。

 私の方が有利とはいえ、一応多対一の戦いなので、一人一人に時間はかけてあげられないのが残念だ。

 苦しむ時間が最小限で速やかに死ねるっているのは、彼らにとって幸せなのかな。

 これで四人。ようやく半分切った。


「ゆ、許してくれ! もうお前のことは襲わねえ! 第三王子とも手を切る! 何ならギルド長側に組したっていい!」


 あらら。四人のうちの一人から降参宣言が出てしまった。此処までか。


「降参する振りして後ろから襲い掛かったりするでしょ? するよね? してくれるよね? ここまでやってお預けとか本当ムラムラして抑えるの大変なんだよ? だから続行しようよ。ね?」


 一縷の希望を篭めてさあ騙まし討ちドンと来いばかりに隙を見せても、男は掛かってくるどころか、ますます戦意を衰えさせてしまった。


「いや、止める! 本当だ、嘘じゃない! ほら、お前らも頭を下げやがれ!」


「……ちっ」


 三人揃って見事に土下座された私は、それ以上私の殺人欲求を優先する理由が無くなって、物凄い不機嫌な舌打ちをする代わりに、彼らを許したのだった。

 つまんない。



■ □ ■



 ミヒャエル王子がくれたメモに書かれていた酒場についてはすぐに知れた。

 カステルラントの盗賊ギルドのギルドマスターが情報を持っていたのだ。

 思えばそれは当然の話で、ギルドマスターは他の盗賊ギルド員と違い第三王子派第五王子派どちらに転んでもいいように準備をしていたのだから、知っているのは当たり前だった。

 月下亭。それが件の酒場の名前だった。

 部下の手綱を握っておくことが出来なかったことで生まれた貸しを、ギルドマスターは情報に変えて速やかに支払ってくれた。

 これで月下亭の場所は知れた。

 約束の時間まで時間が出来た私は、これからどうしようか考える。

 久しぶりに帰ってきたんだし、観光してもいいんだけど、私お尋ね者だしなあ。

 後先考えなければむしろそれで引き起こされる厄介事は願ってもないことだけど、目先の欲に釣られて本来の目的を見失っていたら意味がない。

 もう一つの依頼である勇者選別依頼が残っているし、ミヒャエル王子との約束もある。

 うん。とりあえずもう一つの依頼を進めよう。

 捕まえにくるようだったら逃げればいいし。

 ちなみにギルドマスターには私が第三王子と第五王子のどちらの味方をするかは言ってない。私からは、どちらでもいいように準備だけはしておいて欲しいって言っておいた。

 今の私は宙ぶらりんの蝙蝠状態だけど、こういう時は私の無駄に血生臭い経歴が役に立つ。

 人斬りサイコパス殺人鬼である私は他人とは違う価値基準で行動し、殺人欲を満たすことを最優先するから、その行動に一貫性を求めても仕方がない。

 そう説明すれば、大抵の人は納得してくれる。

 要は殺人鬼故に気まぐれなのだということだ。

 大体合ってる。

 王城を目指して歩き、城門前の門番に依頼書を見せて取り次ぎを頼む。

 責任者らしき男の下に案内されて、説明を受けた。


「召喚の儀式は明日の正午に行います。あなたには、召喚された異世界人たちを見張り、我々に牙を剥かないように監視をお願いしたいのです。これには理由があって、前回召喚して選定された勇者が陛下を殺害して行方をくらませたからであり──」


 説明してくれる男には悪いのだが、その逃げた勇者が目の前にいるんですよ。

 凄く教えてあげたい。

 それにしても、本人に依頼出すか普通?

 もしかしたら、この世界の人間は日本人の顔の区別がつきにくいのかもしれない。

 とにかく、必要な情報だけ引き出して退散した。

 王城からまた城下町に戻って途方に暮れる。

 さてどうしようか。


「……あ、そういえばカステルラントにも奴隷市場があるんだった」


 暇潰しに覗いてみようか。

 使える奴隷が居れば買ってもいい。

 ちなみに私にとって使える基準とは、戦えるか否か、強いか弱いかである。

 別に性奴隷とか買っても扱いに困るからね。仕方ないね。

 カステニアの地理は頭に入っているので、このまま奴隷市場に向かう。

 こういうこともあろうかと金はたっぷり持ってきたので、多少高い奴隷でも手が出る。

 どんな奴隷が居るかな。

 剣奴とかが居たら一番いいんだけど。カステニアにはコロッセオがあるし、コロッセオでは剣奴同士の試合や対モンスターの試合が毎日行われていて、貴族平民に関わらず大人気だっていうし。

 ルートリーマにはコロッセオがないので、一度見てみたかったのだ。

 本音を言えば乱入したい。

 でも今それをやると依頼どころじゃなくなるから我慢する。

 ……依頼終わったら真剣に検討してみようかな。

 まあ、とりあえず奴隷市場に急ごう。

 ルートリーマほど極端ではないとはいっても、カステルラントも治安が悪い場所は存在する。

 奴隷市場近辺は特にそうだ。

 とはいっても、奴隷市場自体の治安は良くて、あくまでその近辺で人攫いとかの犯罪が起こりやすいっていうだけなんだけどね。

 用心棒が多数いる奴隷市場で真正面から奴隷制度に喧嘩を売るバカは居ない。即座に叩きのめされて自らが奴隷として売られることが分かりきっているからだ。

 そんなことをするヤツは田舎から出てきたばかりの青臭い若者って相場が決まっている。若者の私が言うのも変だけど。

 でも実際居たらしい。

 田舎から幼馴染の女の子三人と一緒にカステルラント一の剣士になるという夢を持って都会に出てきて、性奴隷として売られていた奴隷に同情して奴隷市場で暴れ、自分どころか幼馴染三人を一緒に巻き込んで奴隷として売られる羽目になった剣士に、私は出会った。

 ちなみに彼の幼馴染の女の子たちも、性奴隷として売られてるよ。

 NDK? NDK? と剣士のことを煽りたくなったけど、武士の情けで我慢してあげた。


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