第七話
それからは何事もなく旅を再開し、私たちはカステルラントの王都カステリアに着くことができた。
とはいっても、残っているのは私とミヒャエル王子、巡礼中のシスターであるリーズ、出稼ぎに来たアキネスの四人のみなのだが。
私と同じ護衛だったトルニスは道中に婦女暴行に及んだため現行犯につき喜んで……じゃなかった、やむなく私が殺害して対処した。楽しい……でもなかった、とても悲しい事件でした(すっとぼけ)。
「とても悲しい事件だったわ」
「顔が笑ってるわよ、マガツ」
「あらこれは失礼」
ミヒャエル王子が肘で私のわき腹をつついてきたので、澄ました顔で誤魔化す。
そんなに笑ってたかな。自分では悲嘆にくれた顔のつもりだったんだけど。
「それでは僕はこれで。道中はありがとうございました。あなたが居なかったら、今頃僕たちはどうなっていたか……。感謝に耐えません。王都ではバルクス商会で働かせてもらう予定なので、よろしければ一度訪ねてください。様々な商品を手広く取り扱っている、大きな商会ですから」
不思議に思った私は正しかったようで、アキネスは私の態度を不審に思わず、カステリアに入ると深く一礼して雑踏に紛れた。
「それでは、私たちも参りましょうか、ミヒャエル殿下」
「ああ。案内を頼む」
当然のようにリーズがミヒャエル王子の名前を呼び、ミヒャエル王子も声を切り替えて凛々しい少年声と言葉使いで答えたので、私は一瞬流しそうになった。
……ん? ミシュエラの正体がカステルラント第五王子ミヒャエル殿下だっていうことは、彼女は知らないはずよね?
「あのー、二人はお知り合い?」
訪ねる私に、リーズは居住まいを正した。
でも気のせいか、私に対する眼差しが険しい気がする。
私、何かしたっけ?
あ。彼女の目の前で人間を殺しまくってたね。殺し慣れし過ぎてて素で思いつかなかったよ。
「ミヒャエル様のメイドしておりました、リーズと申します。此度においては、ミヒャエル様をお出迎えに同行させていただきました。今まで黙っていて申し訳ありません」
「いや、それは別にいいんだけどさ。どうして巡礼のシスターの扮装を? そのシスター服って実際にカステルラントの修道院で使われているものでしょ?」
「マガツ、申し訳ないが詮索は……」
「構いません。こう見えて、聖職者の娘でもございますので、ちょうど良い立場に居たのが私だったというだけです。シスターなのは本当です。聖印もありますよ、ほら」
胸元に下げたペンダント型の聖印を、リーズは私に見せてくれた。
どうやらリーズが信心深いというのは本当のようだ。
私はヴァンデルガルド生まれの人間じゃないし、宗教に興味は無いから、この聖印がどこの宗教なのかまでは分からないけど。
「世話になった。色々と思うところがないわけではないが……そなたのことは忘れぬ」
最後に私の手を取ったミヒャエル王子は、私の手に紙切れを握らせると、にこりと上品に笑うと、声質を再びがらりと変えた。
「それでは、ごめんあそばせ」
軽やかな女声を残して、ミヒャエル王子はリーズを従えて雑踏に消えていく。
その姿は、女の姿をしていても、間違いなく人の上に立つことに慣れている風格があった。
ルートリーマではそんな姿微塵も見えなかったけど、他の面子が濃すぎたから仕方ないね。
ミヒャエル王子が残した紙片を広げ、書かれている内容を確認する。
『本日夜中の二時 酒場』
……うん。何か話があるのは構わないし、別にいいんだけど。
酒場っていっても、王都カステリアには結構あると思うんだ。
何処の酒場だよ! 名前くらい書けよ!
思わずそう突っ込みたくなった私を誰も責められまい。
まあ、たぶん万が一私以外の人間に知られるのを警戒してるんだろうなというのは、想像がつく。
つまり、私からミヒャエルに会いたければ、ミヒャエルが指定した酒場がどこにあるかを、まず突き止めなければならないわけだ。
しかも制限時間つきで。
それが分からないような輩なら、此処までの関係だということだ。
「王族だから警戒するのは仕方ないとはいえ、ちょっと薄情過ぎるんじゃない?」
用済みになった紙片を、バラバラに破り捨てる。
「……責任取ってって、貴方が言ったんじゃない、バカ」
風に待って散っていく紙片を見つめ、毒づいた。
ここまできてまどろっこしい真似をされるのも頭にくるし、一方的に私を計るような真似も気に食わない。
いいでしょう。
私なりの流儀で、その挑発に受けて立とうじゃないか。
■ □ ■
ミヒャエル王子たちと別れた私がまず訪れたのは、カステルラントの盗賊ギルドだった。
私も盗賊ギルドの一員であるけれど、それはあくまでルートリーマの盗賊ギルドであり、このカステルラントの盗賊ギルドとは、全くとまでは言わないけれども関係が薄い。
よって、入国したなら挨拶は必須だ。
得に今回の依頼はカステルラントの王位継承問題であるからして、カステルラントの盗賊ギルドも旗色を明確にしていないにしろ、一枚噛んでいることは確実だ。現に今回の依頼はカステルラントの盗賊ギルドを経由してきている。
盗賊ギルドというのは街によって大きく成り立ちや内情が違っていて、地球のマフィアやヤクザと大して変わらないものから、ゲームなどに出てくる遺跡探索専門のプロフェッショナルみたいな団体が集まる組織だったり、街によって立ち位置が微妙に違う。
ちなみに、ルートリーマでは完全にヤクザかマフィアで、しかも国公認の組織だ。表立ってはどちらも否定するけれど、裏ではしっかりと手を組んでいる。
これは案外治安維持の観点から見ても効率が良い。国は後ろ暗いことが必要な捜査や任務に関しては盗賊ギルドに委託してしまえるし、盗賊ギルドは国の権力をバックにつけることによって、他の違法組織との縄張り争いで優位に立つことができる。
実際そのお陰で、ルートリーマ路地裏はとても危険なところだけれど盗賊ギルドに所属しているならその限りではないという、奇妙な状態になっている。
ギルド員同士の揉め事は御法度だから、所属していれば突然路地裏で人斬りサイコパス殺人鬼に不運にも出会ってしまって斬殺されるなんていうこともなくなるのだ。
そのため、最近のルートリーマ路地裏近辺では、盗賊ギルドへの所属希望者が激増しているんだとか。
とはいっても、所属するのには上納金が必要だし、ギルドのノルマはそれなりに厳しいので、身の安全欲しさに所属した輩は大体ノルマを果たせなくて奴隷になるか、除名された挙句路地裏で殺人鬼に出会って死ぬ。はて、殺人鬼って誰かな(すっとぼけ)。
以前説明したこともあるかもしれないけど、ルートリーマの盗賊ギルドは奴隷市場を取り仕切っている。
私はこう見えても奴隷の一人くらいなら持てる立場が盗賊ギルド内で確立されているし、それだけの財力もある。マッドベアなどは専用の性奴隷を囲っていたりしていて、私にも身の回りの世話とかの名目で奴隷を勧めてくるんだけれど、その度に丁重にお断りしている。
だってそんな奴隷とか選んでる時間あったら、その時間でルートリーマの路地裏をうろつく方が楽しいからね。
そして、カステニアにも、ルートリーマほど力は強くないけど盗賊ギルドがある。
何を言いたいかというと、挨拶を済ませて盗賊ギルドを出たら、すぐに何だか知らんけど囲まれて人気の無い路地に連れ込まれた。
相手は全部で七人か。多いのやら少ないのやら。
「えっと、一応聞くね。これ、何のつもりかな? 国は違えども、盗賊ギルドの人間同士が争うのは御法度でしょ?」
「お前には、我が国の盗賊ギルド員殺害の罪が掛かっている。目には目を、歯には歯をが盗賊ギルドの流儀だということは、お前とて理解しているだろう」
私を囲んだ男たちの一人が、静かに私に告げる。
ほうほう、つまり君たちは私と殺し合いを御所望か。
「見に覚えが無いんだけど。何の話よそれ」
少なくとも、私自身が覚えている限りでは、盗賊ギルド員を殺したのはルートリーマに逃げてきたばかりの頃、マッドベアと始めて出会った時の一回だけだ。
それもルートリーマの盗賊ギルド員で、カステルラントではない。
他に考えられる可能性としては、カステルラントから脱出する際に殺した人間の中にカステルラントの盗賊ギルド員が混じっていた可能性だけれど、どうやら今回は違うようで、相手の方から否定してくれた。
「しらばっくれるな。第三王子のために我々が計画した第五王子暗殺を台無しにしたのがお前だということは分かっている。あの依頼には盗賊ギルドからも人材を多数投入していたのだ。どうしてくれる」
「へえ。つまり、こう言いたいの? カステルラントの盗賊ギルドは私に選択を委ねるつもりなんてなくて、最初から第三王子派に肩入れしていると? 聞いてた話と違うんだけど?」
「それはギルドマスターの独断だ。副ギルドマスターを始め、ギルド員の多くは第三王子についている。第五王子は潔癖で、奴隷市場も盗賊ギルドに対しても否定的な立場を取っていたからな」
ああ、なるほどそういうことか。
カステルラントの盗賊ギルドは、上が下の手綱を握れていないらしい。
でなければこんなことにはならない。
ルートリーマは上がやれと言ったことを跳ね除けるには、命を常に天秤にかける必要がある。
まあ私の場合は、「え? 嘘、殺していい人間が増えた! やったー!」くらいにしか思わないから、マッドベアは私に対してはまた別の方法で手綱を握っている。
どうやってかというと、単純に私の殺人をなるべく咎めないようにしたのである。
自分で言うのも何だけれど、私は基本的に気持ちよく殺しが出来ればその他のことには寛大なので、たとえマッドベアが私の尻を撫でてこようがこっそり飲み物に媚薬を混ぜてお持ち帰りを企んで私に勧めて来ようが命までは取らずに、紳士淑女としてぶっ飛ばすだけに留めている。
私闘そのものは厳禁だけど、明らかに相手に非があるような場合はその限りではない。
「ふうん。つまり、その件や今の件にギルドマスターは関与してないわけだ」
ようやく事態を飲み込めた私は、心から湧き上がる歓喜に身を任せて哂った。
殺人鬼を舐め過ぎだよ君たち。殺人鬼に理屈は通じない。殺してもいい理由があって、殺しても大丈夫な状況で、殺しても心が痛まない人間なら、殺さない殺人鬼はいない。
そして私は勇者だ。勇者と名乗るに足る力を、あのクソッタレな選定によって手に入れた。
我慢なんて、するわけないじゃないか。
「じゃあ、殺しちゃっても何の問題もないわけだね?」
ゆらりと空気が揺らぎ、一瞬の後にはそれは黒いオーラとなって吹き上がり、私を包む。
死者の顔たちこんにちは。
やったね、また仲間が増えるよ!