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第六話

 さて、王都カステリアに着くまでに、私にはもう一仕事が控えている。

 いうまでもなく、トルニスのことだ。

 最後まで取っておいたのだから、せっかくなら美味しく頂きたい。

 現在私たちは、ミヒャエル殿下に馬に乗ってもらって私がその護衛を務め、シスターであるリーズは一人では馬に乗れないため、出稼ぎ青年のアキニスがもう一頭の馬に彼女と相乗りをしている。

 ちなみにあの襲撃を退けてから、シスターと出稼ぎの青年に名前を教えてもらった。

 もちろん私の名前も伝えてある。

 しっかり二人を守ったことで、ちょっとは気を許してくれたかな。

 トルニスは二人の護衛をしているのだが、アキニスという予定外の邪魔者が入ったことで、明らかに苛立っているのが、直接関係のない私たちにまで伝わってきた。


「……欲望に満ちた、薄汚い殺気ですこと」


「あれ、ミシュエラちゃん辛辣だね」


 ぽつり可憐な口から小さな声で漏れた毒舌は、ミヒャエル王子のものだった。


「だって、マガツの殺気とは全然違いますもの」


「そんなに違うかな。自分じゃ良く分かんないや」


 殺気の質なんて全然気にしたことがないから、いまいちミヒャエル王子の言いたいことが分からない。


「マガツの殺気は透明で透き通っていて、それでいて刃のように鋭く研ぎ澄まされてとても綺麗ですのよ。それに比べて、あの男の殺気は肥溜めから立ち上る、視覚化されるほど臭い糞尿の悪臭も同然ですわ」


 そこまで言うかい。

 哀れトルニス。

 どうやらトルニスはミヒャエル王子に嫌われているようだ。

 実際に、ミヒャエル王子はトルニスが近くに来ると顔を背けて口を閉ざしてしまう。

 私とトルニスが会話していても、決して入ってこない。


「次の休憩にやる。お前はあの野郎の注意を引け」


「はいはい。君も好きだねー。私は狙わないの? 私、トルニスとならイイコトができると思うんだけどなー」


 流し目を送り、わざと服の胸元を緩めて誘ってみる。殺し合いに邪魔だから布を巻いているけど、私は結構脱いだら凄いタイプだ。


「本当にそう思ってるのならその不気味なオーラを消せ。殺気も漏れてるぞ」


「あら、そう? でも案外、殺し合いしながらセックスしたら気持ちいいかもよ?」


「そう思えるのはあんたみたいなキチガイ染みた変態だけだ」


「酷い言い草を頂きました。ミシュエラちゃん、この人殺っちゃっていい?」


「護衛対象として許可します。好きになさい」


「おい馬鹿止めろ」


 慌てて私から離れていくトルニスを追い回したり、リーズのお説教を聞いたり、アキニスに馬の世話の仕方とか、馬についての薀蓄を語ってもらったり、ミヒャエル王子に頭を撫でてもらったり、それからは中々有意義な時間を過ごせた。

 でもそれももうすぐ終わりだ。トルニスがその気になってるから仕方ないね。

 時刻は昼を回って二時間ほど経った三時頃。


「今日はここまでにする。マガツはミシュエラとアキニスを連れて薪を集めてくれ」


 暗くなってから準備をするのでは遅いので、今から準備を始めるのは何もおかしくない。


「私たちもですか?」


「人手が足りないからね。仕方ないよ」


 物分りがいい振りをして別れ、頃合を見計らってミヒャエル王子を連れて戻る。

 一人で行ってもいいんだけど、ミヒャエル王子をアキニスと二人きりにするのは、それはそれで不安だ。どちらも護衛対象だけど、心情的には私が一番心を寄せているのはミヒャエル王子だし、一番重要なのもミヒャエル王子なのだから。


「マガツも趣味が悪いですわね。わざわざ襲うのを待って殺そうなんて」


「だって、特別な理由も無いのにいきなり殺したらただの犯罪じゃない」


「殺人鬼ってそういうものではありませんの?」


「計画的な殺人鬼だっているよ、そりゃ。全部が全部、衝動的な殺人に走ってばかりいるわけじゃないさ」


 到着したら、リーズがシスター服を破られて無理やり脱がされているところだった。

 間が良いというか、間が悪いというか。

 私にとっては正にベストタイミング。

 刀を抜いてちょっとだけトルニスに向けて殺気を放ってやると、彼は機敏な動作で飛び退き、剣を引き抜いた。

 おおう、良い反応。期待できる。これは楽しみだ。


「誰だ!」


 私たち以外に誰がいるのさ。


「見ちゃった」


 何か後ろでミヒャエル王子が「来ちゃった♪ みたいに言わないでよ無駄に色気があるんだから」とかブツブツ言っていたけど、無視無視。


「マガツか。てめえ、何のつもりだ」


「いけないなぁ。シスターに手を出すなんて、神罰が下るよ? ──リーズ、今のうちにこっちへ。ミシュエラは彼女をよろしく」


 慌てて破かれたシスター服をかき集めて走ってくるリーズの手をミヒャエル王子を手に取るのを見ながら、私はトルニスに向き直る。


「護衛対象に仇為すなんて、冒険者失格だね? しかも巡礼のシスターを襲うなんて、宗教家全部を敵に回す愚行だ。放っておけば私まで同罪に見られかねないし、仕方ない。殺しちゃおう」


「ちっ。最初からそれが狙いかよ。これだから狂人は」


「それじゃあ、いただきまあす」


 言葉は軽く、しかし踏み込みはあくまで鋭く斬り掛かった私の一刀を、トルニスはしっかりと反応してかわした。

 うん。思った通りだ。こいつは強い。

 だからこそ楽しい!

 もう目の前の御馳走に夢中になっている私には、リーズがミヒャエル王子に「殿下、あの者を本当に信用なさるのですか?」などと問い掛けていることなど、全く気付いていなかったのである。



■ □ ■



 返礼とばかりに振るわれたトルニスの剣は、的確に私の急所を狙ってきた。

 心臓目掛けて突き出される剣先を、刀の柄頭で叩いてずらし、手首を返して刀をトルニスの首の位置に添える。

 このままトルニスが剣を突き出し切れば、私はトルニスの剣をかわし、彼の勢いを利用してその喉をかき斬ることができる。

 相手がルートリーマの路地裏に一玉いくらで転がっているようなゴロツキだったなら、それで戦いは終わりだった。

 でも、トルニスはこう見えても私と同じく王族から指名依頼が入るほどの冒険者だ。

 私も二つ名くらいは知っている。

 『獣剣』のトルニス。

 真っ当な剣術のみに囚われない、邪道とも呼べる戦い方を好むことに由来する。

 二つ名に違わず、彼は私の刀をとんでもない方法で止めてくれた。

 ──まるで白刃取りをするかのように、噛み付いて歯と歯で勢いを殺して挟み込んだのだ。

 さすがの私もこれには驚いた。

 咄嗟に刀を引こうとするものの、まるで万力で固定したかのように刀が動かない。完全にがっちりとトルニスの歯に捕まってしまっている。

 先に次の行動に移れたのは、トルニスの方が早かった。

 どちらかが劣っていたという話ではなく、虚を突かれた側の私と、予め行動を決めていたトルニスの差だ。

 下から掬い上げるような左の拳打が、私の顎を狙って伸びてくる。

 当たれば脳を揺らされ、私は前後不覚になり、その間に剣を引き戻したトルニスに斬り殺されるだろう。わざわざタイミングを見計らって仕掛けたのに返り討ちに遭うとか冗談じゃない。

 このくらいじゃピンチのうちには入らない。これで死ぬ程度なら、私はルートリーマの路地裏で十回は死んでいる。

 至近距離で真下から突き上げるように伸びてくるトリニスの拳を上半身を後ろに逸らしてかわす。

 いわゆるスウェーバックと呼ばれる回避法だ。スウェーイング、あるいはただ単純にスウェーともいう。向こうの世界ではボクシングの技だった。

 こちらでは顔面狙いの攻撃を避ける技法として、すこぶる有用である。それが拳を使った体術であるならなおさら。

 当然、私は回避して終わりではない。私の上半身は大きく後ろに傾いていて、同じように重心も後ろに寄っている。

 流れに逆らわず、そのままブリッジの要領で地面に手を着き、同時に足を振り上げて顎を蹴り飛ばしてやった。

 そのまま半回転して着地すると、トルニスは顎を押さえてよろめいたところで、彼はニヤッと笑った。


「良い反応しやがる。避けられるのは予想のうちだったが、反撃まで来るのは予想外だった」


「そっちもね。まさか刀を歯で受け止められて、さらに取られるなんてね。まあ、自分から手を放したんだけどさ」


「ま、刀に固執してたら俺の拳が当たってたな。中々判断力があるじゃねえか。だがこれで勝負あったな。俺は未だ剣持ち、対してお前は素手だ」


「取り返せばいいだけでしょ? 勝った気になるのは早過ぎない?」


「やれるもんならやってみろ」


 トルニスは私の刀を後方に投げ捨てた。

 がしゃんと音を立てて私の愛刀が地面に落ちて、がらがらと音を立てる。

 刀を取り戻すには、トルニスを迂回しなければならない。少なくとも一回は、トルネスの攻撃を素手でいなす必要があるだろう。

 私は刀の扱いには慣れているけど、剣に対して徒手空拳で圧倒できるほど、格闘が優れているわけではない。

 そもそも体格自体はトルニスの方が良いのだ。私は女、性別の時点である程度の差がついている。

 弧を描き、刀へと走る。

 獲物を取り戻そうと動く私を邪魔するため、トルニスも走り寄ってくる。

 咄嗟に足元に転がっていた石を、足を止めずに拾い上げて投げた。


「そんなのが効くかよ!」


 まあ当然弾かれる。

 元から大して期待はしていない。せいぜい一瞬だけでも足を止められればそれでいい。

 自分が素手で相手が武器持ちの場合は、間合いをよく見るのが大切だ。

 密着して剣の鍔より内側に入ってしまえば、自由に剣を振るわせないで済む。

 今回狙うのは腹。顎は一度やったから警戒されているだろう。それを逆手に取って利用する。

 トルニスの顎を狙う振りをしてスウェーを誘い、流れた上半身に付随して動いたトルニスの両手をこちらの両掌底で跳ね上げる。

 仰け反って大きく上に上がったトルニスの両手を掴み、飛び上がってトルニスの腹に両膝で蹴りを入れ、僅かに稼げた時間を使って恥も外聞もなく逃げ出し、オーラの加速で一気にトルニスを置き去りにして駆け抜け、刀の柄を引っ掴んだ。

 勢いそのままに靴の裏の摩擦で滑りながら、同時に上半身のバネで思い切り刀を振り抜く。

 甲高い金属同士の激突音と共に、火花が散る。

 私の刀は間一髪で、駆け寄ってきたトルニスの剣を受け止めていた。

 ちょっとでも遅れていれば間に合わなかった。物凄くシビアなタイミングだった。私みたいにオーラが使えるわけじゃないのにトルニスは強い。

 でも歯で挟まれたわけじゃない。自由に刀を引き戻すことができる。

 驚きでトルニスの目が見開かれた。

 立場がまた逆になった。

 決まったと思っていたトルニスと、次を意識していた私。

 今度は私の方が、早い!

 殺意の高まりに呼応して、私の身体から一層激しく黒いオーラが迸る。

 一瞬で脱力してトルニスの剣をいなし、すぐに歯を食い縛り全身の筋肉を躍動させる。

 トルニスが剣を握る腕を踏み付けるようにして蹴って地面に叩き落とし、すかさず剣を踏んで反撃を封じた。

 そのまま剣の上に下ろした足を踏み足にして、素早く刀を振り被る。

 全力で踏みつけているから、例え私が女であっても絶対に剣を取らせはしない。

 武器を放して飛び退くか否か。私とトルニスの生死を分けたのは、刹那の差の判断力だった。

 頭ががら空きだ。


「畜生──っ!」


「残念無念、また来世」


 私のオーラの向こうで死者たちが、諦めずに生を求めて足掻くトルネスを嗤っている。

 剣を諦めて飛び退こうとするのを脳天から唐竹割りにして、豪快に頭蓋骨を叩き斬ってあげた。


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