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第五話

 最後の男の身体から、海の底を思わせる濁った蒼いオーラが吹き上がった。


「っ!?」


 反射的に足を引いて飛び退いて、着地の際に走った鋭い痛みに、脹脛をざっくりと斬られたことを知る。

 地面にぽたぽたと数滴、血が滴った。

 傷はそれほど深くない。

 痛みさえ我慢すれば、今まで通り動くことは可能だろう。

 とはいえ、斬られた以上は出血がある。

 長引けば長引くほど、私は血を失う。

 今までほとんど一方的に戦闘を進めていたのに、ちょっと油断していたらすぐこれだ。

 だから、殺し合いは面白い。


「心臓を狙ったんだが、庇われたか。しかも浅いとは。やはり同郷は女でも侮れん。しかもそれが、一日でクラスメート全員を斬殺し、陛下まで斬り殺した大罪人ではな」


「あら? 私の罪は今回の依頼でチャラになったと窺ったんだけど?」


 立ち上がった男は私と同じく、オーラを纏っていた。

 濁った蒼のオーラ。

 群青と表現してもいいそれは、間違いなく勇者の証。

 つまり、私と同じように、過去にクラスごとこの世界に召喚され、殺し合いの果てに生き残った者に他ならない。


「抜かせ。それはそこの第五王子の首と引き換えだ。第三王子セルヒム殿下が王位に着いた暁に、協力した罪人たちに恩赦として与えられる。罪を消したくば、第五王子を殺せ」


「随分殺伐としてるのね。同郷っていうことは、貴方も過去に召喚された日本人なんでしょう? それほど歳は行ってないみたいだから、私の回の一つ前か二つ前辺りの人? よく従っていられる。マゾなの?」


「俺は選別を勝ち抜き、陛下によって勇者の力を与えられた。故に、受けた恩と恩人に報いるため、カステルラントの影として戦っている。貴様のような、我らに力を下さった陛下を殺し、恩を仇で返すような悪人とは違う!」


「ふうん。恩人ねえ」


 思わず笑ってしまう。

 私たちを一方的にこの世界に拉致させ、クラスメートとの殺し合いを強制したあの王が?

 多分、私が殺したクラスメートは一名たりとも、そんなことは思ってなかったと思うわよ?

 まあいいけど。王の人柄なんて私にはどうでもいい。善人だろうと悪人だろうと、どの道既に殺した。

 それに、私たちを拉致して殺し合いをさせたという事実だけで、私にとっては悪人だ。


「それより、あの選別を勝ち残ったのなら、あなたも強いんでしょ?」


「御託はいい。第五王子を殺すのかそうでないのか、どっちだ」


「せっかちな人ね。女の子に嫌われるわよ。まあいいけど」


 乗ってこない男に嘆息しつつ、私は刀を鞘に納めた。


「お好きにどうぞ。手は出さないわ」


 脇に退き、日本人である同郷の男に道を開ける。


「……私を、裏切るの?」


 押し殺した声のミヒャエル王子に、私は意味有り気に笑った。


「さあ、どうでしょうか?」


 男が私の側を通り過ぎ、ミヒャエル王子に近付いていく。


「抵抗しても無駄だ。勇者二人に護衛たった一人で何ができる」


 トルニスが間に入ろうとして、男の気迫に押されて後退った。

 情けないけど、トルニスはそもそも第五王子側だし仕方ない。

 背後から無造作に近付いて、男に抜き打ちで斬り付けた。

 男が振り返って私の斬撃を懐から抜いた短刀で受ける。

 やっぱり読まれてたか。

 読まれていても、私の踏み込みと袈裟斬りの速度ならいけると思ったんだけどなあ。


「言い忘れてたけど、手を出さなくても刀は出すわよ」


「フン。結局は同郷といえど、下等な罪人か。油断を誘って不意討ちとは、卑怯者め」


 蔑みの目で見下ろしてくる男の足にすかさず斬りかかる。

 男が素早く一歩足を引くだけで、私の刀は空を斬った。

 やばい。やっぱこいつ強い。


「言うじゃない? じゃあ、その罪人の力、味わってみる?」


 私の戦意と殺気を表すかのように、身体から黒いオーラが吹き上がる。

 オーラに浮かんだ無数の死者の面が、男を見下ろした。


「罪を清算したくはないのか?」


「興味無いわ。それに、ミヒャエル殿下を殺すより、あなたを殺す方がずっと楽しそう」


 私を見上げる男へ、逆手で刀の切っ先を向けて今度こそ告げる。


「じゃあ、改めて殺し合いましょう。あなたとっても美味しそうだわ。油断したら私の方が食べられてしまいそう。貴方も愉しんでね?」


 とびきりの笑顔で斬り掛かった。



■ □ ■



 まあ、当然のように私の一撃は回避された。

 既に私のオーラは全開、手加減は一切しない。

 元々手加減できるような相手でもない。

 身のこなしは相手の方が圧倒的に上。

 濁った蒼のオーラが男の身体から一層吹き上がる。

 攻撃の予兆。


「くっ!?」


 素早く飛び退いたのに、浅く肘を斬られた。

 やっぱり強い。

 でも、だからこそ血が滾る。

 私は殺人鬼だ。

 それもただ無作為に誰かを殺していれば満足できるわけじゃなくて、敵が強ければ強いほど血が滾り、より強大な敵を殺す楽しさを追求する、生粋の人斬りサイコパス殺人鬼。

 そんな私だからこそ、相手の方が強いくらいで諦めてなんてあげない。

 今度は私から仕掛ける。

 男の姿がぶれて消え、刀が空しく空間を裂く。

 でも今度は目で行き先を追えた。


「そこ!」


 移動地点を予測して、予め踏み足の方向を調節して斬り込む。

 綺麗に男と私の進路が予測地点で交わり、男が短刀で私の刀を受けた。

 へえ、これはかわすんじゃなくて、受けるのか。いいものを見せてもらった。

 私の刀を短刀で受けたまま、男は身を寄せてくる。

 獲物のリーチの差の都合上、懐に潜られると私が不利だ。

 鍔迫り合いなのを利用して、オーラを吹き上がらせて筋力を底上げし、短剣を弾いて距離を取る。

 素の力も男が上だ。女の子だからしょうがないね。

 ただ、オーラの質と量は私の方が上。一人以外は私の手で全員殺したからね。しかも一日目に。

 私以上のスコアを記録した日本人は、過去を見ても多分例が無いと思う。

 殺した勇者の人数がオーラの質と量を決定付けるなら、私のオーラが強いのも納得だ。

 距離を離した途端男の姿がぶれて消える。

 また目で追えなかった。

 方向転換で壁や床を蹴り付ける瞬間だけ、凹みができる壁や床の変化で後から居場所が分かるだけだ。

 どうやら回避のための移動よりも、攻撃のための移動の方がずっと早いみたい。

 まあ、見た目からして忍者か暗殺者って感じだ。

 勇者でもあるし、一方的な戦いが多かったのだろう。

 だから攻めでは強いけれど、受けはいまいち。

 私にもつけいる隙がある。

 活用させてもらおう。

 下手にステップをすると合わせられるので、摺り足気味に不規則に動いた。


「ほいっと」


 踏み出しかけた足を素早く引くと、先ほどまで私の足があったすぐ前の床が爆発した。

 そうとしか思えない衝撃音と共に男が現れ、握った拳に親指だけ突き出した右手が私の左目を狙って伸びてくる。

 直撃すればそれが親指だろうと容易く男は私の左目を抉るだろう。

 いくら勇者でも、失った目の再生にはそれなりに時間が掛かる。

 遠近感が狂ってしまっては私に勝ち目はない。

 分かるよ。貴方の狙いが。

 本命は左手に持ち替えた短刀でしょ? それで私の心臓を突いてくる。

 敢えて誘いに乗ってあげれば、ホラ来た。


「──なっ!?」


「捕まえた」


 男の動きは目で追えないくらい速くて勢いもあって、真っ直ぐ急所を狙い殺しに掛かってくる。

 でもそれは、裏を返せば合わせるのも簡単だということだ。

 伸びてきた男の短剣の先、足捌きで身体を横に流してその腕を思い切り右腕で叩いてずらすと同時に、素早く刀を逆手に持ち変えて重力に逆らわず落とす。

 するとどうなるか。

 男の短剣は私の脇の下を空振りして空を切り、代わりに私の刀の切っ先が、男の太ももに突き刺さるわけでございます。

 再び男の姿が掻き消えるものの、以前よりその動きはずっと遅い。十分に目で追える。

 その上男が走った床には血が垂れている。ますます分かりやすい。

 もう逃さない。

 散々私を振り回した男の移動法は種が割れれば至ってシンプルだった。

 ただ超高速のステップを繰り返していただけ。

 本来ならあっさり移動先を読まれて殺されていたはずのその戦術が、勇者の身体能力と噛み合った。

 元々の鍛え上げられた身体と、濁った蒼色のオーラの力。

 これが男のステップを目で追えない神速へと昇華させた。

 その神速が無くなった以上、ステップを繰り返すだけの敵なんて雑魚だ。

 全てのステップに合わせて斬り、殴打し、穿ち、舞う。

 ああ、楽しい。

 見るからに男の動きが鈍くなってきた。

 そろそろ頃合か。

 ちなみに斬られた私の傷はもう治った。

 勇者のオーラは治癒力も強化してくれる。個人差はあるけど、私の場合はちょっとした傷なら短時間でホラこの通り。


「弱ってきたみたいだし、そろそろ拷問始めるね。いい加減顔を見せてよ」


「拷問? 尋問の間違いでしょ? さすがマガツね。素敵な感じに狂ってるわ」


 絶賛女装中のミヒャエル王子殿下は上品にクスクスと笑っている。

 私と男との間で繰り広げられた死闘の結末を、ミヒャエル王子殿下は多いに気に入った様子だ。

 傷を負い過ぎた男の動きは遅く、弱々しい。勇者の力だって万能じゃない。大怪我を負えば、回復にはそれなりの時間が掛かるのだ。

 忍者みたいな黒ずくめの覆面を剥ぎ取る。

 男の正体は三十代くらいの黒髪の青年だった。召喚されなければ、今頃彼はサラリーマンにでもなっていたのだろうか。


「このまま情報をやるくらいなら、自害するまで。……カステルラント万歳!」


 ガリッと男が奥歯で何かを噛み潰す。

 止めようと慌てて男の口に手をかけるけど、間に合わない。

 男は血を吐いて二、三度痙攣し、全身を弛緩させて動かなくなった。

 勇者にしてはあっけない最期だ。

 ……背後から不意討ちして、しかもあっさり防がれた私に言えた義理ではない。

 格好悪い。かなり口惜しい。もっといっぱい殺して精進しよう。強くならなきゃ。

 振り返って気取った態度を取り、わざと丁寧な口調でミヒャエル王子殿下に文句を言った。


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。私は確かに狂人ですが、倫理観は持っていますし常識も弁えています」


 これは事実だ。

 医療少年院で過ごした日々のお陰で、私は人並みの倫理観を育むことができたし、殺人はいけないことだということも、犯せば罰を受けなければならないことも知っている。

 ただそれ以上に殺人欲求が強過ぎるだけで。

 一応殺す人間は悪人あるいは敵対していて戦える者に限定しているのだから、まだ殺人鬼の中では理性がある方だと思う。

 弱い人間を積極的に殺したいとは思わないし、殺せるなら誰もいいわけでもない。いくら殺人鬼たる私だって、殺しの好き嫌いくらいある。


「……機嫌が悪そうね」


 ミヒャエル殿下が私の表情を窺って、胡乱げな目をした。

 相変わらず女装が映えてらっしゃる。

 女にしか見えない。


「当然よ。だって殺せなかったもの」


 私としては至極当然な答えに、ミヒャエル殿下が眉を顰めた。


「その理屈は、私には理解し難いわ」


「じゃあ、復讐はどう? そっちなら分かるでしょ? 遂げれば嬉しい。失敗したら口惜しい。違う?」


 笑顔で提案した私に、ミヒャエル殿下は少し考え込み、それはそれはとても綺麗な微笑みを向けてくださった。


「否定はしないけど、その場合、対象の一人は貴女になるわよ、マガツ」


 やべっ、墓穴掘った。

 表情を元に戻したミヒャエル殿下は、私から視線を外して宙を睨む。


「私は大きく変わったわ。王位継承者としては相応しくない人格、性癖の持ち主に変貌してしまった。私が即位すれば、国は荒れるでしょうね。女装好きで色狂いの王なんて論外よ。自分でも分かっている。でも、もう元には戻れないの。私の身体には、すっかり薬と性の退廃的な匂いが染み付いてしまって、それを芳香だと感じてしまっているから。でも、それでも、私を殺そうとした兄上にだけは負けたくないの」


 少年とはいえ、男性にも関わらず、私に振り向いたミヒャエル殿下はとても艶かしい流し目で私を一瞥し、手で私に近付くよう促してくる。


「貴女が私をこうした。だから──協力してね?」


 請われた通りに歩み寄ったら、耳元で囁かれた女声に背筋がゾクゾクした。

 やっぱり並の女より色っぽいよ、この王子様。

 殺意が篭ってて、その一方で淫らで艶かしくて、その一方で命の恩人である私への感謝と、異性の私に対する隠しきれない情欲がある。

 彼には悪いと思っている。でも、こういう善悪の狭間で壊れかけた人間が私は好きなのだ。

 だから敢えて、もう一度奴隷商に預けた。一度調教された彼が、少し美味しそうに見えたから。

 私を憎んで殺そうとするならそれでもいい。それはそれで、楽しい時間になるだろう。

 人斬りサイコパス殺人鬼とは、そういうものだ。

 王子様はとても私好みに仕上がってくれた。

 だから、私も殺意()を込めてこう答える。


「ええ、望みのままに、全てを殺し尽くします。どちらかが死ぬその時まで、共に屍山血河を築きましょう。私の王子様(プリンセス)


 本来は護衛までが任務だったけど、どうせならアフターサービスしてあげちゃおうかな。


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