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第四話

 私がわざとミヒャエル王子たちを馬車から連れ出したのは、もちろん襲撃者を油断させるためだ。

 矢が防がれることは、私たち自身の自衛の意味もあるから向こうも織り込み済みだろう。

 ここで襲撃者たちに有利な状況を作り上げれば奴らは必ず仕掛けてくる。

 何度か放った矢を全て私とトルニスに叩き落された襲撃者たちは、とうとう私たちの前に姿を現した。

 見事に全員黒ずくめ。忍者か。

 しかも御丁寧に、現れたのは全員ではなく行く手の茂みの中にも数人潜んでいるようだ。

 さらには木々に紛れて弓で狙っているのがまだ二人いる。

 対してこちらはトルニスと一時的に利害が一致している。

 シスターを犯したいという最低な理由だけれど、それ故逆に信用できる。

 彼女は女装したミヒャエル王子には負けるが、それでもかなりの美人だ。後に待っているパラダイスな体験のため、さぞ奮起することだろう。

 依頼自体は護衛依頼なのだ。暗黙の裏があるだけで、守ること自体に何も問題はない。


「大丈夫です。私の護衛はあんな形ですし、人を人とも思わない狂人ですが、腕だけは良いんです。彼女に任せておけば全て倒してくれますよ」


 女性のシスターより美少女なミヒャエル王子は、怖がっているシスターを勇気付けている。

 でも、人のことを捕まえて狂人呼ばわりって失礼じゃない?

 間違ってないけどさ。

 黒ずくめの襲撃者たちが、そろそろと間合いを詰めてくる。

 背後に回って、私たちを前に追い立てる動きだ。

 彼らの意図通りに逃げると、きっと伏兵による奇襲と隠れた弓使いによる狙撃が待っている。

 私は彼らの思い通りに動いてやるつもりなんかない。

 トルニスと目配せしつつ、私は逆に黒ずくめの集団に飛び込んだ。

 思い切りの良い私の行動が意外だったのか、黒ずくめの集団の間で一瞬動揺が広がる。

 しかしそれもすぐに静まって、彼らは武器を構えた。


「貴様……聞いていないのか?」


「これは護衛依頼でしょ? 私、指名で受けた依頼は手を抜かない主義なの」


 男の問いに、私は何も知らない振りをする。

 どちらとも取れる私の答えに、男は判断を迷ったようだった。

 ただ、すぐに仕掛けられるように、会話の間こちらに向かってきた他の襲撃者たちが、じりじりと動いて私を包囲しようとしている。

 囲まれた状態で戦うのは不利だ。

 そうはさせない。さっさと動く。

 刀を手に、まず一人を斬った。

 もしかしたら、彼らは私が彼らを素通りさせると思っていたのかもしれない。

 完全に不意を打ててしまって、かえって私の方が驚いてしまった。

 反対側でも、待ち伏せしていた襲撃者が慌てて出てきて待ち構えていたトルニスと戦闘に入っているようだ。

 あっちの方も可能ならどっちも私が殺したいから、できればずっと死人を出さずに持ち応えていて欲しい。無理かな。

 振り抜いた刀を軽く振って、刀身に付着した血を飛ばす。

 この前のような血が刀身に全く付かないほどの会心の斬撃を、いつも放てるわけではない。

 悔しいが、私だって剣の腕はまだまだ発展途上なのだ。

 同年代では図抜けている自覚はあるけれど、技のキレをいつだって最高水準に保つというのは難しい。

 いやまあ、努力するべきなんだろうけど。

 一人を斬ったことで、本格的に乱戦に入る。

 常に私を囲むのは三人。前に一人、背後に二人。他は私の様子を窺っている。

 ……こっちに来たのは、全部で八人か。思っていたより少ない。

 味方と対角線上に立たないように、敵は良い位置を取っている。対角線上に立っていたら、突進技を使った時とかに味方に当たる危険性があるからね。

 囲む三人のうち、一人が斬りかかってくるのを、一歩横に動いてかわす。

 徹底して同士討ちを恐れているのか、敵は一人一人まるで列に並ぶような律儀さで順番に襲い掛かってくる。

 四方八方から向かって来られても、実際に相手をするのが一人ずつならば慣れている。

 ルートリーマの路地裏では日常風景となっていたからだ。

 お陰でこっちとしては対処が楽で良い。

 一対一ならともかく、一体多で連携良く仕掛けられていたならもっと苦戦していただろうから。

 かわすついでに足を引っ掛け、腕を振り抜いた男を転ばせた。

 倒れた男の心臓に、刀を突き刺す。

 引き抜いて即離脱する。

 今回は相手もルートリーマのチンピラより強いから、少しは楽しめそうだ。

 いつの間にか凄惨に笑っている自分に気付く。

 私の悪い癖だ。


「いけない、いけない」


 囲んでいた三人のうち一人はさっき殺した。

 残る二人のうち、一人が私に追い縋ってくる。もう一人が慌ててフォローに入ろうとするけど、遅い。

 振り下ろされた剣の、剣を握る腕の方を斬り飛ばし、腕を切断されたショックで一時的に前後不覚になったそいつの腹を刀で貫き、足を掛けて刀を引き抜く要領で、遅れて詰めてきた三人目目掛けて蹴り込む。


「ぐぁっ!?」


 女子高生ならぬ筋力でもって蹴られ、大きく体勢を崩した二人目の男に邪魔される形で、三人目がたたらを踏んだ。

 その隙に、私は二人目の男が三人目の男の視界を遮ったことにより生まれた死角を利用して、背後に回る。

 後は背中から心臓をぶすりと一突きしておしまい。

 引き抜いた刀を手に、残りの五人に一気に迫る。ここからはスピード勝負だ。

 突きは殺傷力が高くて確実に殺せるけど、刀には優しくないから好きじゃない。突いて引き抜くまでの間に血脂が絶対につくので。硬いものを斬るのでなければ、腕があるなら斬る方が連戦は楽だ。オーラを纏うまでもない。

 刀が傷まないうちに早く皆殺そう。

 あ、心配しないでね。怪我だけでまだ生きてる奴も、後でちゃんとトドメ刺すから。



■ □ ■



 サクッと襲撃者たちを殺し終えてトルニスの加勢に回る。

 トルニスは適度に手を抜いているのか、それともそれが精一杯なのか、大立ち回りを演じてはいるものの、敵の数は全く減っていなかった。

 乱入した私は一人を瞬く間に斬り伏せると、トルニスに向けて嫣然と笑う。

 うっとりとした顔をしている自覚はある。

 殺してると気持ちが高ぶるからどうしても笑顔がエロっぽくなるのだ。あんまり自覚はないんだけど、マッドベアに時々注意されるから、殺し合いの最中に自分がそういう笑顔を浮かべているのだということは、知識として知っている。

 一人目の死体が吹き上げる血飛沫を避けたところで一端手を止める。

 これ以上は私の趣味で行う余計な殺戮だ。

 本格的に動く前にミヒャエル王子に判断を窺おう。


「情報を聞き出すための捕虜は一人いればいいでしょ? 残り殺しちゃっていいよね?」


「許します。王族を襲ったのですから、捕まえたところで縛り首は確定です。此処で死んだ方が、彼らにとっても幸せでしょう」


 即座に許可を出すミヒャエル王子は、やっぱり女装してても王子様だった。

 見た目完璧な美少女なのに、凛としていて格好良い。


「うん、了解。ありがとう、ミシュエラ。殺しても良い戦いは、気が楽だ」


「おっ、おい」


 殺し過ぎな私に、トルニスが焦った表情を向けた。

 まあ、真のクライアントの機嫌を明らかに損ねそうなことしてるからね、私は。

 でも私にとってはこっちが表向きで、真のクライアントの方がミヒャエルなんだ。

 そして何より、殺せる時に殺したら楽しい相手が目の前にいる。

 逃がす選択支はない。


「ごめん、トルニス。殺したくてたまらないの。うずうずするの。止めたくないの」


 ああ、肉を裂く感触を味わいたい。骨を断つ手応えに酔い痴れたい。

 一寸先を刃が通り過ぎるアノ感触で感じたい。ともすれば命を奪われる緊張感の中、勝利して命を奪いたい。

 これが、何よりも気持ちいい、私のセック(殺人)ス。


「──ね、いいでしょ?」


「わ、分かった! 好きにしろ! その目で俺を見るんじゃねえ!」


 何故かトルニスが顔色を青くして数歩後退ったけれど、彼も納得したようなので良しとする。

 さあ、殺してあげる。

 待たせてごめんね? 死にたいでしょ?

 不利を悟り、一斉に男たちが身を翻した。判断が早い。的確な撤退だ。

 でも逃がさない。

 私たちを殺しに来てたじゃない。

 大勢で殺しに来たのに、もう帰るの? 最後まで遊ぼうよ。

 地を蹴る。

 元の世界でも技術として確立していた、瞬歩の技で初速を上げ、一気に最高速に達する。

 その速度をさらに勇者のオーラで底上げし、逃げる彼らに急速でもって追い縋る。

 一番後ろに、手を掛け引っ張った。


「うふ、うふふ」


 振り向いて目を見開いた男を引っ張った力を利用して追い抜き、追い抜き様に斬り捨てる。

 その勢いのままクルクルと回転して、唐突に水を得た魚の如く急加速。

 相手の身体から吹き出る血とともに、火の粉のように舞い散るオーラを置き去りにした。

 私の身体からは、真っ黒いオーラが炎を思わせる勢いで吹き出ている。

 この世界に召喚されたことで得た、後天的な力。

 自分でも忘れていることが多いけれど、私は勇者召喚でクラスごと異世界に召喚されたのである。よって私も一応勇者ということになる。逃げ出したけど。

 見る度思うけど、勇者の力じゃないよねーコレ。見た目的に。勇者選別の儀式の過程を考えれば、どっちかというと呪いの力って言った方が正しいと思う。

 でもこのオーラは間違いなく勇者の力。何でも、魂によってオーラの色や質が変わるらしい。つまり、私のオーラが黒いのは百パーセント私のせいだ。

 クラスメートを全員斬ったらこの真っ黒のオーラを纏って色々できるようになった。

 まるで殺した皆の怨念を思わせる禍々しさ。私は蠱毒の壷の中で生き残った最後の虫と同じだから、ある意味その表現は合っている。

 それとも、私のどうしようもない人斬りサイコパス殺人鬼としての本質を示しているのだろうか。

 まあどちらでもいい。

 身体能力を強化したり、刀にオーラを纏わせて間合い外に斬撃を飛ばしたり。得た力は便利に使わせて貰っている。

 殺し合いの最中は、恋にも似たドキドキ感が止まらない。

 単に命のやり取りをしているせいで吊り橋効果が出ているだけかもしれない。

 でも実際に、殺し合いをしていると相手を愛しく感じるのだ。

 私と殺し合ってくれてありがとう

 すぐに死なないでくれてありがとう。

 この楽しい時間が、永遠のものでありますように──!


「あはっ」


 楽しそうな自分の声で我に返る。

 ……気付けば、襲撃者の最後の一人に馬乗りになり、陶然としながら逆手に持った刀を振り被っているところだった。

 あっぶねー。うっかり最後の一人まで殺すところだった。

 背後には血の海の上に倒れた黒ずくめの男立ち。

 身体が熱い。すっかり熱を持っている。

 まるで性欲に溺れていた直後のような倦怠感を感じる。

 強ち間違いでもないかもしれない。


「──じゃあ、尋問しようか」


 何故か味方の誰からも反論の声は上がらなかった。


「いい悲鳴を、聞かせてね?」


 刀を片手に、にこりと笑う。

 私が纏う漆黒のオーラの表面には、心霊写真の霊のように、今まで殺してきた相手の無数の人面の死相が浮かんでいる。

 ケラケラと、何かが笑った。


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